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うつ病で休職した話【前編】


 はじめまして。り んと申します。

 今回は普段Xでは綴りきれない私の体験談を似たような経験をしているどこかの誰かへ届けることができればと思い、ここに書き記すことにしました。

 これは私が新卒入社した会社をたったの1年半でうつ病により休職したお話です。


私がうつ病になるまで


 私は約2年半前、ある会社に新卒入社をしました。


 大学卒業時に社会福祉士の国家資格を取得し、福祉職として現場で対人援助の経験を積むことができると希望に満ち溢れた社会人生活がスタートしました。


 その一方で私が当時から不安に感じていたのが自身のメンタルです。元々いわゆるHPS気質で小心者であった私は対人援助職でバーンアウトしてしまうのではないかという心配が学生時代から尽きませんでした。


 そしてそんな私が配属されたのは、同じく福祉を学んでいた友人たちもこの部署に配属されたくないからと私の入社した会社を避けるほどメンタル不調者が続出すると言われていた部署でした。


 しかし、当時、とにかく福祉の第一線で実践経験を積みたいと思っていた私はその部署に配属されたことに対しては特に大きな抵抗はなく、誰よりも真摯にそして誠実にこの仕事と向き合い、専門性を高めたいというその一心でした。


 月日は流れ、新卒入社した翌年の2月、私は気が付けば涙が止まらなくなる毎日を送っていました。

 うつ病はその症状に記憶の断片化があると聞いたことがありますが、私はこの「涙が止まらなくなる」生活がいつ頃からであったのか鮮明に思い出すことができません。

 その状況を知った知人から心療内科の受診を勧められ、私はその通り心療内科を受診しました。

 当初から診断名は「うつ病」でした。

 しかし、そう診断された私はそこまで落胆していませんでした。この病気については学生時代の学びと実践経験から深く理解をしているつもりだったからです。

 うつ病は多くの場合、1〜2年の治療で改善すると言われている病気です。きちんと受診と服薬を継続する意思があり、「中度のうつ」と診断されていた私はこの病とは恐らく数ヶ月の付き合いになることだろうと予測していました。

 しかし、これが非常に甘い認識であったことは言うまでもありません。

仕事に追われる日々


 新卒で入社したその年度末、私の病の経過を長くしたであろうきっかけの出来事が起こります。

 次年度への引き継ぎ作業に追われて残業続きだった私に教育担当だった先輩がこう問いかけます。

 「今年度分の仕事、全部終わってる?」 
 (特定を防ぐため、会話の詳細は伏せます。)

 要領が悪く、さらに1年間の仕事の流れを年度末にやっと把握した私は手の付けられていない仕事だらけでした。

 「すみません、あれもこれも終わっていなくて…」

 そう言った私に先輩はこう返しました。


 「終わってないの、ヤバイよ。どうするの。」

 今、思い返せば、あのとき何故私は「それを教えるのがあなたの仕事ではないですか?」と言えなかったのだろうと思いますが、当時の私はすでにうつ病と闘いながら週5回出勤することが精一杯で、そこまで頭が回りませんでした。

 この一言で私は追い込まれることになります。

 迎えた社会人2年目。
 職場には後輩も入ってきました。

 私は張り切っていました。
 昨年度不十分であった仕事をすべて完璧に終わらせたうえで次年度へ引き継ごうと決意しました。

 その後、私は次年度を迎えることをできず、退職することとなるのですが…。

休職までのカウントダウン


 常に仕事を完璧にこなそうとした私は、躊躇いなく残業を重ねていきました。

 上司や先輩からは「頑張っているね」と声を掛けてもらうことも次第に増えていきました。

 社会人2年目を迎えた頃には、どうにか出勤はするものの、帰宅したあと「食事をとって入浴をして寝る」ことが一気に難しくなり、翌朝出勤ができない日も少なくありませんでした。


 もちろん「涙が止まらなくなる」症状もなくなってはいませんでした。仕事が上手くいかなかったときには帰宅途中に1人泣き出したこともありました。

 会社には同期がたくさんいましたが、私にとって何かを相談したいと思えるような存在の同期はおらず、むしろ人間関係が希薄であった私は飲み会などの集まり誘われず、所謂ハブられている状態になることも多々ありました。

 元々そのような集まりが得意でなかった私は、特に気にしてはいませんでしたが…。

 さらに月日は流れ、社会人2年目の夏頃のことです。

 出勤できない日を徐々に重ねていた私はハイペースで有休を消化していました。


 その状況下でも夜はほとんど眠ることができず、朝は泣きながら浅い睡眠から目を覚まし、激しい動悸に耐えながら出勤をしていました。


 受診当初は「中度のうつ」であった診断もいつの日かセルフチェックでは「重度のうつ」になり、服薬量も増えていくばかりでした。

休職したあの日


 忘れもしない社会人2年目の9月某日。

 朝目を覚ました私の顔は涙でぐちゃぐちゃ。

 ついに身体を起こすことができなくなりました。

 かろうじて動く右手の親指で職場へ欠勤する連絡を入れ、震える声で通院している心療内科に当日診療をお願いする連絡を入れました。

 予約時間までにどうにか身体を起こして、受診。

 「休職を2ヶ月要する」との診断でした。

 その翌日、診断書を提出するために職場へ。

 上司は「またここに戻っておいで」と温かく休職期間へと送り出してくれました。

 私も絶対に2ヶ月で復職してやろうと意気込み、会社を後にしたのでした。



 次回、休職してから退職するまでを記事にしますので、お待ちいただけますと幸いです。

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