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胸を切った彼女なら、ペニスを切り落とした僕を愛せるはずだった 第20話


「先生達って同期なんですよね」
「うん? そうだよ」
 オペ室の看護師さんから、声を掛けられて、ちょっとした世間話。
「だったら、今度皆でご飯行きませんか?」
「なになに? 〇〇さん、こないだ結婚したばかりなのに、アイツがお気に入りなの?」
「私じゃありませんって。PACUに柏原さんって居るじゃないですか? あの子が――」

 誰だっけ、それ。
 女の子の名前、顔を見たら反射で口から出せるけれど、頭には残っていない。記号みたいにいつも感じていた。一種の学習障害な気がする。

「――ごめん。アイツ、最近彼女出来たらしいから、そういうのは断られちゃうだろうなぁ」
「え、そうなんですか! じゃあ、ちょっと遅かったですね」
 しれっと笑って話すと大抵疑われない。太造は所謂お固い先生だから、世間話をしようとする看護師さんも居ないから、俺の嘘なんてまずバレない。

 でも、そっか。
 幾らアイツが「その気が無い」と言っても、本人にその気が少しでもあるうちは、近付いてきた女に捕まるリスクが有る訳だ。なるほど。
 それは駄目。アイツが女に踏みにじられる人生を送るなんて、絶対に駄目だ。長い付き合いで、アイツの境遇を知っている俺が止めないと。

 だけど、そのために効果的なのは俺の説得じゃない。最も有効なのは、本人の自己防衛意識。女が寄ってきた時に、太造自身が跳ね除けないと意味が無い。
 つまり、俺と太造が全く同じになれば良いのか。同じ認識を持って、同じ考えで生きていく。そうなったら俺と太造は最期まで今と同じような生活を送れるかもしれない。老後のために、若いうちにしっかりと金を貯めておこう。おっさん、おじいちゃんになっても二人の生活。アイツと二人なら、ずっと心穏やかで居られるに違いない。
 
 そんな心穏やかな生活のためにも、早くアイツに気付かせないといけない。
 現実には白馬に乗った王子様が居ないのと同じで、お城で待っているお姫様なんてものも存在しない。

理想の女が居る、なんて考えは邪魔。そんな女は何処にも居やしない。


――早く諦めよう。

「うーん……」
 でも具体的にはどうすると良いだろう。そんな事を考えながら、本人を前にパンをかじる。
「またパンだけ?」
「お前こそ、またカツ丼? 重くない?」
「食べられる時に食べとくの」
 たまたま医局で昼休憩が被って、短い時間だけど太造と二人揃ってコンビニ飯に齧り付いていた。
「んで、さっきの唸り声はどうかした。俊太朗、何かあったの?」
「最近、オリーブにハマってさ。家帰ったら絶対食べるんだけど、塩分摂り過ぎだよな」
「塩分?」
「だってあれ、塩漬けだろ」
「水煮って売ってなかったっけ。一遍、死ぬ切り食べてみたら? 嫌ってほど食べたら、懲りて飽きるんじゃない」
 笑って話す太造を見ながら、ああと真顔で頷く。
「それ、アリだな」
「マジで? ちょっと待って、オリーブって一粒何カロリー? 一日に何粒くらい食べて良いんだ……?」
 直前まで笑ってふざけていた癖に、今度は太造まで真面目な顔になってスマホを触る。
「……一日十粒くらい? え、違う……五個くらい? 今の無し、ほどほどが良いと思う」
「分かってるって。まぁそのうち飽きるだろ」
「ちゃと上限摂取量は守りながらな」

 そういや、女の上限摂取量って無いもんな。
 でもそれが良い。それが一番効果的かもしれない。
 満足するまでしっかりと与えた後、本人が懲り懲りして、もう止める。
 まだ足りない、まだ何かあるかもしれないと思うから、未練が残る。延々と求め続ける。俺が今、家に帰るとオリーブをパクパクと延々に食べているみたいに。
「……ん?」
「なに」
 この作戦は使えるはず。けれども、その前提が難しい。前提として、まずは太造が食い付く女が必要になる。

 この人だって思えるほど、太造にとっての最高の女。
 その女に懲りて、太造が嫌になる。

「……まぁ探すか」
「何を? オリーブの代わり?」
「そうだな」
「高カカオチョコレートなら、今あるよ。食う?」
「またそういうのか。一個だけ」
「文句言う癖に食べるよな。はい、結構苦いから」
 太造から貰ったチョコ、苦いと言われたのに甘く感じた。



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