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マリアージュ・フレールのジャスミン茶寸評


 この記事では、フランスの茶葉専門店マリアージュ・フレールが出しているジャスミン茶のうち、7種を飲み比べた結果を紹介する。

はじめに

 この2、3ヶ月、狂ったようにマリアージュ・フレールに金を落としている。マリアージュ・フレールはパリに本店を持つフランスの茶葉専門店で、日本には関東・関西の複数都市に実店舗を持っている。銀座の本店をはじめとする比較的大きな店舗では、背の高い棚の中に大量の茶葉缶が鎮座しており、その手前でスーツ姿の社員たちが商品を案内してくれる。

 社員が背後から骨壷ほどの大きな缶を次々に取り出してきて、蓋を開けて扇子で香りを嗅がせてくれるのは、ある種の美的体験である。社員はプロ意識が高く、何を聞いても大量の知識をもとに即座に答えてくれるので、私はついついたくさん聞いてしまう。東京・神戸の店舗にはティーサロンもあり、私は週に1、2回ほど銀座本店の2階で茶を淹れてもらってから、一階で店員と話し込んで茶葉を買うのが習慣となっている。

2018年春、蘇州の世界遺産・芸圃で茶を飲んだ。明代の文人が造った小さな庭園で、古ぼけた街角の奥にある。庭を眺めながら中国茶を飲むことができて、私は周りのテーブルで老人たちが麻雀なり談笑なりしているのを傍目で見ながら、彼らの豊かな暮らしぶりに瞠目した。思えばこれが茶に目覚めたきっかけだったのかもしれない。

 私はもともと茶を愛好してきた。何より自分は下戸で、酒飲みの父親が大嫌いでもあるので、飲料の楽しみといえば茶だった。コロナが流行する前、中国を旅行するたびに必ず茶館に入るくらいには茶が好きだった。コーヒーも好きなのだが、2年前に濃いものを飲みすぎたせいで胃痛になり、最終的には出先で動けなくなって救急搬送されたので控えるようになった。

2021年、ナンバーワンの買い物だった。

 しかし、茶への執念が生じている直接の理由は、美しい南京赤絵の汲出を手に入れたことにある。南京赤絵とは、明末清初、すなわち17世紀初頭の中国・景徳鎮で日本への輸出品として焼かれた磁器で、古くから文人の間で賞翫されてきた。この汲出は昨夏に京都の骨董屋で見せてもらったところ、あまりの美しさにすっかり心を奪われてしまったものである。

 後日合流した付き合いたての恋人に、便秘のごとき苦悶の表情を浮かべながらひたすらその話を聞かせたところ、ありがたいことに共同出資を提案してくれたので、どうにか手に入ったものである。蓮の池に鳥が遊ぶという図柄や、肩肘の抜けた筆致はともに雅味があり、何より新緑をそのまま写し取ったかのような気品ある色彩が大層気に入っている。

汲出のもう片面。

 しばらくは適当な茶を注いで楽しんでいたのだが、汲出の方から上等な茶を淹れろと注文を付けてきたので、私は素直に従って旨い茶を探すようになったのである。そこで白羽の矢を立てたのが以前から知っていたマリアージュ・フレールだった。最初は気になるものを適当に選んでいたが、寒くなってから本当に美味いジャスミン茶が飲みたくなり、自分にマゾヒスティックな縛りをかけてティーサロンで注文し続けた。その結果がこの記事である。

飲み比べの概要

 以下のジャスミン茶はすべてティーサロンで飲んだものである。その理由は、素人の私が淹れて飲み比べたら、同じ茶葉でも一杯ごとに味わいが変わってしまいかねないからである。しかし、ティーサロンに通ったからといって、茶の味を平等な条件で比較できているわけでは全くない。あるお茶はアイス、また別のお茶はホットにして飲んでいるし、一緒にサロンに来た人にお茶を分けてもらった場合もある。また、器の好みと同じように、お茶の好みも季節によって変わりうるから、夏になったら全く違うチョイスをしているかもしれない。飲んだ時期は2021年11月-2022年1月である。

 マリアージュ・フレールのジャスミン茶は全部で12種類あり、これまでに飲んだのは7種類である。まだ試していないのが5種類あることになるが、いずれも価格の低いものである。別に私が成金趣味を発揮しているわけではなく、茶葉100g2,000円前後のものを、わざわざティーサロンで1,000円払って飲む気にあまりならなかったというのが理由である。

順位

1位 テ・デ・マンダリン (品番 T8302/ティーサロン価格 1,320円/茶葉100g 7,992円)

 

 圧倒的に美味い。文豪に喩えるなら、泉鏡花のように俗世から連れ出してくれる存在である。銀針(インゼン)という白茶にジャスミンの香りを付けたものである。私の感覚的な理解では、白茶は緑茶の最も良い味わいだけを目の細かい網ですくい取った上等なものである。銀針は茶葉の芽なので針のような見た目をしていて、なおかつ細かい産毛がたくさん生えていて銀色に光って見えるのが、その名の由来だろうか。
 白茶には葉を使った白牡丹という種類もあるが、芽を使っている銀針の方が味わいは繊細である。マリアージュ・フレールによると、テ・デ・マンダリンを作る過程では、ジャスミンの花を摘んで銀針に加えて乾燥させてから、花だけ取り出す工程を何度か繰り返しているらしい。

 テ・デ・マンダリンの良さは、第一に圧倒的な香りの良さである。他のジャスミン茶を飲んだ時には、口に含んでから香りの良さを感じるが、この茶はティーカップを手に持ち、口を着ける寸前からすでに芳しく、懐石料理の椀物のような楽しみ方ができる。

