第73回 第5逸話『食蓮人』最終回
司祭と侍者がが退出した。(ミサは)終了。
”早く抜け出さなきゃ。じゃないと平修士ぶ〜んぶん(蜂の例え)がお盆をもってやってくる(寄付)”
教会に、ビタ一文払いたくないブルームは急いで外へ出た。時計は10時15分。葬式は11時なのでまだ時間はある(そうかなあ)。
彼は妻のための化粧水を頼みに行こうとした。向かうのはウェストランド通りにあるスイニー薬局(実際にあった)。この時代の化粧水というのは、薬局で、いちいち調合してもらわなきゃならなかった。なので処方箋がいる。
”やべ、処方箋忘れた。ついでの家の鍵も。葬式のせいでバタバタしてたせいだ。…あ、いや死人は関係ない、ディグナムごめん”
店に入りカウンターの前に立つ。
”処方箋台帳に書いてあるだろ。なんかこの店主老けてない? 薬屋ってのはあちこちから変な匂いがする。麻薬は精神を高揚させ、その分老化も早い。
ずらりと並んだ薬品壺。臭いだけで病気が治ったり。玄関の呼び鈴だけで治っちまう歯医者みたいに。
しかし自分のため、初めて薬草をつかんだやつは度胸があるぜ。怖えよ普通。ここにいるだけでも十分麻酔効果がある。青リトマス紙が赤くなる。クロロホルム(昔の麻酔薬)。阿片シロップは咳には悪いんだ。毒薬と思ったら良薬。自然ってやつはうまくできてる”
「こないだは二週間前ですね」「確かそう」
ブルームは、化粧水の調合を頼み、ついでに石鹸を買う。
「葬式前にひとっぷろ浴びよう」トルコ風呂(銭湯)。
「ついでにあれもしとこ」(あれとは何か? この後銭湯のシーンは割愛されているので、ネタをわる。オナニーをしようとするらしい。これは、この後起こるはずの愛妻モリーと不倫相手との不貞行為への、ささやかな抵抗)
「じゃ金は後ほど」ブルームは店を出た。
ぶらぶら歩いてると突然バンナム・ライアンズがヌッと顔を出す。さっきマッコイとの会話の中に出てきた男。二人の友人。
「よお、ブルーム。おその新聞見せてくれ」
くそ、また嫌なやつに出くわした。こいつ汚ねぇ手。おはようございます。ペアズ石鹸をお使いになりましたか? ブルームは以前見た石けんの新聞広告の文句を思い出した。
「今日の競馬で走る馬のことが知りたいんだ」ライアンズは言った。
今日の競馬とは、本日1904年6月16日の午後3時(今は午前10時)ロンドンのアスコット競馬場で行われる予定のレースのこと。これは実際にあった競馬を元にしている。その日の朝刊にも記事が載っていた(ダブリン在住でロンドン競馬に賭ける。結果を知るのは電報とかですか?)。
ライアンンズは新聞を見ながら「マキシマムにセプターに…」
「ちょうど捨てようと思ってたんだ(I was going to throw it away)」ブルームは面倒ぐさげに言った。
「何て言った?」「捨てようと思ってたんだ(throw away)」
「…、よぉ〜し、いっちょ乗ってみるか」と言い残し、ライアンズは立ち去った。
「…なんだあいつ?」
ダジャレです。ブルームはただ、早くライアンズを追っ払いたくて言った「新聞捨てようと思ってたんだ(throw away)」を、ライアンズはそれを本日出場予定の疾走馬スローアウェイ(throw away)の名前かと思った。
これは物語内だけの話ではなく、事実そういう名前の馬がその日ロンドンのアスコット競馬場で走り、しかも優勝したらしい。
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作者ジョイスがこの第5逸話を書いたのは1915年ぐらいなので、わざわざ10年ぐらい間の情報をもとに「捨てる」と馬の名前で駄洒落を思いついたらしい。
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「?」
何も知らないブルームは憮然とした気持ちでライアンを見送った。
ブルームは銭湯目指してまた歩きだした。トリニティコレッジという大学の前を通りかかった。今日は運動会(?)らしい。校門にポスターが貼られていた。
”自転車競走のポスター。ダセェなこれ。俺だったら、そうだなあ…。車輪のスポークに位置にスポーツって3つ並べて、真ん中にコレッジ。これいいじゃん”
ブルーム氏は、一応広告に携わる仕事をしているのでうるさい。
”今日はいい天気だな。いつもこうだといいのに(中略)、これぞ命の流れの中で何にもまぁぁぁ〜さる宝(ブルーム、独白の途中で伸びをしたらしい)”
”さて入浴を楽しもう(事実か想像か不明)”
”This Is My Body これは私の体(「最後の晩餐」にてキリストがパンを指して言ったとされるセリフ)。
想像の中で、彼の体は浴槽にのびのび浸かった。温もりの子宮。香り入りの石鹸をぬるぬる塗って洗われる。(中略)へそ〜肉の蕾〜黒い縮れ毛がぷかぷか。(その中央には)幾千人の子らの父親。(今は)でれんとなった父親。花みたい”
第5逸話『食蓮人』終わり。