ショートショートの駅 The Station of Short Stories

5分で読める1500~2000字ほどのショートショートを投稿中。

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#8 世界の終わりをファミレスで

   ある郊外の住宅街に、ひっそりと建っている古めかしいファミリーレストラン。  築50年以上は経っているであろう外観だ。  看板にはこうある。 「カフェ&レストラン 異人亭 SINCE 1960 」  日本で最初のファミレスが1970年開業だから、それよりも10年も古い。  午前11時。そろそろお昼時だ。  先日、仕事をやめて毎日ぶらぶらしている新庄ゆりは、散歩中に偶然見かけたこのファミレスの扉を開けた。 「いらっしゃいませ。おひとりですか?」  赤い着物に

    • プラネタリウム、冷えてます。(ショートショート#24)【2000字】

       おれが仕事帰りに時々見かける奇妙なのぼり旗がある。のぼり旗といえば、「営業中」とか「ビール、冷えてます」とか書いてあって風にはためいているアレだ。  最寄り駅の繁華街の裏通りに、その変な旗はあった。 「プラネタリウム、冷えてます。」  氷山とペンギンのイラストが涼しげなデザインだが、一体どういう意味だと思う? 店の名前は「BAR PLANETARIUM(バー・プラネタリウム)」。  おれは帰り道に見かけるたびに気になって仕方がなかった。でも、酒に弱いからとか、ボッタ

      • 愛のムチ(ショートショート#23)【2200字】

        「奥さん、いいですか。私に言わせれば、今の世の中は若者に甘すぎる。引きこもりやニートは甘えです。体罰は時代遅れだと言う人もいるが、そうは思わない。体罰は暴力じゃありません。愛のムチなんです」    ***  閑静な住宅街に、典子が住む一軒家がある。5年前から部屋を出てこない息子と二人きりで暮らす典子は、今日、とある人物と会う約束をしていた。  インターホンが鳴る。モニターには真っ黒に日焼けした白髪の初老の男が映っていた。玄関のドアを開ける。輝くような白い歯を見せて、男は笑

        • 異世界転生保険(ショートショート#22)【1700字】

           余命半年と宣告されたとき、コウタは天にも昇るような高揚感に包まれていた。まるで宝くじで三億円当てたような喜びだった。もちろん、医師の前では神妙な顔をしていたのだが。  ***  それから一週間後の夜、マンションのリビングでコウタは一人、妻と娘の帰りを待っていた。  窓ガラスに映った自分の姿がカーテンの隙間からのぞく。少し疲れた表情をした中肉中背の三十代の男の顔がそこにあった。すると、 「ただいま」 「ただいま、パパ」  妻のちとせと娘のカナの声が玄関から響く。ち

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          推しに届け(ショートショート#21)【2400字】

          「あら、亜実。もう八時じゃない。紅白、観ないの?」  母がキッチンからお盆をもって現れた。  お盆には年越しそばが二つ。母と私の分だ。お出汁のいい香りが一人暮らしのせまい部屋に満ちる。コタツの上に場所をつくるため、散らばった書類を片付ける。 「もう大晦日なのに、まだ仕事?」 「うん。中三のクラスの内申書のチェック。これだけはいい加減なこと書けないし」  書類をまとめて仕事用のファイルケースにしまった。母が部屋の隅のショッピングバッグをちらっと見る。ライブ用にデコレー

          推しに届け(ショートショート#21)【2400字】

          楽園の入居希望者(ショートショート#20)【1900字】

          「お待たせ、待った?」  先輩が向かいの席に座った。  カフェテラスはガラス張りの壁から差し込む光でまぶしい。カフェといっても、普通の店ではない。群馬県に去年建てられた世界最先端の科学施設、その内部に併設された職員用のカフェである。 「全然です。ついさっき着いたばかりです」  本当は待ち合わせ時刻を三十分以上過ぎている。だが、鷹野先輩が時間にルーズなのをよく知っているので何も言わない。研究に夢中になると時間を忘れるタイプの女性なのだ。 「それで、今日だったよね。採用

          楽園の入居希望者(ショートショート#20)【1900字】

          七夕とオアシスの夜(ショートショート#19)【1900字】

           もうすぐ夜の帳が降りようという時に、キャラバンがオアシスに辿り着いた。  だが、長旅の疲れを癒す暇はない。今日は年に一度の星祭りの日だから。  天の川をはさんで遠く離れた二つの星が今日だけは会うことを許される。飲んだり食べたり歌ったりと星空の下で夜を徹して大騒ぎする。  ラクダから降りてそれぞれが宴の準備に入るなかで、ぽつん、と一人の男が佇んでいた。  一人だけ褐色ではなく、黄みがかった白い肌をしている。迷彩柄のパイロットスーツを着て。 「鳥、何をしている。自分が

          七夕とオアシスの夜(ショートショート#19)【1900字】

          #18 続・羅生門【1700字】

          【あらすじ】 仕事を失った下人は、羅生門で出会った老婆の身ぐるみを剥いで盗人になった。だが、盗人の才能がなかった下人は困ってふたたび羅生門の楼に上がっていく……。 「おい、そこの老婆。この羅生門の楼で何をやっているのか。ここは勝手に寝泊りしてよい場所ではないぞ。さっさと出ていけ」  ある日の昼下がりの事である。  羅生門の楼を見回りにきた役人を目にして、老婆は飛びあがった。 「ひっ。申し訳ありません。一晩ここで野宿させてもらっただけでございます。すぐに出ていきますゆ