 しかも、実際に口に含んだ時に強い芳香に酔ってしまうこともなく、最後まで淡い恋心のような心地よさが口を染める。第二に、調和の取れた上品な味わいである。ジャスミン茶の難しいところは、花の香りだけが立ってもいけず、茶の味が強くて花の香りを殺してもいけない二重の要求にある。しかし、テ・デ・マンダリンは繊細な味わいの銀針に巧みに着香しているため、茶と花の味わいが一体不可分になっており、一つの飲み物として完成されている。


2位 ジャスミン・マジック (T8314/ティーサロン価格 2,000円/茶葉100g 8,100円)


 高いなりに美味いお茶、というところだろうか。全体的に絢爛かつ堅牢な味わいで、居住まいを正した緑茶が、可憐なジャスミンを輿に担いだかのようである。文豪に喩えれば、緻密な論理に修辞の華を咲かせた文体の持ち主、三島由紀夫だろう。テ・デ・マンダリンと一緒で銀針を使ってはいるものの、こちらは白茶ではなく緑茶である。それゆえ、味わいの基軸にあるのは緑茶特有の鮮烈な甘みと苦味である。

 ジャスミンの香りは上層で軽やかに漂うばかりだが、それでいて確実に感じ続けることができる。この茶の長所は緑茶のもたらす深い余韻で、飲み干した後もしばらく口の中に居座り続ける。しかし、裏を返せば、この茶が美味いのは茶葉が美味いからであって、ジャスミンの香りはなくても構わないのである。

 その点で、茶とジャスミンとが渾然一体となっているテ・デ・マンダリンと比べると、飲み物としての完成度は劣る。私がティーサロンで積極的に飲むに値すると思ったのは、テ・デ・マンダリンとジャスミン・マジックの二つだけだった。


3位 ジャスミン・プレシュー (T8306/ティーサロン価格 1,320円/茶葉100g 6,400円)

 上等な食中茶である。青茶、ここでは烏龍茶を使ったジャスミン茶なので、我々が日頃親しんでいるジャスミン茶をかなり上等なものに仕立てた味わいである。青茶はしっかり味がするものの緑茶のように鋭いわけではないので、ジャスミンの味ときちんと調和してくれる。確かに美味いのだが、しかし、テ・デ・マンダリンのように極楽へ連れて行ってくれるわけではない。せいぜい中華を食べる時に出て来たら嬉しいくらいのものである。小綺麗ではあるが、心を打つものはない点で、永井荷風のようなものである。


4位 ジャスミン茶の真珠 (T8323/ティーサロン価格 1,650円?/茶葉100g 6,588円)

 

 貴族的なお茶である。緑茶を用いているのだが、珍しいことに茶葉の形状が丸い。その理由は熟練の職人が一つ一つ手で丸めているからである。ティーサロンではこのお茶だけがガラスのティーポットで提供されており、次第に茶葉が湯の中で開く様子を眺めることができる。最初は小さく丸かった茶葉が、次第にタツノオトシゴのような形に開いてティーポットの中を彷徨い、最後には大きく開ききって沈殿する様はたしかに見ものである。

 味わいはとにかく旨味が強いので玉露に似ており、そこにジャスミンの香りが付いているので、好きな人は好きになるだろう。一方、私はそこまで玉露が好きではないので、このお茶も干し貝柱のスープを飲んでいるような強い旨味を感じ、特段気に入らなかった。しかし、ジャスミン・プレシューとジャスミン茶の真珠は、悪しからぬジャスミン茶として数えたい。

 以下、選外のお茶を列挙する。いずれも茶の味がジャスミンの香りを阻害していて、あまり美味しいと感じなかった。特に言葉を弄する必要もないので品番だけ紹介する。ただし、自分で茶葉を買ってもう少し低い温度で抽出してみれば、以下のお茶も十分美味しくなる可能性がある。一般的に、茶葉は高い温度で抽出すると苦味や渋味が強くなり、低い温度では甘みが強くなる。

選外① ブルーム・ド・ジャスミン (T8303/ティーサロン価格 1,320円?/茶葉100g 6,696円)

 テ・デ・マンダリンのように白茶なのだが、茶葉の種類が違う。デ・デ・マンダリンは茶の芽を使った銀針だが、こちらは茶の葉を使った白牡丹なので、味わいが強く出てしまう。茶葉自体の味わいがあまりジャスミンと良い相性ではないようにも感じた。

選外② ジャスミン・インペリアル (T8300/ティーサロン価格 1,320円?/茶葉100g 5,508円)

 緑茶。茶葉の味が強すぎる。

選外③ ジャスミン・ボエム (T8316/ティーサロン価格 1,000円?/茶葉100g 3,780円)

 緑茶。特記事項なし。

所感

 ここまで色々述べてきたが、結論としてジャスミン茶は中国もしくは台湾で買うしかない気がしている。たしかにマリアージュ・フレールのジャスミン茶には上等で美味いものがあるが、いかんせん高すぎる。茶の質がそのまま価格に反映されているならよいが、恐らくはブランド代ばかりでなく、かなり輸送費が嵩んでいるものと思われる。中国から茶葉をマリアージュ・フレール本社のフランスに送り、そこから再び日本に送るのだから、バカにならない金額がかかるはずである。以前、蘇州の老舗でジャスミン茶を250g2,500円で買ったが、マリアージュフレールの大半のジャスミン茶より美味かった。


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