第39回 第3逸話『プロテウス』 その9
スティーブンは、眼前のある男女の女の方を、ジプシー(放浪者)女と勝手に見立て、詩作を試みる。
紙に書き留めようとポケットを探るが、出てきたのは先ほどデイジー校長から託された手紙。新聞社に届けるはずの大切な奴…。
「ごめん。端っこだけね」
手紙の端をビリッと破り、そこに彼はペンを走らせる。
それには”吸血鬼”なる単語が出てきてドキッとする。
吸血鬼といえばやっぱりドラキュラ。アイルランドの作家ブラム・ストーカー筆『吸血鬼ドラキュラ』が世に出版されたのは1896年。『ユリシーズ』の舞台は1904年だから、スティーブン改め作者ジョイスも当時読んでいることだろう。
影響されちゃったのかな?
なにせ今日においても吸血鬼といえばドラキュラ、無視することができない決定版ですから(もっとも吸血鬼伝説は昔昔からあった伝説らしいが)。
”口が女の口の接吻に Mは二つなけりゃ。Mをくっつけろ”
Mが二つとは、mouse to mouse(口移し)のことだって。
”Mをくっつけろ”
…つまりさっさとキスしろ、っと?
目の前の男女に興奮し「さっさとやっちまえ!」、なのスティーブン?
口移しから、吸血鬼を連想したのかは知らん。ここで彼が書いたらしい詩は、この逸話では明かされない(のちに不意に登場するそう。それとこの時スティーブンはもう一つ創作している。最初に登場した二人組の女性をモデルに、『プラムの寓話』と題したスティーブンの創作小話が、これものちに語られる)。
”〜口を女のムーム(mouth=口)に、ウーム(womb=子宮)に、あらゆるものを孕むトゥーム(tomb=墓)”
また韻を踏む、MCスティーブン、メェ~ン。
詩を書き終えた彼は、岩の上で横になり、またさらに想いにふける。
誰かに僕の影まで含め、見つけてもらいたい、僕の書くものを読んでもらいたい。そんなことを思っているんじゃないかな?
特に女。文学趣味じゃなくていい、娼婦だってかまやしない。
その後、また意味不明瞭な独り言が続く。
”〜砂洲にできる水溜りの方から塩がいっぱい流れてきて、潟湖を金色で覆い、湧き上がり、流れた。
〜手元の仕事をさっさと済ませろ。
波の言葉は4語でできてるぜ、
シィィィィスゥ(sccsoo)、フルッス(hrss)、ルッシィィィィスゥ(rsseeiss)、ウゥゥス(ooos)。
アイルランド人的には波の擬音らしい…(ほんとかよ)?
〜水は渦を巻いて流れ、一面に泡浮かべ、花を開かせる”
〜手元の仕事をさっさと済ませろ。…とは、
結論から先に言うと、このシーンでスティーブンはタッションしているらしい。
海にチィ〜っておしっこしたら、泡が立ってそれから波紋ができる、と。
どこかの文学研究者が、そう解釈してます。
それに異を唱える人もいる。
「いや違うね。だって今スティーブンは岩の上で横になってるんだぜ。その姿勢でおしっこしたら自分にかっかっちまうじゃないか」
「オナニーだね。絶対」
…と、別のある研究家が申しています。
多分そっちの方が、解釈として面白いから。
いずれにせよ、答えは作者ジョイス以外誰も知らない。ファンが勝手に解釈して、それ自体が楽しいのでしょう。
そしてスティーブンは再び、例の「溺死した男」のことを思う。
”1時と言ってたな。潮が満ちれば。ポッカリ浮いてくる。イルカみたいに。〜捕まえた。ひっぱれ…ってね。
…続く。
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