ラブホの夜と、落書きみたいな脳内と。【冬至一念】
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どうも皆さん、Z世代落伍者代表QUILLです。前編で離脱せずここまで来てくれた方は、どうもありがとう。これを書いている今、窓の外では年末に向けて慌てふためいた東京の住人たちが見えます。だけど、僕は今ひとつ心がついていかない。取り残されたからだと思う。東京のゴミみたいな聖夜に、夢も野望も何もかも取り零してしまったからだ。食べログ評価3.08の「パーソナルスペース」という概念すら存在してないようなミチミチのイタリアンレストランで、歳上のコンサル系の仕事をやっているという女と飯を食った。一時精神修行のつもりで挑んでいたストリートナンパで出会った女だった。ファーストインプレッションはなかなかに好感触で、お互いに共通点などを見つけた僕は、連絡先を交換させてほしいと打診し、相手も了承した。数日後に僕は彼女を食事に誘い、食べログで店を(そして、ハピホテでラブホを)予約した。そして軽い電話を挟んだ後に、彼女とのディナーデートの日を迎える。ここからの展開は、察しのいい読者なら分かるだろうと思う。
基本的に僕は、自分の成功体験を記事に起こすことはない。一軒目では質問攻めをして主導権を握ろうとしたが、逆に相手に質問をされるばかりで、思い返せばこの時点で既に劣勢なのは僕だった。しかし、形勢逆転したかった僕は「もっと一緒にいたいから、二軒目に行こう」と誘って、近くにあったコンビニで缶チューハイを買った。女は「なぜ二軒目に行くと言いながらコンビニに寄る必要があるのか」と、令和時代のお持ち帰りの流れを分かってなさそうで、正直少し冷めた。モテてこなかったんだろうなと察してしまった。時間は23時前ぐらいで、缶チューハイを飲みながら歩いて、半分くらい中身が減る頃にホテルに着く算段だった。冷たい夜風も有利に働きそうだと思っていた。だけど、ここでも女は僕が駅とは反対方向に歩いていくのに疑問を唱えるのだった。どうして二軒目に行くというのに、駅と反対に歩いていくんですか、と真面目な顔で聞いてきた。もどかしかった。女は多分あんまり異性にモテてこなかったようなタイプで、二軒目に行くといいながらホテルの前まで着いてしまい、「じゃあせっかくだし中で飲もうか」の流れを知らない。それは今夜絶対に隣にいるこの女を喰いたい僕からすると、〝ウブで可愛いな〟と思う反面、鬱陶しくもあった。その相反する感情がせめぎ合っていても、当たり前のように僕は歩くしかなかった。前日、必死にGoogleマップのストリートビューで入れ込んできたホテルまでの道のりを辿った。女の不安を取り除くために、普段の3倍はボケて、時々不意打ちで容姿を褒めたり、口説いたりした。女も基本的には笑っていて、楽しそうだった。ホテルまで一分くらいの距離まで来ると、僕は女の手を取り、握った。正直ここまで来たら、持ち帰れたも同然だと思った。
だけど、「一人で行ってください」とキッパリ断られた。もし女が良からぬことを考えて、同意したふりをしながら部屋まで着いてきて、後から「あの時は抵抗できる雰囲気じゃなかった」と喚き出すゴミ週刊誌みたいな未来もあったかもしれないと考えれば、こうして断ってもらえたのは不幸中の幸いかもしれない。ただそうは言っても、やっぱり悔しかった。僕は正面から彼女に向き合って、今もなお分からない「愛」というものの欠片を拾おうとした。食べログで店を、ハピホテでラブホを予約したのも、人生で初めてだった。ホテル打診をして真っ向からフラれたのも、そして夜風がここまで冷たく感じたのも、初めてだった。
女は言った。
「あなたは私のことをほとんど知らない。私のコンサルの仕事がどんな内容なのかとか、それを知ってもらえれば今あなたと深い関係にはなれない理由が分かってもらえると思います」
僕は雲に隠された月と、ホテル街特有の匂いや音、すれ違う男女にばかり気が取られた。あまり酔っているわけでもないのに、目の前にいる女が必死になって説明してる〝交われない理由〟は全く頭に入ってこなくて、そもそもどうして一緒にこの雑踏の中に立っているのかも見失ってしまった。言葉にしなければ美しいものだってあるのに、僕が抱きたかった女の像が緩やかに溶けて、肚の底に流れていった。「もう引き止めないので帰っていいですよ」と言ったけど、まだ女は話している。「日本のインフレがどうのこうの」と言い出した時点で相槌を打つのすら億劫になって、頻りにスマホを確認したりして、「愛」に変わらなかった「勇気」がもうどうでも良くなったことを態度で示した。女はハッとしたようにやがて時間を確認して、「帰ります」と言った。
「でも、嬉しかったです。外歩いてて声掛けられることなんて、今まで無かったから。また会いたいです」
——断っといてお世辞は醒める。
「未練がましいな」と笑った僕に、「そういうんじゃないですから!」と女も笑う。僕は彼女に向けて右手を差し出し、「また会おう」と言った。ぶっちゃけもう会うことはないだろうと思っている。だけど、そうとでも言わないと後味が悪い気がした。
「さっきより冷たい」
女の独り言に、「フラれたからね」と少し目を潤ませながら返してみた。下心のない握手は、どこか試合を終えた後のような心持ちだった。昔の尖ってた自分が見れば、泥仕合だと笑うだろう。それでも、僕はこうやって生きていくことでしか日々に歓びを感じないのだから仕方がない。恥をかくことでしか、成長できないのだから仕方がない。嘘で塗り固めたロマンスが、終わろうとしていた。
「またね」
お互い同じ言葉を交わして反対方向に歩き出す。僕は今からラブホに一人で泊まり、屈辱に向き合うことになる。彼女の方は……、わからない。だけど、僕はそんな彼女に心惹かれるものがあったのかもしれない。ここから長い夜が始まる。だけど、どれだけ辛くても時間が経てば忘れる。安っぽい言葉だけれど、明けない夜はないのだ。そして、「嘘」から始まる恋はある。きっと。
一念に狂ったように一年を費やし、結構無理をしてきた。自分のプライドを時には捨てて、恥ずかしいこともやってきた。それでも、暖かな春の陽が兆すことはなく、冬が続いていた。笑うように小刻みに震える身体は、どこまでも正直だ。来年は成果を出して、いや出せなくても、挑もうとした心を認められる自分でありたい。自分を誰よりも深く抱くことができるのは、自分でしかない。
もっと大胆になれ、自分。
冬至一念【完】