代替肉といわれているものが今の「肉」のポジションに置き換わり、今の「肉」は嗜好品となる
1980年新潟県生まれ、北京語言大学卒業、大和証券株式会社に入社。退社後の2006年に会社を起ち上げて中国の深圳(しんせん)市にて起業。地球環境を改善するようなビジネスを始めたいとさまざまなベンチャー企業を立ち上げながら独自に代替肉の研究を進め、2020年、「ネクストミーツ」を現・代表取締役の佐々木英之氏とともに創業した。
https://www.nextmeats.co.jp/
環境を人任せにせず、自分で行動を起こして価値を作りたい
――代替肉に取り組まれたきっかけから教えていただけますか?
白井 私がちょうど20歳過ぎたくらいから、アメリカでアル・ゴア副大統領が出てきて地球温暖化について提言され、地球環境が話題になっていました。私はその問題を素直に受け取り、単純に「自分の未来、30年後、50年後はどうなってしまうんだろう?」と考え始めたんですね。証券会社に勤めてはいましたが、地球の未来に対して危機感を持って、なんとかしなければ、とまだ漠然とですが思っていたんです。
――ゴア副大統領の映画「不都合な真実」が話題になった頃ですね。もう15年くらい前ですか。
白井 そうです。でも、なんとかしなくてはと思っても環境問題というのはテーマが大きすぎて個人やベンチャー企業で何かできるとはすぐに思えなかった。でも日本政府や大きな企業に任せっぱなしにするのではなく、実際に動いて価値を作れる人になろうと思って活動を始めました。26歳で証券会社を辞め、エネルギー問題を解決していくような商品を知人の化学者につくってもらって、それを中国の深圳(しんせん)という経済特区で起業してスタートしたのが最初でした。
――いきなり中国ですか!? 深圳にはご縁があったんですか?
白井 アメリカも魅力的で大きいしかっこいいと思っていたのですが、同業の証券アナリストたちが「2025年には中国が経済規模でアメリカを超える」と言っていて、ホントかなーと思いながらも信じて中国を選びました。幸い中国語ができましたから、コミュニケーションの心配はなかったですね。ただ最初は、とりあえず中国茶を仕入れてみて商売の感覚をつかみながら、現地のマーケットに入っていって、商品が中国茶からだんだんと光触媒のような環境ビジネス系のものにシフトしていきました。いろいろ手掛けましたね。成功もしましたが、失敗も結構多かったですよ。15年前は個人やベンチャーに環境ビジネスは無理……と思われている時代ですから、がんばれーとは言われるんですが、「むずかしいよ」と言われ続けていましたね。
――環境ビジネスの何がむずかしいんでしょうか?
白井 環境問題は政府や大手企業の管轄みたいに思われているんです。特にエネルギーや資源というものはインフラだから、国や大企業でないとできないよ、って感覚ですね。今でこそ電気自動車の「テスラ」のようなスタートアップも世界で出てきていますが、当時はまったくなかったです。SDGsという言葉もなかったですからね。
――SDGsという言葉は環境に対するアクションを起こすうえでやりやすくなるものですか?
