【全米図書賞作家】ジャスミン・ウォード『線が血を流すところ』書評:デビュー作の魅力と衝撃。そして見出した人、天才。
ジャスミン・ウォードのデビュー作:『線が血を流すところ』の挑戦
「線が血を流すところ」はジャスミン・ウォードのデビュー作だ。正直もしこの作品を最初に読んでいたら後に発表された作品をボクは読もうとしなかっただろう。
難解だったし、取りつき難かった。
ジャスミン・ウォードの作品との出会いは「骨を引き上げろ」だ。洋書の年間選書会員になった時に送られてきた一冊に入っていた。以来チェックしている。
そして、この度ジャスミン・ウォードの原点ともいえるデビュー作の今作を読んだわけだ。
しかし、まあ~、なんと、読み辛い。w
いつ物語が展開するのだろうと我慢しながら読み進めていたが中々展開しない。この作品から後の名作が生まれる作家と見抜き、出版に導いた出版社はエライ。
実際、解説冊子によると数百の出版社から断られ続けた後見出されたわけなので波打つ大海の中から溺れる人をヘリから見つけたような偶然性と、見つけた人の眼力の素晴らしさが後の作品たちから伺える。
後の作品が全米図書賞を取ったという実績を知っている前提でこの本を読んでいるので小説として展開がなくとも随所に散りばめられた表現の素晴らしさはボクでも目が留まる。
ジャスミン・ウォードの作品世界:難解さと表現力の融合
ただ仮にボクがこの作家の表現力の素晴らしさを当時分かったところで果たして将来性まで見通せただろうか。小説の展開や、発展性を持った世界観の小説世界を築き上げる力量をボクがこの小説で見出せただろうか。
否、それは絶対に無理だ。
この小説でその未来予想図は描けない。
今は結果を知っているからどうだこうだと言えるのだ。
デビュー作でこの力量はとても素晴らしいことだ。
ただし、継続できるか、発展できるかはまた別問題。
小説の世界でも一発屋は多い。実力が一発屋に満たない人も多い。
それを見抜く力と、反対の立場として「見抜く力との出会い」は大事だ。
ジャスミン・ウォードの一貫したテーマ:差別、貧困、ドラッグ、暴力の描写
肝心な内容だが、
差別、貧困、ドラッグ、暴力、はその後の彼女の作品の一貫したテーマとなっている。今作でもそうだが、彼女が描く「一般的な貧困にある黒人層」は非常に感情であれ、行動であれ抑制している。物語の展開に至るところまで、日常生活において抑制がとても効いている。上からの抑制でなく、自発的な抑制だ。
ドラッグをしつつも抑制をしているのだ。
越えてはいけないラインというものをわきまえている。
だからと言って向上心があるというわけではない。今作品でも自分の生活にあった就活を必死にしてはいるが、だからと言って必死に勉強して今以上の生活基盤を築くんだという強い意志は感じられない。むしろ諦め感を漂わせている。これが現状なのだろうか。
いや、作家本人がそうじゃないことを示しているじゃないか…。
とはいえ、現状は「一般的な生活をしている層」は本に書かれているのが実際であろう。
黒人コミュニティの内面:自発的抑制と忍耐の描写
物語の発展的にどうしても貧困、ドラッグ、暴力が記憶に焼き付くが彼らの我慢強さにも着目しなければならないと思う。
追い詰められたどうしようもないような環境であっても我慢強く、すぐに爆発するすることなく耐え、互いに支え合う姿勢。過去の因習を戒めとして記憶し繰り返すことをすまいとある一点を越えまいとする姿勢。それらはとてもメンタル的にも忍耐を必要とするものだ。
現代の若者にできるだろうか。
最近数年雇用する若い人を見て思う。
ジャスミン・ウォードの功績:黒人社会の内面を描く新しい文学
結果的に小説の彼らは外部の強い圧力、強い環境要因によって爆発せざるを得なくなってしまうのだが、それまで彼らの自発的な努力はしっかりと見届けてあげないといけない。
なんでもかんでも「結果」という現代だが、「過程」も評価されてしかるべきなのだと思う。
ジャスミン・ウォードの功績は、差別、貧困、ドラッグ、暴力をテーマとしているが、それらが黒人社会・黒人という人種での内面でどのような作用が起きているのかをあからさまに表現したことではないだろうか。
アメリカ南部地域のサーガを形成し物語を発展させてきている点でも彼女の大きな特徴だ。世代間にまたがる問題をテーマとしている。
つまり、解決しない問題として存在する。
今後もこのサーガと共に小説を書き続けるのだろうが、是非ともボクも付いていきたい。