怠デレ彼女は今日も「めんどくさい」 (1/3)
■あらすじ■
「めんどくさい」が口癖の女子高校生那楽恵。
「コツコツ生きる」がモットーの男子高校生古津晋也。
正反対の2人が繰り広げるゆる~と、だら~とした日常……ダラダラ系女子高校生とコツコツ系男子高校生のストレス0、気合0の脱力系ラブコメディー、ぜひご覧あれ。
■本編■
■『那楽恵は今日も「めんどくさい」』■
まずは俺の隣人、隣の席で頬杖をつき、女子なのに人目を憚らず欠伸をしている那楽恵について軽く解説しようと思う。
身長は150cmぐらいだったか。髪形は今は茶髪のボブだが、時期によって長さはよく変わる。それはコイツが色々な髪形をして楽しむオシャレ女子だからではなく、単に髪を切るのをサボっているだけである。だからロングだったこともあるし、楽だからという理由でベリーショートだったこともある。自分が男だったら間違いなく坊主を選択するとは彼女の言葉だ。
髪が茶色いのも染めているからではなく、ただ単に地毛が茶色いのである。コイツが髪を染めるなんて怠いことをやるはずがない。断言できる。
いつも伏目がちで、眠たげな顔をしている。容姿は中の上といったところか。目をパッチリ開けて、軽く化粧すれば一気にトップレベルの人気を誇りそうだが、コイツが化粧品を塗っている姿は想像できない。素材で言えば間違いなくクラスでトップだろうに、もったいない。
寒がりで、夏が終わるとすぐにワイシャツの上に黒セーターを羽織り、手が半分隠れるぐらいまで袖を伸ばしている。今はもう秋なのでセーター姿だ。
おっと、軽く説明すると言いつつ、長く語ってしまった。許してほしい。コイツは自己紹介とか嫌いなので、俺が代わりに説明しなければと張り切り過ぎた。
そうそう、一つ言い忘れていた。那楽恵を象徴する口癖がある。それは、
「めんどくさい」
ちょうど今、隣でその口癖を言った那楽だった。
---
「なにがだよ」
俺が聞くと、那楽は伏せがちな瞳をこちらに向けてきた。
「聞いてくれるか古津。実はな……」
語ろうとして口を開いた那楽だったが、なぜかすぐに口を噤んでしまった。
「どうした?」
「……説明するのがめんどくさくなってきた……」
「そんなややこしい話なのか?」
「家に弁当忘れたから食堂に行かなくちゃいけないんだけど、それがめんどくさいという話だ」
「たった一行程度で終わる説明をめんどくさがるな」
那楽は上半身を机に預け、ぐだーッとする。そして俺をその眠たげな瞳で見上げ、眉を八の字にさせる。わかりやすい『ねだり』だな……。
「仕方ない、そういうことなら俺の弁当分けてやる」
「その言葉を待っていた」
那楽は上半身を起こし、そのまま椅子の背もたれに体重を乗せ、だらんと腕を下ろした。
「どれくらい食う?」
「うーん、三口あればいいかな」
どれくらい食うか、という質問に対して三口と答えるあたり実に那楽らしい。
さすがに三口じゃ少ないと思うので、米半分とタコさんウィンナー二個、卵焼き一個を弁当の蓋に載せて那楽の机に置いた。
「箸がない」
「割り箸あるからやるよ」
俺はバッグから割り箸を出して那楽に渡す。
「準備いいな」
「万が一箸を入れ忘れた時のために、割り箸は常備している」
「相変わらず几帳面というか心配症というか」
「お前に比べたら誰だって几帳面だよ」
「む……まぁいいや。いただきます」
那楽は俺の悪口を軽く聞き流し、ウィンナーを箸で掴んで食べた。
「美味い。お前の母親料理うまいな……」
「いや、この弁当は俺のお手製だ」
「ま、まさかお前……! 朝早く起きて弁当を作っているのか……!!?」
そんなめんどくさいことを!? という心の声が聞こえてくる。
「珍しいとは思うがそこまで驚かれることでもないだろ。那楽は料理とかしないのか?」
「すると思うか?」
「いや、一応聞いてみただけだ。じゃあなにも作れないのか」
「そんなことはない。料理はできる」
「ホントか? じゃあ得意料理とかあるのか?」
「ある。一本満腹バーは得意だ」
一本満腹バーは三口ぐらいで食べれるチョコバーだ。栄養満点で、それ一本で一食分の栄養を摂れるらしい。
そう、皆さんお分かりだと思うが、この商品は袋を開けて食べるだけで調理工程などない。だから俺は那楽が言ってることが理解できなかった。
「一本満腹バーを使った料理が得意ってことか?」
