【エッセイ】三人のご飯計画

まだ若い頃の話である。

私には知人がいたのだが、その知人の友達で、紹介したい人がいるというので、私は、知人とその友人に会うことになった。

知人と恵比寿の駅で待ち合わせて、代官山の方に向かって歩いていくと、少し坂を上ったところに、小さなブティックがあった。知人が「この店だよ」と言って入ると、その友人である彼女が、ちょっと手持ち無沙汰な感じで店番をしていた。彼女は、このブティックでアルバイトをしている店員だったが、どことなく気だるいオーラを放ちつつも、私に向かって「あなたには、そうね、この服と靴とカバンなどがお似合いじゃないですか。」と、手際よくコーディネートしてくれた。それは、私にはちょっと背伸びしすぎなくらい小奇麗で感じよくまとまっている。そっと値札をみても、やはり背伸びしすぎている。

「とても素敵なセレクトでありがとうございます。また今度改めて、買いに来てもいいですか。」と私がお茶を濁すと、彼女は、「いつでもいいですよ、どうぞ、お好きものを見ていってくださいね。」と言って、私と離れ、知人に話しにいった。商売っ気はあまりないらしく、いい意味で熱心な店員ではなかった。

知人と彼女は久しぶりに会ったらしく、ずいぶんと店で話しこんでいた。私はその間、一通り店の品ぞろえを確かめたのだが、その後はこちらが手持ち無沙汰になってしまった。

「あら、ごめんなさい。お待たせしちゃったわね。」と彼女が言うと、知人は、「これから、時間があればご飯でも食べない?まだ話したいこともあるし。」と提案した。彼女は、「ごめんなさい、これからレコーディングがあるの。今度ゆっくり三人でご飯しましょうよ。」と時間がない様子だった。
そして、私は知人と店を出て、彼女と別れた。

知人によると、彼女はシンガーソングライターが本業で、アルバムも多く出していた。歌手に楽曲やCMソングなども提供しているのだという。万人が知るというわけではないものの、彼女は、独特のウィスパーボイスで、コアなファンを魅了していたのだった。

三人のご飯計画は、なかなか時間の調整がつかなかった。彼女はもちろんライブやレコーディング、合間にはブティックのバイトなどで、時間が自由にならず、知人も私も、それぞれに多忙を極めていた。

しばらくして、彼女から知人に電話があり、ある一日がちょうど空いていて、私も含めて、こないだのご飯計画決行しようよ、という話があった。しかし、その日は、知人の姉の結婚式の日と重なっていて、私もその結婚式に呼ばれていた。無理して調整をすれば、彼女と少しご飯を一緒にする時間もとれたかもしれないと今になっては思うのだが、また今度にしようということで流れてしまった。

彼女が、急に病気で倒れて亡くなったと知人から聞いたのは、それから間もないことだったと思う。お別れの会が、南青山のレストランを貸し切って催されることを知り、知人と私は参加することになった。ファンやミュージシャンが多く集まっていた。改めて、彼女の歌の素晴らしさや、にじみ出る人柄に惹かれていたことを知った。明るくしゃれた結婚式の二次会のようで、シャンパンやワインやビールとオードブルをお供に、彼女の音楽が会場に、心地よく鳴り響いていた。

「三人のご飯計画、こんなことなら無理してでも実行するべきだった」と知人は涙を流した。私は結局、彼女とブティックで服を選んでもらい、一言交わしただけだった。そして、彼女の数枚のアルバムは今でも私の部屋にあり、たまに聴いている。そして、知人は私の妻になった。

人生何がどのようなタイミングでおこるかわからない。この話から教訓というものは導き出せないと思うが、ただ個人的には、三人でご飯を食べてもう少し彼女と話しをしたかったと思う。

(おしまい)

#エッセイ #出会い #選択 #人生


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