![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/167389748/rectangle_large_type_2_6c102b973a5e6add8d12beab96420022.png?width=1200)
日本の若い人たちが世界で活躍するように甲州のような日本の地ブドウも世界に進出する
ジャック・K・坂崎氏はスポーツマーケティングビジネス業界において先駆者的存在と評されています。FIFAワールドカップ・スペイン大会、IAAF世界陸上選手権、トヨタ・カップ、NECデビス・カップなど数多くの世界的イベントに関わってきました。また近年では、アジアのサッカー、バスケットボール、ゴルフのスポンサーシップおよびテレビ放映権の形作りに寄与されました。スポーツマーケティングから一線を退いた現在は「90PLUS WINE CLUB」を設立し、カリフォルニア・ナパのプレミアムワインを日本の会員に提供するほか、山梨発祥の品種「甲州」をナパバレーで育ててつくった「KAZUMI」ブランドのワイン造りに力を入れています。スポーツの世界からワインの世界に舵をきったジャック氏が、30年後に見据える食の未来は?
![](https://assets.st-note.com/img/1735271341-RPv9tUTguwVsY5XcDMFfJ7A0.jpg)
ジャックK・坂崎1946年熊本生まれ。57年に家族で渡米し、カリフォルニア大学バークリー校で建築学、経営学を学んで卒業後、74年にスポーツマーケティング分野におけるキャリアをスタートさせる。78年にウエスト・ナリー・ジャパンを設立して、サッカー、陸上などのマーケティングを手がける。87年にJ・坂崎マーケティングの社長となり、ラグビーW杯、サッカー、大リーグ中継などの権利ビジネスに取り組む。スポーツマーケティングのビジネスから引退後、2009年にカリフォルニア・ナパのプレミアムワインを日本の会員に提供する「90PLUS WINE CLUB」を設立。現在は会長をつとめるとともに、娘のミッシェル・和美・坂崎とともに「Kazumi Wines」の普及に尽力している。
カリフォルニアの山火事がきっかけで芽生えた100年前にアメリカへ渡った甲州の苗
--大谷翔平さんが大活躍ですよね。今では当たり前となった日本からもメジャーリーグ挑戦も、ジャックさんのような先人たちがビジネスモデルを作って来られたからでしょう。
ジャック MLBワールドシリーズは盛り上がりましたね。最後はロスで優勝を決めるだろうと思っていたけど、ニューヨークで決めちゃった。その点は予想がはずれました(笑)。シリーズ中の大谷は気合が入り過ぎていたようですね。バットがちょっと大振りでした。もちろんまた軌道修正をして、来年も大いに活躍してくれるでしょう。
--ジャックさんといえばスポーツ畑というイメージが強いですが、ここ数年、カリフォルニアのナパバレー(以下、ナパ)のワインを積極的に紹介されています。その経緯を教えていただけますか?
ジャック 仕事柄、多数の日本人と交流があるのですが、皆さんはやはりおいしいカリフォルニアのワインを求められます。そのためには、ナパにあるたくさんのワイナリーのワインクラブに入れば確実に手には入るのですが、会員となったワイナリーのワインに限られます。皆さんはいろいろな種類を楽しみたいですからね。でも、それらすべての会員になろうと思うと、会費だけでもものすごく高くなります。それならばクラブを作って、私のフィルターを通した各ワイナリーのワインを集めて皆でいろいろと楽しもうと思いました。それで90PLUS WINE CLUBを作ったんです。
![](https://assets.st-note.com/img/1735270315-sR1zOnZ6UEiXjyQMadTcAWep.jpg)
ーーどういったシステムなんですか?
ジャック 日本はもちろんカリフォルニアでも手に入らないような高品質で素晴らしいワインを紹介して、それを購入してもらうためのクラブです。だいたい年に3回、各12本ずつのペースで日本やアジア各国の会員に送っていて、今年で15年になりました。今まで紹介してきたのは、のべ350~400社ぐらいのワイナリーですかね。このクラブでは娘も手伝っていたのですが、彼女は自分でもワインを造ってみたくなったようで。
--ミシェル•カズミ•坂崎さんの「KAZUMI Wines」ですね。
ジャック はい。彼女の大学の友人の父親がソーヴィニヨン・ブランからワインを造っていましてね、ブドウが少し余ったから造ってみないか? っていう誘いがあったんですよ。そうしたら、とてもいいものができて、評判だったんです。その次はカベルネ・ソーヴィニヨンのブドウが少し余ったからどうだ? ということでまた声がかかって。そして造ってみたらまた評判がよくて。
ーーそれは才能があるってことですね!
