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第51回 第4逸話『カリュプソ』 その9

「他の本も読んだの?」レオがモリーに聞いた。
「読んだ。全然エロくないの。このポール・ド・コックの他の本、また借りてきてよ」 
ポール・ド・コックも実際にいたフランスの大衆小説家(エンタメ小説。ストーリー至上主義小説。純文学と対局)。
”あの図書館で本を借りる。保証人のカーニーに、また催促状が届くな”
 レオは愛妻モリーのために、図書館に出向いて本を借りてきている(自分で借りてこいよ)。てか、この頃は図書館で本を借りるためには、保証人がいるらしい。

 ”…魂の再生。輪廻なんとかより、こっちの方がしっくりくる。こんなことを信じてる人たちがいる。我々は皆、死んだ後も別の肉体で生きて行く。前にも生きていたって。これを魂の再生というんだ。”
 
 モリーは聞いてんだか聞いてないんだか、紅茶にクリームを入れている。

 ”(愛妻が退屈してそうなんで)何かいい例えはないかなぁ。”

 ベッドの上には『ニンフの湯浴み』なる絵がかけられている。これは「フォート・ピッツ」という大衆雑誌の付録ポスターらしく、モリーが気に入りわざわざ3シリングの額縁に入れて飾っている。ニンフとは仙女。神以下人間以上な人。
ここは『オデュッセイア』におけるカリュプソーにさりげなく対応している。

 (その絵のニンフが)モリーにどことなく似ている。昔ギリシャの人々は、人間が動物や樹に変わることがあると信じていたんだ。たとえばニンフなんかにもね。”

 夫は、少しでも妻の気を引こうとニンフの喩えを用いたが…、妻は突然顔をあげ、

「何か焦げ臭くない?」
「やべっ! レバーだ」

 レオったら、さっき買ってきた豚の肝臓肉を火にかけたフライパンの上に乗せたまま、忘れていたらしい。


 てか、自分用の朝飯だったのね。

 …続く。





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