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胃袋を支えるための食の構造は基本的に変わらないと思うが、食の多様性のニーズに応える発想はもっと柔軟になっていく

大塚泰造さんが取締役をつとめる雨風太陽が運営するポケットマルシェは都市と地方を、そして生産者と消費者をつなげることをコンセプトとしたネット上のマルシェです。生産者は簡単に出品ができ、消費者はいつでもどこでも、生産者の顔が見える米や野菜、果物、肉や魚などを購入することができます。新鮮な農作物とともに生産者の詳細な情報も届けられる「東北食べる通信」も手掛け、この10年間、生産者の声をリアルに聞いてきた大塚さんが見据える30年後は?
https://poke-m.com/

大塚泰造(おおつかたいぞう)1977年生まれ。国際基督教大学在籍中に2年間サンディエゴに留学し、当時の日本ではまだ遅れていたITの最先端をリアルに感じる。卒業後、株式会社ムーサ・ドットコム代表取締役社長に就任し、企業向けWebサイトなどを手掛ける。2015年から株式会社雨風太陽(旧:株式会社ポケットマルシェ) 取締役に就任。

農家や漁師さんは生産者でありクリエイターでもある時代

――生産者の情報とともに実際に野菜や果物が届く「食べる通信」を利用したことがありますが、立体的な情報誌のようでとてもおもしろかったです。

大塚 ありがとうございます。最初は東北で「東北食べる通信」をスタートして、そのあとは全国50か所くらいで展開しました。おかげさまで1万人くらいの定期購読者を得ることができました。

――そこから今につながるポケットマルシェはその時に縁があった農家さんとの付き合いも多いのでは?

大塚 そうですね。通信からお世話になっている方もいるのですが、新規の方も多いです。ポケットマルシェを運営する雨風太陽の代表である高橋博之がとにかくフットワークが軽くて。1年のうち300日は漁師町か田畑にいるんじゃないですかね。家はいらないのではないかと思いますから(笑)。私も全国を歩きまわっているほうだとは思いますが、彼ほどではないです。

――ポケットマルシェのシステムは生産者に出店の場を与えて、その場所代をマージンでいただくということですよね?

大塚 はい。生産者が誰でも簡単に出品できる仕組みにしています。わかりやすくいうと、メルカリみたいなものですね。

――そうしたシステムが嫌いだという生産者はいませんか?

大塚 いるでしょうけれど、そうした方には自分たちからは話を持っていきません。やる気がある人たちとつながることで新しい何かが生まれ、いい方向にまわっていくというイメージを持っていますので。先日、「ポケマルチャレンジアワード2023」を開催して、改めてやる気のある生産者のパワーを感じました。今年度のアワードは「都市と地方をかきまぜる」をテーマに掲げましたが、農業を通じた都市と地方の盛んな交流によって、両者の垣根がなくなるような活動をしている人たちを表彰したんです。

――都市と地方をかきまぜる・・・おもしろい響きですね。アワードではどなたか印象深い方はいらっしゃいましたか?

大塚 参加してくださったみなさんすばらしい試みをされていました。受賞された方の活動はHPにアップしていますので、ぜひご覧になってみてください。たとえば、岡山県の富永邦彦さんはとてもパワフルで印象深いですね。完全受注漁に取り組んでいる方です。

――漁を完全受注するんですか。

大塚 お客様から注文を受けてから漁に出るシステムです。必要以上に漁をしなくてすむだけではなく、捕った魚の梱包や仕分け作業も効率化することができるため、少ないスタッフ数でも漁業に取り組むことができて持続可能な資源の保護なども可能になります。「獲る漁業」から「資源を守る漁業」をめざす。これは今の時代に必要とされているやり方だと感じます。あと、マーフィーズファームの篠塚政嗣さんの活動もユニークでした。篠塚さんはイラストを描く方で、野菜を入れる段ボールに季節の野菜や自分の思いをのせたイラストを描くんです。農家や漁師さんたちは生産者であるだけではなく、クリエイターでもあるんです。

――このアートはおもしろい! ご自身のSNSでも発表されていらっしゃるんですね。SNS時代になって、生産者の方々もそうしたツールを自分の表現の手段として使われていらっしゃるように見えます。

大塚 まさにその通りです。私たちは、発信力を持った生産者たちに、より強い発信力を持ってもらうためのお手伝いをしているんです。

大規模農業が国民の胃袋を満たす構造は10年前から変わっていない

――大塚さんも代表の高橋さんも日本の地方に足を運んでいらっしゃいますが、地方の現状はいかがですか?

大塚 高齢化や離農者の増加などが地方の問題としていろいろ大きく取り上げられていますよね。確かにそれはそうなんです。でも10年くらい地方を見ていますが、根本的な農業の構造は10年前も今も変わっていないと思います。その構造を冷静に分析してみると、ネガティブなことばかりではなく、もっとプラスに転じられる要素が見えてきます。

――プラスに、とは具体的にどういうことですか?

