第68回 第5逸話『食蓮人』その1
『食蓮人』とは『オデュッセイア』9歌に出てくる、毎日蓮だけ食べてヘロヘロになってる愉快な種族ロートバコイ族のこと。これは麻薬の常習を意味する。それは現代の違法合法は関係なく、あれゆる種類の「娯楽」「遊び」。辛いことを忘れるための装置〜快楽。ハマりすぎると日常に戻れなくなるもの。
酒タバコ、ギャンブル、女、男、ネットにTVゲーム、間食…………、ハバネロソース一気飲み、連日朝昼晩スウィーツのみ、などなど。
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ブルームは一人、ダブリンを歩く。
時刻は午前10時。その頃スティーブンは授業中だ。
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サー・ジョン・ロジャーソン河岸やら、リースク亜麻仁圧搾工場に郵便電報局を通り過ぎる。どれも当時実際にあった場所や建物。
作者ジェイムズ・ジョイスが、この『食蓮人』を書いていたのは1915年で、場所はチューリッヒ(多分)。ジョイスは図書館などで調べ、1904年のダブリンに実際あった通りや建物の位置や名前を、また天気や気温までも正確に再現したとされる(でも4話がわずか45分間の話というのは無理ないか?)。
ブルームはひたすらズンズン歩く。
バケツを持った少年が目につく。ガキのくせにタバコを吸ってる。
”タバコの害について注意してやるか。やめた。別にあの子もバラ色人生でもないだろうし”
酒場の前に女の子。”父親を迎えにきたのかな? とうちゃん早く帰ろうよ”
勝手にストーリーを作って遊んでいる。
続いて、タウンゼント通りを横切ると救世軍の家「べセル」がある。
”エル。うん、神。の家。アレフ、ベースのベース”
なんのこっちゃ。
べセルとは、ヘブライ語で「神の家」という意味だそう。で、エルは神です。そしてアレフ、ベースはヘブライ語のA、Bです。
…だからなんやねん?
と問われても、困ります。これはその時ブルームが頭に浮かべたもの。意味も文脈も特にない、ただの意識の流れです。
前にもお伝えしましたが、ジョイスはこれを約16年かけて書き上げました…。
続いて通ったのはニコルズ葬儀店の前。するとこの後ブルームが参列予定のディグナムの葬式を思い出す。それはニコルズじゃなくてオニール葬儀店が執り行う。ややこしいなあって思ってもしょうがない。ブルームが通った道には実際ニコルズ葬儀店があり、ディグナムの葬式はマット・ケインという人の実際にあった葬式を元ネタとしてるからです(ちなみにそっちは7月)。
続いてウェストランド通り。紅茶の店がある。ブルームは店の前で立ち止まった。
”そうだ紅茶買っとかなきゃ。カーナンの店で”
カーナンとは『ダブリン市民』に収められている『恩寵』の主人公トム・カーナン。茶鑑定士。元ネタは、ネッド・ソーントンというジョイスん家の近所に住んでいた人。
この小説には元ネタの人がたくさん出てくる。出版された1922年にはさぞや自慢だっただろう。
これも上記と同じで、今ブルームの前にある店とカーナンの店は違う。
”今日は暑いな”
ブルームは帽子をとった。そして素早く、さりげなく、あくまでさりげなく帽子の中に手を差し込む。先ほど裏に忍び込ませておいたカードを摘みそしてポケットへ。
”見られていないよな”
”ほっ”
解説します。
まずこの日は暑くない。21℃位だったらしい。でもブルームは、さも「暑いから一度帽子をとってみました」と言わんばかりにそれをとり、そして、さりげなく(お目当ての)カードを取ると、その手をポケットの中へ移しました。そして”ほっ”と息を吐く。
誰もいないのに。
やましい気持ちからです。
そのカードとは、これから行く郵便局で局留手紙を受け取るための紙。このやましさが詰まった紙の為、ブルームはさっきからドキドキドキドキしている。実はその郵便局というのはそれほど遠くない。でもブルームはあっちの道を迂回こっちの道を迂回、わざわざ遠回りをしている。
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ブルームは店先に飾ってあるコーヒーや広告を見る。
”精選ブレンド、スリランカ産の極上品、極東。いいところだろうな。地上の楽園。甘美な無為の暮らし。一日中手も動かさない。一年の半分は眠ている。暑くて喧嘩も起きない。風土の影響。無気力”
スリランカで一生懸命働いている方々に、誠に失礼なアイルランドの小市民。許してやってください。時は1904年、テレビもネットもない時代。
ちなみに、ここがサブタイトル『食蓮人』の所以。
”〜以前写真で見た。あれどこだっけ? あそうそう死海。人が水に浮かんで本読んでた。塩分が濃いから。容積が重量に等しいから、だったっけ? まそんな感じ。アルキメデスの法則”
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あれ? そっか、あれ、なんで浮くんだっけ?
死海の水は、大量の塩分のせいで普通の水よりめちゃめちゃ重い(重さとは、地球が引っ張ろうとする力)。そこに人間が入っても、水の方がまだ重いから(地球が引っ張ろうとする力がまだ水の方が強いから)、
(水に重さで負けた人の体は)浮く!
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”高校で教わった。先生は指をクラッキングしながら話してた。大学進学カリキュラム。クラッキングなカリキュラム。”
ポキポキ鳴らすという意味のクラッキング(cracking)を、猛烈に鉛筆を動かすという意味(?)でも使っている。
MCブルームの、韻を踏んだ意識の流れ。
重さについて考えたら、そもそも重さって何だろうと思う。落下〜引力についてぼんやり考える。
”毎秒32フィート(ものが落ちる時の加速度)。落下する物体の法則。物体はすべて地上に落下する。
重さとは地球に引き寄せられる力だ”
そうこうしてると(お目当ての)郵便局の前に到着する。
もう重力のことなんか綺麗に忘れてる。ただの意識の流れだから。
もちろん誰からも見られていないが、あくまでも自然に「ついでに寄るか」という感じ、ふぁ〜って感じで。
客は誰もいなかった。内心”ほっ”
受付の前に立ち(飛び出しそうな心臓を抑え)カードを差し出す。
「私宛の手紙は来ていませんか?」
局員が棚を探してる間、”来てないか、しょぼん”
しばらくして局員が一通の手紙を差し出した。
”やったー!”
すぐさま宛名を確認する(まあみんなやるからここは自然に)。
「ウェストランド通り郵便局気付(名前は伏せてある)
ヘンリー・フラワー様(ブルームの偽名。ブルームも花という意味)」
これがブルームのやましい気持ちの正体。
宛名はマーサ・クリフォードというウェストランド通りに住んでいる若い女子。ブルームの文通相手だ。
続く。