第61回短歌研究新人賞応募作 「youth」
velleityたとえばきみの告白は雨がやんでも聞こえない声
患者にもわざと描きあげない絵にも同じシーツをかける屋上
人間を食べた国には朝靄のオブジェクトだけそこに残った
真っ白な立て看板のあるホーム雲が広告を出したのだろう
六月にアイスクリーム掬うときスプーンに張った膜こそが嘘
更衣室の床がいちばんやさしいとなぜわかるのかは聞けずじまいに
冱つこころ死者が両手を拱いているような波うち際に立つ
すがるべきよすがもなくて眼を閉じる海はつめたいつかればもっと
Take me out somewhere nice 祈るまつ毛のしなりの強さ
かなしみというには足らぬひとときの翳りをつよく塗りつぶす空
夕立がまだ去らぬからレシートを受け取ってただまじまじと見る
夢だとはしっていながら唇を盗んでみようとさえ思えない
十代の最後の時を賭して取る免許で僕らどこまでもゆく
縁日のハロゲン灯がぼくたちにそっと許されぬ方角を示す
恋は花山椒はじめて泊まる夜網戸の中の花火はピクセル
べたついた手の感触が残ってるペットボトルにきみのすべてが
河川敷脇の階段に座りこみぼくらは過去の傷を見せあう
起こり得ぬことを信じるそのときを柳がきっと教えてくれる
あまいあめ次の空襲まで数分稲妻とまる町の全景
誰しもが疲れているからつらいねとわかりあえる気がするような夏
上等な空きばこひとつ愛はまだそこにあるのかあるべきなのか
啓蒙の町の娼婦が売りつける日付変更線を引けるペン
ラブホテル自販機にもたれ寝る数分彼女は夢で母親に会う
あたたかくかたいベッドがなぐさめる二十年間飼った孤独を
苦手でも俺の遺灰と思ったら粉薬だって飲めやしないか
真夜中の蛍光灯の杜に立つ形に意味は宿らなくても
よるべなく心墜落する新宿駅南口砕け散って火
渋滞のテールライトが尾を引いて銀河ひとつに命ひと粒
思春期は非常階段の踊り場飛び降りる前に座ってもいい
心臓が鐘になるまで生きた君わたしがずっと覚えてるから