白井 もちろん。SDGsは我々のやっていることの背中を押してくれるワードです。とはいえ、我々はSDGsにのっかりたいと考えて始めたわけではないので。タイミングよく、我々がやったことに対してこの言葉が世の中に浸透してくれたことは、いいチャンスだったと思います。さまざまなビジネスをやってみた結果、代替肉ビジネスが軌道にのってきて今に至るというわけです。
植物性のタンパク質から肉の食感を出すことが一番むずかしかった
――白井さんは研究に関しては初心者だったと伺っていますが、具体的にどのようなことから始められたんでしょうか。
白井 最初は自宅のキッチンでやっていましたよ。大豆やエンドウ、ジャガイモなどいろいろな植物からとれた市販のタンパク質を集めてきて、図画工作をするようにすったり、こねたり、ミキサーに入れたり、固めたり。もちろんこれだけではうまくいかないから、添加物を買ってきて加えたり、違う機械を買ってみていろいろやってみたりしていました。最初はハンバーガーのパテみたいなものにまとめて、いろいろな形にしてみて。でも、見事にまずかったです。これはダメだなと思って凹みながらも、大学の教授や先生を紹介してもらって話を聞きに行ってまた試作をして。知識がどんどんついてきてまた別の機械で試してみて。その繰り返しです。日本ではまだ代替肉がなかったので、海外のサイトでパッケージの裏面の成分表示を確認してどんなものが入っているかを調べてからそれらを加えてみていました。
――まずいとはどういうことですか? 何が一番むずかしいのでしょうか。
白井 食感ですね。肉の食感がまったく出ないんです。食感さえ作れたら味はなんとかなるかな、という手ごたえだったんですが、とにかく食感が出ない。最終的にプラスチックの成形をしている機械を工場にお願いして食品用に改良してもらったものがぴったりきましたね。ただ、機械にタンパク質を入れて押し出したらできます、という単純な話ではないんです。タンパク質をベースに配合したものを機械に入れて、二軸のシリンダーで押し出していく過程で熱を段階的に加えていきます。熱をかけていく途中に水を少しずつ加えていきますが、その水と素材の量のバランスだったり、加えるタイミングだったり、水だけではなく脂を加えたり、その脂のタイミングだったりと、おそらく何十万通りの組み合わせがあるわけです。海のなかで欲しい貝殻を探すくらいの感覚でパラメーターを定義して、最終的に最適な食感を探っていました。
――測定値だけではなくて、官能検査などもされるんですよね?
白井 もちろん官能検査も行います。かける温度や弾力、水分の数値などの測定は現在も研究所でやっていることです。最新バージョンの肉はまだ60点くらいだと思っています。これを100点、120点にしたいですね。現状の我々の価値は機械工学なんですよね。代替肉の機械を作って、そうしたものでパテント(特許)をとっていきたいと考えています。あとは、今の機械工学での研究のプラスαとして、バイオテクノロジーにも取り組んでいて、ゲノム編集と微生物発酵の研究をやっているんです。
――ゲノム編集に微生物発酵ですか!? どんなモデルを考えているんでしょうか。
白井 この研究が進んでいくと、穀物や豆自体が肉のような風味があるものが作れますし、植物の栄養バランスを肉の栄養バランスに変換できます。今はその研究をしていて、近いうちにプロットタイプが作っていけると思っています。
日本発の代替肉ではなく、「植物からとった肉に似た新素材」として認知されたい
――代替肉というと、その名のとおり植物を肉に似せようとしいますが、それはアメリカっぽいやり方という声もありますよね。日本なら精進料理という文化がありますから、植物性のいいところを引き出した代替肉ができるような気がします。ただ、そもそも、代替肉という名前そのものが嫌なんですが。
白井 僕たちがやっている研究は、肉の代わりではなく、新しい食べ物として定義づけできればいいと思っています。栄養バランスがよくて安全でおいしい新しい食材が肉や魚と並ぶ時代を描いています。タンパク質は肉と魚とソレがあって、さぁどれにしようかな、今日は魚にしよう、肉にしよう、ソレにしようといった選択肢が増える時代がくるといいと思っています。実はこの夏からアメリカで「ネクストミーツ」の大ロット生産をしていくんですよ。「ビヨンドミート」や「インポッシブルフーズ」にはない焼肉のようなスライス肉で、添加物を使用しない日本らしいうま味を追求した味つけをして出していくことを考えています。
――アメリカの代替肉って添加物がたくさん入っているイメージがあります。
白井 感覚的なものかも知れませんが、アメリカの商品はひと口食べて「うまい」と思わせるんですが、続けて丸々1個食べたいという気持ちにさせないんですよね。添加物がくどいように思いますね。だから添加物は加えたくない。
――でも、添加物を加えないと肉のような満足感が得られないんでしょうから、無添加はかなりむずかしいのではないですか。
白井 おっしゃるとおり現状のままだと、植物性の代替肉は肉と比較したときに物足りなさは出ます。完全な植物性だと血液の成分であるヘモグロビンが付加できないので、血液らしさというか肉らしさが出にくいんですね。「インポッシブル」では植物性のものからレグヘモグロビンというヘモグロビンに似たタンパク質物質をとってきて、GM(遺伝子組み換え)で増やして、というやり方をやっています。これが血の生臭さを持っていて、肉っぽくなるんですが、そういうものも加えないでやろうとすると、なかなかむずかしい。それが課題ではあります。まだ詳細は言えませんが、こうした“血液”に変わるものを現在探しています。脂を加えて満足感を出すという考え方より、血液っぽさを優先して研究しています。
――ヘモグロビンという言葉を聞くと、培養肉が浮かぶのですが、白井さんは培養肉についてはどう思われますか?