「そんな料理ないだろ」
「……まさかとは思うが、アレの袋を破る作業を料理と呼んでいるのか」
那楽はコクリと頷く。
「そっか」
まさかここまでとはな……。
「いや、冗談だぞ? 真に受けるな」
「お前ならあり得るかな、って」
「さすがに私を舐めすぎだろ。チャーハンとか、インスタントラーメンとか、お茶漬けは得意料理だ」
「そのラインナップを得意料理に置くのもどうかと思うぞ……」
那楽はご飯を食べ終わると、手を合わせて「ごちそうさま」と言った。めんどくさがりだが、この辺のマナーはしっかりしている。
「なにかお返ししなくちゃな」
「別にいいって」
「よし、明日は私が弁当を作ってきてやる」
那楽が弁当を? 朝早く起きて弁当を? ありえない。
俺が鼻で笑うと、那楽は「む」と唇を尖らせた。
「……明日、覚えておけよ」
――そして翌日の昼休み。
期待せず、俺が那楽の方に視線を送ると、那楽は気まずそうな顔でそっぽ向いた。
「那楽さん、お弁当作ってくるんでしたよね?」
「……ほら」
那楽はラップに包まれたおにぎりを一個渡してきた。
「高校二年生の男子がおにぎり一個で足りるとでも?」
「申し訳ない。朝、炊飯器確認したら米がおにぎり一個分しかなかったんだ」
まぁいいか。こんなこともあろうかと弁当持ってきてるし。
とりあえずまずはこの那楽製のおにぎりを頂こう。個人的な興味がある。あの面倒くさがりの那楽がどんなおにぎりを作ってきたか。
まぁ塩むすびか、あるいは梅干し一個か。どっちかだろうな。
「へぇ」
まず驚いたのはおにぎりに海苔が巻いてあったことだ。それも結構丁寧に、店を出せるぐらいのクオリティだ。
ラップを取り、おにぎりを頂く。
「ん!」
具材はツナマヨだ。
俺の一番好きな具材だ。
俺はふと那楽の方を見る。那楽は俺と目が合うと、ゆったりと顔を背けた。
ツナマヨは結構めんどくさい具材だ。ツナ缶を開けて、マヨネーズをかけて混ぜるという作業がある。しかもこのおにぎり、ツナマヨがない場所の米にはちゃんと塩が振られている。
驚いたな。那楽なら迷いなく簡単な梅干しか塩むすびを選ぶと思っていた。
まさか那楽のやつ、俺の好みに合わせてわざわざ……?
ずーっと前に一度だけ好きなおにぎりの具を教えた気がするが、まさかそれを覚えていたのだろうか。ないとは思うが、一応聞いてみよう。
「那楽」
「ん?」
「具材、俺の好みに合わせてくれたのか?」
那楽はいつもの伏せがちの目で、頬杖をついて、俺を睨むように見る。
「そんなめんどくさいことするかバーカ」
気のせいか、那楽の頬がほんのりピンク色になってる気がする。
……まさか、照れているのか?
本当に、俺の好きな具材を選んでくれたのか? そんで図星をつかれて照れ?
まさかこれは、俗にいうツンデレというやつだろうか。
いや、まさかな。めんどくさい、怠い、が口癖のコイツが、ツンデレなんでめんどくさいことをするはずがない。
デレるなんて怠い。それが那楽恵という女だ。
■勉強会なんて「めんどくさい」■
意外かと思われるかもしれないが、那楽恵は文武両道である。
運動部にも文化部にも所属してなければ、スポーツクラブや塾にも通ってない。にもかかわらず、球技大会では獅子奮迅の活躍を見せ、定期テストでは毎度学年で三位以内に入る。
ただ得意だからといって好きではなく、球技大会を頑張ったのは周囲の女子に引っ張られて半ば無理やりだったし、定期テストを頑張ってるのは推薦をとって大学受験という至極めんどくさいイベントを回避するためだ。
「那楽、お前この前の中間テスト学年一位だったそうだな」
「そういうお前は学年七位だろ。あんまり変わらないじゃんか」
「一位と七位の差は大きいと思うぞ。なぁ、ここだけの話、なにか特別な勉強法とかやってるんじゃないのか?」
俺はコツコツと毎日予習復習を繰り返しているものの、どうしてもベストファイブの壁を突破できない。この壁を突破する術を聞きたかったのだが、
「別になにも。授業を真面目に受けているだけだ」
そういやコイツ、いつも眠たそうにしているわりに授業中寝てるところは見たことない。
「そうは言ってもテスト勉強はしてるだろ? どういう風に勉強してるか教えてくれ」
「テスト勉強なんてしてないぞ」
「へ?」
