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豪華絢爛・仕事納め【ショートショート#36】【610字】

「仕事納めだ! 飲んで食って騒ぐぞ!」

 時は19世紀。
 西太后の満漢全席の宴を終えて、宮廷料理人たちが厨房に集まっていた。西太后は、100 種類以上の料理を一口ずつしか食べない。残飯は必ず廃棄させる。誰かが盗み食いしようものなら斬首は免れない。かつて数人の料理人が実際に処刑されたらしい。

 テーブルに並んだ豪華絢爛な料理を前にして、新人料理人のシンはビクビクしていた。

「先輩、本当に大丈夫ですか。もし、見つかったら……」

「年末は警備が手薄だ。厨房の外に見張りもいる。いいから食えって」

 シンは、燕の巣の琥珀色のスープをそっと口にする。

「う、旨い!」

 夢中で飲み干した。ところが、周りの料理人たちは笑っているだけで何も口にしていない。

「俺たちはいいから先に食っちまえって」

 先輩に促されて、シンは北京ダックにかぶりつく。

「天子様は毎日こんなご馳走を召し上がっていたのか……」

 シンは山海の珍味をつぎつぎと平らげた。

 その時、厨房の外から足音が聞こえた。とっさに、食べかけの皿を持って、物陰に隠れる。見張りがいたはずなのに……。シンは生きた心地がしなかった。

「おい、料理人ども! まさか天子様の満漢全席で酒盛りしているんじゃあなかろうな⁉」

 二人の兵士が押し入ってきた。シンは死を覚悟する。

「……何だ、誰もいない。料理もそのままだ」

「これは噂の幽霊じゃないか?」

「幽霊?」

「昔、天子様の残り物で宴をして、斬首された料理人どもの霊だよ。この時期になると、誰もいないはずの厨房で大騒ぎするって噂さ」


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