白井 東京大学の竹内昌治先生が日清と2㎝くらいの肉を作りましたよね。これは培養肉の世界が確実に進化しつつあることを物語っていると思います。 実はもともと培養肉をやりたかったんです。でもよく調べてみるとかなり先の世界だな、と思ったんです。早くても2028年という数字が出ていましたからね。ちょっと待てないな、と。ですから、僕はまず植物性の代替肉から入ってチャネルを作ってブランディングして、並行してほかのバイオテックの技術をオンしていく、と考えでスタートしたんです。現在の培養肉は動物の肉から幹細胞をとって増やしているので、完全な植物性を求めるならちょっと違うかな、とは思います。でも最近は植物性の培養肉も研究されているので、培養肉がさらに開発されてきたら参入しようと思っています。将来的にはとんでもないスピードで開発されていくジャンルではないですかね。もしかしたらスーパーマーケットで細胞を買ってきて、炊飯器みたいな機械に細胞と材料を入れてスイッチを押したら、数時間後にボンと肉ができあがり、みたいなものができあがるかもしれませんよ。
――すごい! 自宅で簡単培養肉の時代が来るかも知れないんですか。そうなると、コオロギなど虫を食べなくもいいんですか? 私は虫が苦手で。
昆虫食を否定しないが、幸せな食卓として今はイメージしにくい
白井 ナシにはならないんじゃないですかね。食料危機みたいな観点からいくとアリでしょうが、我々のミッションにはないという話です。ですから、培養で、超スーパー大量培養みたいなことが各家庭でできるようなマシンができたらうれしいな、というレベルです。
吉川(東京ヴィーガン餃子代表) ちょっと割り込みますが、昆虫食って、お金持ちのような上に立つ人がコオロギを食べていることがイメージできるかどうか、じゃないですかね。僕はイメージできないんですよ。お金持ちの人たちが上から目線で「これ食え」と一般庶民に言われると「エサとして食わされている」と思われるので、それは政治的にも使いたくないでしょう。映画の世界でも昆虫食を食べてハッピーな映画はない。たとえば「パラサイト 半地下の家族」でアカデミー賞をとったポン・ジュノ監督の「スノーピアサー」も昆虫食が出てきますが、ハッピーなイメ―ジはない。未来の世界を描くときは、たいていSFや映画の世界の未来をモデルにしますよね。昆虫食でハッピーな時代が描ける時代になるなら、昆虫食はもっと盛り上がるのでしょうが、僕はそれが見えないですね。「なんとなく食料問題だからコオロギを育てよう」という人たちを否定はしませんけどね。ビジネスのスピード感として、肉の代わりになる植物性のタンパク質を研究するスピードのほうが速いです。コオロギを食べなくてもすむ仕組みを考える研究者や起業家のほうが圧倒的に多い。コオロギがビジネスとして勝つイメージが我々にはないですね。エサのように虫を食べる人間社会を作るのではなく、豊かになる未来をみんな作りたいんじゃないですか? コオロギせんべいを作ってみました、はいいんですけどね。先のビジョンが見えない。
白井 僕も吉川さんと考え方は似ていますが、もう少し違う方向に考えてみると、エビを食べるのとそんなに大差ないんじゃないかな、と。エビだったらエビを養殖すればいいですが、昆虫の場合、人間が持つイメージがすでにあるので、そこをゲノム編集して、エビのような身がつくようにしたり、エビのようなうま味をつけたりして、エビの代わりの昆虫と考えることはできると思います。
ゲノム編集やGMO(遺伝子組み換え)で問われる進化と倫理観の狭間