「テスト勉強したくないから授業中にすべて吸収できるよう、集中してる。学校のテストなんて授業でやった範囲しか出ないんだから、授業の内容全部覚えてれば余裕で満点取れるだろ」
コイツ、めんどくさがり屋じゃなければなにかしらのスペシャリストになれたんじゃないか? 普通に才能マンだな。
いや、むしろ究極のめんどくさがり屋だからこそ、いまのこの結果が生まれているのかもしれない。めんどくさがり屋も考えようか。
「そっか。なにか特別な勉強法知ってるなら、今度勉強会でも開いて教えてもらおうと思ったんだがな」
「……」
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その日の昼休み。
那楽はいつにもまして眠そう……というか、調子が悪そうだった。机にぷにっと頬を当て、虚ろな目をしている。
「怠い……女って怠い……」
「どうした? 体調悪そうだな」
「生理だ」
「……面倒だろうが、ちょっとはボカせ」
冗談じゃなさそうだ。ガチで顔色が悪い。
「保健室行った方がいいんじゃないか?」
「……しんどい」
ここは三階、保健室は一階だ。たしかに今の那楽の状態であそこまで行くのは辛いかもな。
かと言って俺がおぶって運ぶのは……恥ずかしいだろうし。仕方ない。
俺は席を立ち、列の一番前の席に足を運ぶ。
「吉比さん、頼みがあるんだけど」
「あ! 古津くん。なに?」
吉比さんは学級委員であり、バドミントン部のエースでもある女子。いつもキビキビ活動している。いつもダラダラしている那楽とは対照的な人物だ。
「那楽が体調悪いみたいなんだ。悪いけど、保健室まで運んでくれないか?」
「那楽さんが!? うん、わかった。任せて!」
吉比さんが那楽に肩を貸し、二人は教室を出ていった。
隣人がいないことにひとかけらの寂しさを感じながら五時間目の授業を受けた俺は、休み時間に保健室まで行った。目的はもちろん、めんどくさがりの隣人の見舞いである。
「失礼します」
「あ、いらっしゃい。どうしたの?」
保健の先生(胸元の空いた服を着た白衣の天使)が笑顔で迎えてくれた。
「那楽さんの体調が気になって」
「あ~。那楽さんなら薬飲んでベッドで横になってるわよ」
「そうですか」
「でもそっかぁ、お見舞いかぁ。残念だなぁ」
「残念、とは?」
「いやぁ、先生に会いに来たわけじゃなかったんだなぁって。最近ご無沙汰だからさ、相手してくれる子探してたんだけど……」
先生は色っぽい表情で見てくる。
保健の先生が男子をつまみ食いしているという噂、まさか本当だったとは……。
「そういうことなら……お相手しましょう」
「ごほっ! ごほっ!」
ベッドの方から那楽の咳が聞こえてきた。
「あら、風邪じゃないはずだけど……」
「すみません先生、今の話はやっぱりなしで」
「えー、残念」
俺は那楽がいるベッドのカーテンの仕切りの前に行く。
「那楽、開けていいか?」
「どうぞ」
カーテンを開ける。那楽は布団にくるまりこっちに背中を向けていた。
「どうだ調子は」
「ダメだぁ。六時間目も休まないとダメっぽいぃ……」
「……お前とは高校一年からの付き合いだ。たった一年ちょいの付き合いだが……俺にはわかる。お前、いまそんなに体調悪くないだろ」
ギクッ! と那楽の背中が震えた。
「どうせ保健室のベッドが快適過ぎて、動きたくなくなったんだろ。やめとけ。そういうのは癖になるぞ」
「だーっ! わかったよ。行けばいいんだろ行けば!」
那楽はベッドからガバッと体を起こし、そう言った。
「お大事に~」
那楽と一緒に保健室を出て、廊下を歩く。
「五時間目の数学どうだった? 結構進んだ?」
「ああ。多分、かなーり大事なとこだったな」
「うげっ、マジかよ」
「心配するな。ノートなら後で見せてやるよ」
那楽は頬を人差し指で掻くと、俺を上目遣いで見上げた。
「……数学だと、ノートで見せられても理解できないかもな。やっぱ、誰かの解説がないと」
「ん? まぁ確かに。暗記科目じゃないからな。それなら先生に頼んで――」
「数学の辺良はお喋りだからやだ。めんどくさい。お前が教えてくれ」
那楽は茶色の前髪をつまみ、目が隠れるように引っ張った。この動作は那楽が照れくさい時にするものだ(最近分かった)。
ま、学年一位が学年七位に教えを乞うのはプライドが許さんよな。それでも恥を忍んで頼んできたんだ、無下にはできない。
