見出し画像

プロは、騙せるからこそ騙さない

『騙せるから、騙したらダメ。それが職人のプライドやもんね。』

主人公が満面の笑みでそう語りかけるシーンをみたとき、思わず自分に言われたようでハッとした。

どんな分野でも、ある程度経験値が溜まってくると『力の抜きどころ』がわかるようになってくる。
ここは飛ばしても影響が少ないとか、あれは80点くらいでいいやとか、締め切りとクオリティ、コスパをバランスさせながら臨機応変に対処できるようになっていく。

効率化や生産性という意味ではもちろんそうやって適宜『力を抜く』ことは必要なのだけど、それが一線を超えて『手を抜く』になっていないか、と突きつけられるようなセリフだった。

『これくらいならわからないだろう』と思って手を抜いたり、誤魔化したりしてこなかっただろうか、と。

***

冒頭のセリフは、2015年に放送されていた朝ドラ「まれ」に出てきたものだ。

パティシエである主人公のまれは、自分の作ったケーキと能登の伝統工芸品・輪島塗との共通点を『パッと見は騙せるけれど、だからこそ騙してはいけない』ことにあると語っていた。

私もドラマを見て知ったのだけど、輪島塗は何層も漆を塗り重ねて強度を保っているため、完成までに数年かかることもあるのだそう。
その工程を多少省いてもパッと見はお客様にはわからない。
しかし何層も重ねているからこそ数十年も持つ器が作れるのであって、そこで手を抜いてしまったら耐久性は確実に落ちてしまう。

ケーキも同じで、最後のコーティングさえ綺麗に仕上げてしまえばパッと見は違いがわからない。
でもちょっとでもキャラメルが焦げたり材料が溶けきっていなかったら風味が変わり、ケーキの味そのものが劣化してしまう。

『神は細部に宿る』とよく言うけれど、総合体験のレベルを上げるには構成要素ひとつひとつのクオリティを上げるしかないのだと思う。

そしてそのために必要なのが、プロとしての『プライド』なのだと。

私は昔から、プライドとは自分を律する心のことだと思っている。

だから、『プライドが高い』という言葉は自分の仕事に思い入れのある職業人であれば当たり前だし、自分自身もプライドが高い人間でありたいとも思ってきた。

プロとしてお金をもらう以上、人に価値を提供して喜んでもらえるレベルに達するのは当たり前の前提だ。

しかしどんな世界でも自分の専門分野ではないものへの評価は甘くなりがちなので、受け手に評価してもらえているからといってそこに甘えていたらゆるゆると力が落ちていく。
『このくらいなら手を抜いてもバレないだろう』の積み重ねが、ある日決定的に受け手を裏切ることになる。

何より、目の前の仕事に対して本当に真摯に懸命に向き合ったかどうかは自分自身が一番よく知っている。

誤魔化したことも手を抜いたこともなにもかも、自分に嘘をつくことはできないのだ。

逆にいえば、誤魔化さずに向き合ったことはかならず自分の自信になる。

だからこそ、プロとして自分を高め続けられる人は騙せる力を持ちながらも騙さない倫理観を持つ人なのだろう、と思った回だった。

★noteの記事にする前のネタを、Twitterでつぶやいたりしています。

ここから先は

0字

「余談的小売文化論」の内容に加え、限定のSlackコミュニティにご招待します!

消費文化総研

¥2,500 / 月 初月無料

「消費によって文化を創造し受け継いでゆくこと」を考えるコミュニティマガジンです。 有料マガジンの内容に加え、購読者限定Slackで議論を深…

余談的小売文化論

¥800 / 月 初月無料

「知性ある消費」をテーマに、現代の消費行動や理想論と現実的な問題のギャップについて考え、言語化しています。「正解」を語るのではなく、読み手…

サポートからコメントをいただくのがいちばんの励みです。いつもありがとうございます!