――白井さんのお言葉で「ゲノム編集」がよく出てくるのですが、人間はどこまでゲノム編集をやってもいいと思いますか? 簡単には言えない話だとは思いますが。
白井 日本って遺伝子組み換えはダメとされるけれど、ゲノム編集したものは普通に食べていますよね。ヨーロッパではゲノム編集も遺伝子組み換えもだめだけど、アメリカはカリフォルニアを中心にGMO2.0(遺伝子組み換え)の動きが始まっていて、GMOのほうがサステナブルだし体にいいよといった考え方があります。僕はGMO派なんです。ただバイオハザード的な事故だけを決して起こしてはいけないことが大前提です。
吉川 GMOやゲノム編集の話となると、生命体をどこまでいじるの? って考え方がどうしても出てきますね。「人間は神を超えられるのか?」の世界になっていきます。極端にいけば、動物を触ると人間を触ることにもなっていきますから。
白井 不老不死をよしとするか、悪とするか、の議論に似ていますよね。ただ人類も宇宙も進化していくものだと思うので、そうした議論で流れを止めてはいけないと思います。新しい技術の向こうにどういう対応策が練られるか? が問われる時代になっていくと思います。
吉川 シリコンバレーでも極論として「頭のない牛」を作ればいいじゃないかっていう人が出てきています。培養肉もそうじゃないですか。結局あれは頭がなくて骨がない肉を作っていることなので、ゲノム編集で頭と骨がない肉を作ればいいということになる。そもそも頭がついていることは重要なのか? いや、心臓がついていることが重要なのか? どこまでがよくてどこまで悪いのか? 僕ももうわからないです。
――法律家、宗教家、哲学者などといった人たちの出番ですね。
白井 人間の目線でいくと、肉って歩留まりが悪いんですよね。2~3割がゴミになってしまうので、頭や骨がなくて肉だけできればフードロス的にも経済的にもいいじゃないか、という考え方は理解できるし、ネクストミーツでもよくなされる議論です。技術ができても、こうした倫理的なディスカッションはこれからもっともっとなされているべきですね。こうした議論を、もっと日本の大きな食品メーカーでやって欲しいと思います。世界ではどんどんやっていますから。でも、日本の食品メーカーは足元の売上をどう作るか? 棚をとるか? といった考え方で止まっています。世界の人たちが「これなら食べたい」と思えるものをどう作るか? というチャレンジをするべきだと思います。それこそが真のSDGsではないですかね。我々はベンチャーなので、まずはやってみよう! ができる。それがチャンスです。
――白井さんの話を聞いていると、30年後はもうすぐそこだとリアルに思えます。2050年はどうなっていますか?
白井 我々はすべての肉が、代替肉に置き換わっているという仮定で進めています。もちろん100%ではないですが、今の「肉」のポジションが、今我々が作っている「代替肉」と呼ばれているものに置き換わっているというイメージです。肉はなくなりませんが、お金持ちだけが買える嗜好品になっていくでしょう。ただ人類が進化していく過程で、肉の味がおいしいと思わない子はどうも増えているんですよ。ということは、肉の味に似ていなくても、我々の「ネクストミーツ」を選んでもらえる可能性がある。今までの肉をおいしいと思わない人が増えてきて、新しい未来の代替肉が、味や食感を変化させながら、一般的な家庭に入っていく。さらにはそれが、機能性食品みたいになっていく。完全栄養食、宇宙食みたいな時代はすぐそこに来ているように思います。
インタビュー:吉川欣也、土田美登世(構成含)