理想のエース像
仕事でもスポーツでも、誰もが一度は「エース」に憧れ、目指したことがあるはずだ。
トップの成績を残し、チームを引っ張っていく存在。
その称号を得られるのはほんの一握りの才能に恵まれた人だけだとわかっていても、自分がその「一握り」には入っていないとわかっていても、エースに憧れる心は変わらない。
私にとって、「エース」といえば巨人の菅野智之だ。
彼ほどエースらしいエースはそういない。
菅野についてはこれまで何度もnoteに書いてきた。
もともとは興味がないどころか、第一印象は最悪に近かった。
それでもいつのまにか「エース・菅野」を応援せずにはいられなくなったのは、彼がどんな逆境にも屈することなく、努力によって乗り越える姿を見てきたからだ。
押しも押されぬ読売巨人軍のエースでありながら、菅野は自分のスタイルを柔軟に変えていく。
とあるドキュメンタリーの中で、彼は「野球を続けるためなら中継ぎにも回るし、サイドスローにだって挑戦する」と言っていた。
菅野ほどのエースになれば、起用法やフォームに対するこだわりとプライドも人一倍強いはずだ。
しかし彼がこだわるのは、常に「試合にでること」そして「勝てること」。
そのためなら自分のこだわりを捨てることなど厭わない姿勢に、菅野のエースとしてのプライドを見る。
今オフ、菅野は投球フォームを大幅に変えた。
練習試合を見ているかぎりではフォーム変更は成功のようで、いつものように美しい軌道を描いて、白球がミットに吸い込まれていく。
今年もファンの期待に応えて、勝ちを重ねる。
そのために変えるべきことはすべて変えようとする彼の姿勢を、私は応援せずにはいられない。
菅野は大それた目標を掲げたりしないし、野球への考え方を饒舌に話すタイプではない。
結果と姿勢ですべてを語る。
その姿に、「日本を代表するエース」としての風格を感じるのだ。
そんな菅野と対極にいるのが大野雄大ではないかと思う。
ノーヒットノーラン達成の際はマウンドで大はしゃぎし、1年ぶりの勝ち星がついた際にはお立ち台で大粒の涙を流す。
大野は感情豊かなお調子者タイプのエースだ。
エースといえば自分の力に絶対の自信を持ち、ときにはビッグマウスも飛び出すような姿をイメージしがちだが、大野はしょっちゅう自虐に走る点も一般的なエース像と異なる部分かもしれない。
「毎試合ホームランを打たれてるので、今日は打たれないようにがんばりました!」
「僕、投げる以外の野球はド下手くそなんですよ」
自虐ネタを挟みながら場を和ませる大野のキャラクターは、見ている人を楽しませたいサービス精神からきているのだろうと思う。
「口から生まれたサウスポー」と二つ名がつくほどおしゃべり好きで、同僚たちのインスタにはいつもおちゃらけた動画で登場する。
球団のイケメンランキングで上位に入るために、既婚選手のノミネートを阻止したりもする。
寡黙で孤高のイメージが強い「エース」とは、対極にいるが大野雄大である。
しかしそんな大野だからこそ、球団ファン以外からも愛されるエースになったのだと思う。
「目の前の人を全力で楽しませたい」。
サービス精神を全力で発揮する姿もまた、理想のエース像のひとつである。
サービス精神といえば、今永くんの哲学者語録も一種のサービス精神からくるパフォーマンスだったのだろうと思う。
なかなか味方の援護に恵まれずに負けてしまったとき、多かれ少なかれ「自分はがんばったのに」という気持ちが漏れ出してくる投手も多い。
1失点程度で押さえた日は、ファンも投手を責めたりはしない。
しかし今永くんは、どんなに白星から遠ざかっても野手を責めることなく自省の言葉を口にし続けてきた。
エースたるもの、1点でもとられてはいけないのだと言いながら。
今永くんは、いつだってこちらが心配になるほど真面目で一生懸命だ。
WBCでは飛行機の移動中まで内転筋を鍛えるためのサポーターをつけ、トレーニングに余念のない姿をヤスアキにバラされたりもしていた。
その一方でサービス精神の塊でもあり、ヤスアキに触発されて1人でも多くの人にファンサービスができるように、スピーディーに書けるサインに変更したりもしている。
