本当に大切なことほど、淡々とした日常に宿る。

この数年、とんと洋画を観なくなった。

代わりに観るようになったのは、邦画を含め韓国、香港、台湾などの東アジア系の作品。

それも漫画原作にありがちなキラキラしたラブコメやハッピーエンドの明るいものではなく、どちらかというと色調があわくて起伏が少ない、淡々と物語が進んでいくものばかりを選んで観るようになったと思う。

具体的に例をあげるならこんな感じ。

・海街diary

・リトル・フォレスト

(「リトル・フォレスト」に関しては以前noteも書いた

・好きだ、

・あの頃、君を追いかけた

・若葉のころ

・ロマンスブルー

・Dot 2 Dot

どの作品も、特別派手な事件が起きるわけではなく淡々と日々が続いていく。

誰にでもある日常。
その中ですれ違う気持ちや、届かないもどかしさ、心の揺れが丁寧に描かれているものばかりだ。

そして、すべてハッピーエンドではあるけれど、『幸せの掴み方』ではなく『自分にとっての幸せへの気づき』に主眼が置かれているように思う。

王子様が現れてめでたしめでたし、という外部環境の変化による幸せではなく、自分のマインドが変化する(=素直になる)ことによって幸せに気づく、といったような。

世界は自分の味方次第で幸せにも不幸せにもなるのだと思う。

昔はもっとわかりやすいドタバタがあって、奇跡的に思いが通じ合って一件落着、というような夢のある話が好きだった。

もちろん、今もそんな夢の世界を感じるのは楽しいし好きだけど、よりリアルに人の心の微妙な変化についてわかりたい、と思うようになってきたのだと思う。

私たちの感情は、大きな事件によってしか動かないものではなく、日々の生活の中でも刻々と変化し、揺れ動いている。

ドラマティックな体験なんて1年に1回も起こりっこないし、それより恋人や家族、友人との些細なやりとりの方がよっぽど重大だろう。

まわりから見たら仲良しに見えるカップルや親子も、本人たちの中では毎日小さなドラマが起きている。

その感情の動きを描きだすことで、『人はままならない生き物だ』と伝えるのが映画やドラマの役割なのかもしれない。

前述の「ロマンスブルー」という短編ドラマはちょうど最近観てかなり好みだったのだけど、最終話でこんなシーンがある。

ミヌ「つらい?……僕は怖い。幸せだけど、自分が弱気になっていくのが…怖くて仕方ない…」
ジアン「…また、…置き去りにされるのが、心配なの」
ミヌ「…僕たち…一体、どうすれば…」

人に心を開けない2人が少しずつ惹かれあっていて、でも最後の一歩を踏み出すにはお互い恐怖心の方が勝ってしまう。

それぞれがなぜ人に心を開けない孤独感の中で生きてきたのかというエピソードが大胆にカットされている分、観る側に『自分もそういう部分があるかもしれない』と自らを重ね合わせる余白がある。

このドラマは設定こそやや特殊だけれども、心理描写が細かく、白黒はっきりさせられない人と人との関係の難しさを感じる作品だと思う。

そしてその感情の揺れは、大きな事件にドタバタしたり、ロマンティックな設定で夢を見るよりも、日常の中のふとした瞬間にこそくっきりと浮かび上がる。

そんな解釈の『余白』こそが、私があげた映画・ドラマを好む理由なのかもしれない。

ただ、最近の悩みはこういう映画のジャンルが確立していないので、見つけるのに苦労するということ。
おすすめの映画があったらぜひ教えてください。

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最所あさみ
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