ジャック 彼女はミラノでファッションデザイナーとして働いていて、その頃からワインのすばらしさに目覚めて夢中になっていましたから。ワインの栽培がどんどん楽しくなっていったところで、2017年にナパで大変な山火事があったんです。我々のコミュニティも巻き込まれてしまって。家は助かったんですが、多くのブドウの樹が燃えてしまいました。その復旧作業をしていた頃、甲州ブドウの苗が昔からカリフォルニア大学のデイビス校(以下、UCデイビス)に保管されているという話を、うちにちょくちょく遊びに来ていたUCデイビスのインターンの学生から聞いたんです。
--なぜカリフォルニアに甲州ブドウがあったんですか?
ジャック 今から100年近く前、宮崎の大学の教授が個人的にアメリカに寄贈をして、それがUCデイビスに残っていたんです。その枝を我々が譲り受けて、焼け残ったカベルネソーヴィニヨンに接ぎ木をしました。どうなるかまったくわからなかったんですが、彼女は日本の山梨のワイナリーをめぐっては甲州の栽培方法などを必死で勉強して努力を重ねて、ようやく2年目で実ったんですよ。うれしかったですね。すばらしいワインができたんですから。それが2021年でファーストヴィンテージとなりました。
![](https://assets.st-note.com/img/1735270639-KMegbXJa8pUVl7kdz4Hcyxhs.jpg)
--味わいについて具体的に教えてください。
ジャック 繊細さのなかに濃縮感と力強さ、それでいてとてもエレガントでしたね。酸味のバランスもとてもよい。同じ品種でありながら、⽇本の甲州ワインのやさしい味わいや香りとはひと味異なるナパバレー甲州ワインに生まれ変わりました。世界の⽩ワインの⼆⼤品種であるシャルドネとソーヴィニヨン・ブランに引けをとらない、すばらしい出来上がりで、⽇本料理、すし、天ぷらなどによく合うと思いましたね。だから、絶対に日本で売れるという確信を持ちました。そこで、それを持ってすぐに日本へ飛びました。。
--営業のためですか?
ジャック 日本の人たちに少しでも早く飲んでもらいたくて。まず初めてテイスティングをしてもらったのが、ミシュラン三ツ星を持つ虎ノ門の「日本料理かんだ」です。料理長の神田裕行さんは料理がすばらしいだけではなく、ワインにも精通している方です。我々のワインをグラスに注いで、どうぞ、飲んでみてください、と。すると、神田さんは口に入れてから首をひねって何も言わないんです。ずっと沈黙されている。「ダメだったのかな、やっぱりむずかしいのかな……」と、思っていたところで、神田さんが「これは、すごいワインです。日本料理に合わせるために生まれたようです」と、おっしゃってくださったんです。
--感動の沈黙だったわけですね。
ジャック あの甲州がこんなに化けるとは夢にも思わなかったと。やっぱりナパの底力はすごいですね、と言ってくださいました。そして、最初にワンケースをオーダーしてくださったんです。同じくミシュラン三ツ星だった「鮨 さいとう」の齋藤孝司さんは「信じられない。This is the best one for sushi」だと。すしに非常に合うワインだと言われるんです。本当にうれしかった。
--震災で大変な思いをされたことが報われた瞬間ですね。
ジャック 大きな悲劇である火事がなかったらスタートしていなかったプロジェクトですから。我々を応援してくれる一流の人たちがいる。それを励みに造り続けて3年目となりました。甲州は日本のワインですが、カリフォルニアの土の力でまた別の魅力を放つようになる。自然の力というのはすごいですよ。ただいい土があってもいいブドウがないといいワインは造れない。甲州ブドウの持つ潜在能力が、ナパの土によってまったく新しいものになる。それは本当に驚いたことです。また、ナパは日中は温暖で湿度が高い一方で夕方は冷え込んで霧になる。この寒暖の差がワインのブドウ作りにはぴったりなんですね。ブドウの命はブドウの皮にあるといわれていて、ナパのテロワールが、バランスのとれた酸味を作り出してくれます。それが甲州にぴったりと合ったわけです。
![](https://assets.st-note.com/img/1735270692-9V2F3ONjRE578sKwvecDzIqQ.jpg)
--ワインの製造についてはいかがですか?