大塚 国民の胃袋を満たす、つまり日本の食生活を支える農業は圧倒的に大規模農業が担っていて、地方の大規模農業は昔も今も高い生産性をめざしているし、実際にそのおかげで我々は飢えなくてすんでいます。そのいっぽうで中小規模の農業はというと食生活を支えるというより、むしろ、食文化および地域を支えるという役割を大きく担う農業で、これからもさらにその役割を担っていくでしょう。そしてこうした中小農業こそ、食の多様性に対応できるチャンスがあるということだと思います。気候変動はかならず起こるだろうし、世の中の流れから肉は代替肉になっていくでしょう。そうした未来に柔軟に対応するためにますます多様性は求められていく。そこに地方の小規模農業の勝機があるし、地方でがんばっている中小規模の農業が力を発揮できるはずです。

――規模の大小をいいとか悪いとかいうのではなく、大規模農業が担う役割とは別の役割を中小企業が持っていることを自覚するということですか。

大塚 アグリカルチャーとアグリビジネスは違うということですね。たとえばビワなど、古くから日本にあって親しまれていたにもかかわらず、消費者のニーズが多様化して儲からなくなっている作物があります。ほかにもたくさんおいしい果物ができていますからね。国民の胃袋を支えなければならない大規模農業はそうした効率のよくない農作物の栽培はなかなかできないですよ。ビワはこの15年で生産量が半減していて、いずれはスーパーマーケットから消えてしまうかも知れません。でもビワの場合、千年以上もの間日本で食べられてきた歴史があるし、何よりおいしい。日本の食文化を継承するためにも残しておきたい、食べ続けたい果物ですよね。だからこそ、小中規模の農家でありポケットマルシェの出番です。大規模農家が育てないものこそ育てればいいし、スーパーが扱ってくれなくても、うち(ポケットマルシェ)で情報とともに販売すればいいんですから。

――生きるために必要な食品はスーパーマーケットで買うし、嗜好品的な食品はネットで買うという二極化した時代にますますなっていきますね。

大塚 嗜好品的というだけではなく、安全安心をうたっていたり、特別感をうたったりしているものも、すでにネットで購入するものと意識していますよ。あと、今年度のアワードでもテーマにしましたが、都市と地方をかきまぜるために、都市から人が来る観光に力を入れることもこれからは大事になってくると思います。イタリアのトスカーナなどで取り組まれているようなファームステイなどおもしろい試みですよね。

地方の再生案の柱は大きく2つ。ひとつは食の多様性への対応もう1つは観光

――ポケットマルシェでも何か取り組んでいらっしゃるんですか?

大塚 「ポケマルおやこ地方留学」というプログラムを手がけています。親子で生産者のもとを訪ねて体験しようというものです。都会の人たちは自然に触れられて学ぶものが多いし、地方の農業側としても立派な収入源になる可能性があります。人流が生まれることで活性化にももちろんつながります。都会で働きながらたまに地方で農業をするスポット就農があってもいい。高齢化、少子化など地方が抱える問題は多数ありますが、都会にはない農地や海や川があるのですから、それを財産に変えないともったいない。食の多様性に対応すること、そして農業を観光資源として作ること。この2つは地方を再生できる大きな柱になると思います。

――地方の観光資源化は国内ではなくインバウンドにもつながりそうですね。

大塚 少しずつ日本の農村や里山にも外国から人が来るようにはなっていると思いますが、生産者と話をしていると、もっと魅力を発信して、もっと自分たちでできることがあると考えていることが伝わってきます。それを一緒になって盛り上げていければ、自然にいい形になっていくんではないですかね。ここのところずっと、日本と世界との乖離が進んでいて、2ドルで牛丼が食べられる日本を世界中が心配している。この状態も10年前からあまり変わっていない。先ほど農業の構造について話しましたが、農業に限らず、日本の構造というものはなかなか変わりにくいものだと思います。だからといって何もしないのではなく、自分たちのできることをやっていくが未来につながることかな、と。

――自分たちが直近にできることとしてITの利用があると思うのですが、その点についてどうですか? 

大塚 スマホを自在に扱える人とそうでない人がいるように、いつの時代でもIT系に関してはできる人とできない人がいます。農業もITが活用できる人とそうではない人とに分かれています。先に言ったようにアグリビジネスとアグリカルチャーは異なっていて、アグリビジネスを担う人はどんどんITの活用をして生産性を高めればいいし、アグリカルチャーを担う人は、最低限に必要なIT化という歩みでいいのだと思います。できるに越したことはないと思いますが、できない場合は我々のような専門家に任せるなどして対応していけばいいんじゃないですかね。

――大塚さんの思う食の30年後は?

大塚 大規模農業が胃袋を支えるという基本構造は変わらない。そこに、時代が求める多様性のニーズに応えていくための地方の中小規模農業が、クリエイティビティと発信力を活用してどんどん仕掛けていく。そういう時代になっていくと思います。

インタビュー;吉川欣也、土田美登世(構成含)

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