          #17 ヴァンパイアと梅雨【1600字】

          「どう? 直りそうかい?」  脚立の下から、心配そうに美智子が訊いてきた。 「ええ。あと少しで補修は終わりますよ。もう雨漏りはしません」  脚立に足をかけて、屋根裏に開いた穴をチェックしながら、作業服の赤井が答えた。  赤井は懐中電灯を消して、脚立から降りる。 「野崎さんは下で待っていてください。もう少しかかりますから」 「そんなことできないわよ。梅雨の季節に急な雨漏りで困ってたところに、タイミングよく業者さんが来てくれて助かったのよ。ありがたいわ」  腰のまがっ

          #17 ヴァンパイアと梅雨【1600字】

          #16 ホイップクリームに溺れる【1400字】

           全国で一番人気のホイップクリーム工場が北海道にある。生クリームから製造されたホイップがトラック一杯に積まれて、全国のお菓子工場に出荷されるのだ。  有名な建築家がデザインしたことでもこの工場は有名である。シュークリームをイメージしたなんともおいしそうな外観だ。  ここに近所の小学校が工場見学にやってきた。  シュークリーム食べ放題のイベントが最後にあって、大人気の社会科見学だ。  いたずら好きで水泳が得意な小学四年生の相沢雄介は、この日を楽しみに朝ごはんを抜いてきた

          #16 ホイップクリームに溺れる【1400字】

          #15 人間やめます。【1600字】

           東京発徳島行きのフェリーの待合室に小牧健次はいた。  平日昼間の待合室に客は四、五人しかいない。    それでも、健次の見た目は注目を集めるには充分だった。  フリルのついた純白のドレスのスカートは、ふわりと膨らんでいる。  銀色に染めた髪には白いカチューシャ。  待合室のベンチに座って、たたんだ白い日傘を膝にのせている。  どこからどう見てもゴスロリファッションの少女である。  それだけでも周囲の視線を健次は痛いほど感じていたが、受付で自分を呼ぶ声に肝をつぶし

          #14 殺人督促状 後編【2400字】

          「なあ、どこに連れていくつもりだよ」  翔太の住む一階から最上階の十三階までエレベーターで昇ってきた。ここからは町全体が見渡せる。  前後を執行官と警官に挟まれて、翔太はマンションの廊下を歩いていく。  夜の底に街の明かりが輝いている。  後ろを振りかえると、いかつい警官が二人ぴったりついている。 (……よし、わかった。準備は済んだな……)  警官が無線でひそひそと何やら話していた。  翔太は違和感をおぼえた。 「なあ、執行官さん。警察官って三人いなかった?」

          #14 殺人督促状  前編【1400字】

          「夜のニュースです。  警視庁にAIが導入されて二年が経ちました。  犯罪予防の効果のほどは……」  コンコン、とノックの音。  やっと帰宅したばかりの翔太は、眉をひそめてスマホを掴んだ。  午後七時。通販を注文した記憶はない。  コンコン、と強めのノックの音。 「田中翔太さん? いるのはわかってますよ? 開けてください」  翔太は居留守をしようとしたが、尋常ではない気配を感じて立ち上がった。  玄関の覗き穴をのぞくと、声の主らしきスーツの男のほかに、警察

          #13 空飛ぶ家族【1400字】

           四月某日。  圭介は、家族を連れて、花見の名所として有名な公園を訪れていた。  空を仰いでも、空の青を見つけるのがむずかしいほど、桜が咲き乱れている。 「……いやぁ、やっぱり今年もすごいな。人だかり」  どこを探しても一家が座れるようなスペースはなさそうだ。 「そうね。今年は大丈夫かしら」  娘をあやしながら、妻のひとみが言った。 「ねぇねぇ。お父さん、アレもってきたぁ?」 「アレ? ああ、『折りたたみ式バルコニー』だろ」  娘の忍に、圭介が鞄から取り出し

          #12 茶碗を盗んだ男 【900字】

           東京都台東区上野の東京国立博物館で国宝を集めた展覧会が開かれた。 『天下人の茶碗 展』  世界に三碗しかない最上級の茶碗「曜変天目茶碗」。  国宝に指定されている三碗が一堂に会する展覧会である。  その一つが白昼堂々盗まれる事件が起こったのだ。  世間は大ニュースに沸いた。  ……だが、  事件が発覚してからたったの4時間で犯人は逮捕される。  容疑者は展示会場から徒歩20分の日本茶専門店で、ゆったりと抹茶を物色していたところを確保された。  犯人の天童貴

          #11 スパイの忘れ物

           メモ・備忘録といえば忘れないように書き留めておくもの。  では逆に忘れたいことをすっかり忘れられるメモがあったら?   東西冷戦のさなか、西側の諜報機関がある画期的な発明をしたという。 ***  ……地下深くに隠された部屋にて。  そこは日々、西側のスパイや政治犯がはげしい追及を受けている尋問室だった。  男が椅子に縛りつけられている。  西側のスパイの容疑者であった。  憲兵が傍でムチを手に立っている。 「ハリー。いいかげん仲間の名前と居場所を吐け」