インタビューでも根が真面目なのが漏れ出てしまいつつも、見ている人を楽しませようと一生懸命な姿がつい彼を応援してしまう理由でもある。
今永くんは、いつも「よりよい明日」を目指して考え、努力している。
その姿をいつも見ているからこそ、彼の努力が報われますようにと願わずにはいられないのだ。
大野と同じく「表情が豊かなエース」といえば西くんだろう。
いつもニコニコ笑顔でマウンドに上がる姿を見ていると、いつまで経っても「西くん」と呼びたくなってしまう。
ちなみに西くんは大野とは正反対で、「投げる以外もうまいピッチャー」だ。
牽制のうまさがよく語られるが、内野安打の処理もうまいし、「ランナーを目で刺す」などの小技使いもお手のもの。
バッティングもいいし、もともと野球センスに溢れた人なのだろうと思う。
投球だけでなく、野球センスのすべてでエースになった選手である。
西くんといえばニコニコ笑顔がトレードマークだが、実は一度マウンド上での笑顔を封印したことがあったという。
エースたるもの喜怒哀楽を表に出してはいけないという考え方はいまだに根強い。
西くんもエースらしい振る舞いを身につけようとチャレンジしてみたのだろう。
しかし結果的に自分らしい投球ができなくなってしまい、不調に陥ったことから現在のスタイルに戻し、見事復活した。
エースだからといってセオリー通りに自分を変えなければいけないわけではない。
マウンドでニコニコ楽しそうに投げる西くんを見ていると、「自分らしく戦う」ことの大切さを感じる。
自分らしさといえば、大瀬良も優しい性格がそのまま出ている珍しい選手だ。
デッドボールを受けた際も、怒ることなく「いいよ、大丈夫だよ!」と相手投手に向かってジェスチャーしたことでコーチから怒られた逸話をもつほど、大瀬良は優しくのんびりした性格のエースだ。
一般的にエースといえば、ピリピリしてキツイ性格をイメージされることが多いが、大瀬良のキャラクターはその対極にあるとも言える。
しかし勝負に対してはいつも真剣で、もちろん手を抜くようなことはない。優しい性格でありながらも、勝負ではきっちり結果を残す。
それが大瀬良らしいエースのあり方なのだと思う。
ここまで挙げてきたエースは全員30歳前後の選手ばかりだが、ヤクルトのエースはなんと今年40歳になる石川だ。
167cmと野球選手にしては小柄な体格ながら、二桁勝利数は通算11回と現役最多。
ヤクルトの押しも押されぬ大エースだ。
若手がまだまだ安定しきっていないヤクルト投手陣の中で、カツオさんは去年も一昨年もずっとローテの柱として活躍しつづけてきた。
その安定感は、ヤクルトの精神的支柱でもある。
ベテラン投手陣が一人、また一人と引退していく中で、40代にして開幕投手を背負うカツオさんの姿を見ていると、何歳になってもエースを張り続けることのかっこよさを感じる。
今年も、無事に開幕できてよかった。
開幕投手をカツオさんに任せられてよかった。
200勝までのカウントダウンを、今年も神宮で見守っていきたい。
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待ちに待った開幕の日を、やっと迎えることができた。
毎年開幕の日には今年も野球ができる喜びを書き綴ってきたけれど、今年は開催自体がどうなるかわからなかった分だけ、その喜びもひとしおである。
開幕戦は、どのチームもエースが登板するという点で特別な一戦だ。
絶対に負けられない、点をとられてはいけないというエースのプライドがぶつかりあう戦い。
それぞれの思いを知っているからこそ、勝っても負けても複雑な思いが去来する。
今年もまた、エースたちがプライドをかけて戦う日がやってきた。
いつもとは勝手が違うことばかりだけれど、野球がある喜びはいつもと変わらずここにある。
愛するエースたちが今年も怪我なく、元気にシーズンを終えられますように。
今日やっと、私たちの2020年が始まる。
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