「それなら、今度勉強会でも開くか。俺も教えてほしいことあるしな」
「……うん。めんどいけど、仕方ないな」
■古津晋也は「めんどくさい」■
古津晋也はマメな奴だ。
身長は170cmぐらいだったか。黒髪で、髪形はオールバック。視界に髪がちらつくのが嫌いらしい。
髪形に反して容姿も内面もおとなしめ。カッコいいというより清潔って感じ。妹がいるからか面倒見が良い。
家は古着屋。家の手伝いで古着のメンテナンスとかしてるらしく、その影響か手先はかなり器用。よくクラス内外から裁縫の依頼を受けているぐらいだ。
面倒くさがりの私からすると、コツコツマメに努力や作業を重ねられるコイツは尊敬できる……たまに引く時はあるけど。
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「ありがとな古津!」
昼休みの終わり際、微睡みの中にいた私はすぐ隣から聞こえてきた声に起こされた。
腕枕に頭を押し付けながら横を見ると、古津が見知らぬ男子と話していた。違うクラスの男子だな。
「おかげで彼女に怒られずに済みそうだ!」
男子は手編みのマフラー? を広げている。
「彼女からもらったマフラー、もっと大切にしろ。あの破けよう……一体なにしたんだ?」
「いやぁ、なんかすげぇ登りやすそうな木があったからさ、マフラーしながら木登りしたんだよ。そしたら枝に引っ掛けちまってビリッと」
「高校生にもなってそんな衝動的に木登りすんな」
「あっはっは! 次からはマフラーを取って木登りするさ!」
「そもそも木登りするなと言ってるんだがな……」
「いや、ホント助かったわ。これ、材料費と報酬な!」
男子は千円札一枚と百円玉三枚置いて教室を出て行った。
「なんだよ、また例の慈善活動か」
私が聞くと、古津は財布に千円札を入れながら、
「慈善活動じゃない。ちゃんと報酬として三百円徴収しているからな」
古津はこうしてよく修理の依頼を三百円で受けている。
最近は衣類だけでなく、機械やプラモデル、フィギュアの修理まで……そのあまりの万能さから、ついたあだ名が“コツえもん”。
「さてと」
古津はバッグから貯金箱(戦車の形した透明なプラスチックのやつ)を出した。古津は貯金箱の中心にある投入口から百円玉を三枚入れた。古津は半分まで溜まった貯金箱を見て、愉快気に鼻を鳴らす。
「変な貯金箱だな」
「失礼な。俺の“コツコツ号mk-3”を馬鹿にするのは許さないぞ」
男ってのはなんでこう、マークスリーやらなんやらが好きなんだろうな。普通に三号とかでいいだろ。
「お前は貯金箱とは無縁そうだな」
「いや、昔に使ってたことはある。結構溜めた記憶」
「……お前がコツコツ金入れている絵はまったく想像できないんだが」
失礼な。私にだってマメで元気活発だった頃はある。……五歳の頃とか、その辺。
「別に金を入れる手間はまぁ、我慢できたんだけど、ウチの貯金箱壊して中身を取り出すタイプでさ。それ知った瞬間、めんどくさーと思って入れるのやめた」
金槌用意するのもめんどくさいし、それで貯金箱を壊すのもめんどくさいし、その破片を掃除するのもめんどくさい。
「ん? ちょっと待て、じゃあ貯金箱の中身は……」
「そのまま。あの貯金箱、今頃どこにあるんだろうな……」
「探せよ。貴重な財源だぞ」
「いや、いいや。探すのめんどくさい」
「期待を裏切らないやつめ」
「お前さ、貯金箱溜めてなにか目的あるのか? なにか買いたいものがあるとか」
古津は私の質問に対し、なぜか数十秒考え込み、困ったような顔で、
「ないな。この貯金する行為、自分の行動が実を結んでいる感じが悦だ」
「お前こそ期待を裏切らないやつだよ」
「しかし、そうだな。なにかしら目的があった方がより楽しいかもしれないな」
古津は「よし」と納得したように笑うと、私の目を見てきた。
「これが溜まったらお前にクレープを奢ってやる」
「クレープ……」
「ああ。甘いもの好きだっただろ?」
私は腕枕に顔を埋める。……表情を悟らせないために。
「なんだ、嫌だったか? あ! そうか。一番近いクレープ屋はここから2、3キロは先にあるショッピングモールにしかない。めんどくさいか」
「ああ。めんどくさい……けど、いい」
私は、上ずりそうな声を必死に押し殺す。
「……めんどくさいけど、付き合ってやるよ」