ジャック ほったらかしていいワインができるはずがないですからね。どういう樽を使って、どのように発酵させて、というワインメイクの技術があります。ステンレス、新旧のオーク樽という3種類を発酵させて、それをブレンディングしていますが、その技術の高さも、うちの個性であり誇るところでしょう。
小さいワイナリーだからこそ生きる
“独占”の強み
--ジャックさんならではの経営の感覚がワインのビジネスにも生きているということはありますか。
ジャック ナパで甲州を育てるにあたって、我々のような小さなワイナリーが成功するには、独占的に進めることが必要だろうと思っていました。「独占」という言葉は強いかもしれませんが、誰もやっていない新しいものを提案するということです。そして、新しいことを提案する際には、「当たる」か「当たらない」かのどちらかしかありません。私はワインのビジネスを15年やってきた中で、飲んだ日本の甲州に対して、もっと別の魅力があるのではないかと感じていました。そこに「当たる」チャンスを見つけたわけです。しかし、新しいことをするにはお金もかかります。そこで、独占ができれば、大手にも対抗できると考えました。ナパにおける甲州の苗はうちが譲り受けたもので、他にはもうありません。スポーツビジネスにおいて成功するためには権利を持つことが重要ですが、ナパの甲州は我々だけができることです。そう考えると、無限に我々の可能性が広がっていくと思っています。特に日本料理に合わせるワインとなると、シャルドネやカベルネ・ソーヴィニヨンも良いのですが、もっと別のアプローチが欲しいと感じていました。そんなときに、我々の甲州が魅力を発揮します。
--いま、世界で日本料理がブームとなっていますが、その点も視野に入れていますか?
ジャック 確かに日本料理がブームとなっていますし、日本料理に合うワインですから、そこに可能性は見ています。でも、スタートしてから3年目となって、日本料理だけではなくイタリアンやフレンチ、韓国料理、インド料理など、あらゆるミシュランの星付きレストランが我々の甲州ワインを求めてくれています。つまり、「料理に合うワイン」だというお墨付きをいただいたわけです。テイスティングのようにワインを楽しむのもよいのですが、やはり、料理に合わせることでワインは華開きます。そういうワインは意外に少ない。我々のワインはそれができる。まずは欧米、今度はアジアと広がっていけるのではないでしょうか。
--30年後は甲州が世界中で飲まれていると?
ジャック 日本では約40店舗のレストランと取引があって、ほとんどがミシュラの星を持っているところです。我々のワインはミシュランの星付き、またはそれと同レベルの格を持つ店で飲んでいただくのにふさわしいです。神田さんが言われていたのですが、料理は素材だけではなく味付けつまりは調味料が使われていて、その調味料に合うワインがなかなかないと。でも我々のナパバレー甲州ワインは、素材はもちろん、合わせる調味料の邪魔もしない。逆に、引き立ててくれるようなワインだと評価してくださったんです。世界各国の料理には調味料が使われる。食材と調味料の組み合わせで最高の状態に仕上げることができるシェフの料理に、我々のワインを届けたいですね。
![](https://assets.st-note.com/img/1735270522-zDK42k7JFxHmAEb0S5YaMhCQ.jpg)
--3年目となった今年のできはどうですか?
ジャック 2021年のファーストヴィンテージは500本程度でしたが、昨年は4500本くらい。そして今年は1万5000本程度が見込まれるのではないでしょうか。作付面積だけではなくブドウの質も高くなっていることで、着実に生産量が上がってきています。そろそろレストランだけではなく、一般の小売りもスタートさせようと考えています。まずは5年後、10年後が楽しみで、そして30年後ですが、間違いなく、世界を代表する白ワインの代表品種として、シャルドネ、リースリング、ソーヴィニヨン・ブランとともに評価されていると思います。大谷翔平が日本からアメリカに出て成功して世界中で知られるようになったみたいに、山梨の甲州がアメリカに出て成功して世界に知られる。そんな夢のようなストーリーが、私のなかではもう描けています。
インタビュー:吉川欣也、土田美登世(文・構成含)