凡松

世界の津々浦々から美・食・旅について発信しています。現在の拠点は上海。二十代後半。ただ文人になりたい。

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最近の記事

カザフスタンの近未来都市・アスタナで馬肉を喰らう

真夏の夜のアスタナへ  八月の深夜、私はカザフスタンの首都・アスタナに到着し、我先にと入国審査へ走る屈強なカザフ人たちの後塵を拝してから、タクシーで街中に向かった。  一九九七年、カザフスタンがソ連から独立してまだ日が浅い頃、政府はウズベキスタンに近い南方のアルマトイからこの街に首都を移転させた。  都市としての確たる基盤もなかったアスタナを、新首都として一から創り上げるのに主導的な役割を果たしたのは、政府主催の国際コンペで一等を獲得した黒川紀章である。  この街に来

    • ローマ最古のリストランテ・1518年創業の"La Campana"

      美食を求めてイタリアへ   昨年の6月、私たち夫婦はモロッコ旅行のついでにイタリアへと足を運んだ。随分と贅沢に聞こえるかもしれないが、実際は移動費の節約を試みただけである。モロッコの国営航空であるロイヤル・モロッコ・エアーが運行している直行便は割高だったので、私たちはイタリアでライアン・エアーという地獄めいたLCCに乗ってモロッコに向かった。  あの頃、私たちは発展途上国に住んでいた。住み始めて間もない時、一通りの現地料理を試したものの、口に合うものは見当たらなかった。

      • 紹興旅行記ー咸亨酒店・紹興酒・蘭亭

         中国近代文学の礎を築いた魯迅の短編に「孔乙己」という有名なものがある。  話は極めて単純で、紹興に実在する咸亨酒店を舞台に、皆の笑い者にされている孔乙己という渾名の男を描いている。この男はもともと知識人だったが、科挙にかすりもしないまま歳月を経るうちに没落し、窃盗を働いて得たと思しき小銭を手に店に現れて紹興酒と粗末なつまみを頼む。しかし、最後は困窮を極めて死んだのか、店先に姿を現さなくなる。  清朝が倒れてから間もない頃に書かれたこの作品は、一人の架空の人物に対する巧み

        • 台北郊外・新北市三重のお手頃グルメ

           2024年最初の1カ月を台北で過ごした。記録的な寒波に襲われた昨年末の上海では、誰もがマスクを着用せず、なおかつ不真面目に手洗いをするのでインフルエンザが大流行しており、私は年末に2回感染してしまい、日本の年越しも散々なものとなってしまった。  そこで、比較的温暖な気候の台湾で年明けのひと月を過ごし、ついでに語学学校で中国語の会話を練習することにした。  台湾は素寒貧の食いしん坊にも手を差し伸べてくれるありがたい場所である。イタリアやモロッコで人間らしい旅行に出たのも今

          美食を求めて揚州へ−揚州炒飯、干し豆腐、翡翠焼売

           しばらくブログを更新できていなかったが、私は昨年の後半から上海に居を移している。その理由は、上海に住むことに憧れ続けてきたからという至極単純なものである。こうした軽率な動機が人生の一時期を費す決断に足るものだと理解するまでに、どれほどの時間を無駄にしたことだろうか。  私は相変わらず忙しく過ごしているものの、今はただ日の出の湖面のように清々しい気持ちで、余暇には行きたいところに行き、食べたいものを食べて、読書と美術に耽溺する生活を送っている。この文人ごっこの一端として、中

          美食を求めて揚州へ−揚州炒飯、干し豆腐、翡翠焼売

          港町・エッサウィラの絶品焼きダコと愛すべきおじさん店主–モロッコ食い倒れ紀行④

          路地の交錯する港町・エッサウィラへ  古都マラケシュを出発した我々は、高速バスで港町エッサウィラに向かった。街と街を繋ぐ幹線道路は綺麗に整備されているが、モロッコはひとたび都市を離れれば砂漠の世界で、砂の丘が見渡す限り広がっている。  時々家畜を連れた人が歩いていたり、農作物が脇毛さながら局所に密集して植わっていたりする様をぼんやり車窓から見るのは楽しかった。途中の小休憩を挟み、高速バスは二時間半ほどで目的地に到着する。  エッサウィラは地中海の香りを漂わせる街である

          港町・エッサウィラの絶品焼きダコと愛すべきおじさん店主–モロッコ食い倒れ紀行④

          クスクス・タジン・鳩肉のパイ(パスティラ)!マラケシュの名店「Al Fassia」–モロッコ食い倒れ紀行③

           マラケシュ食べ歩き紀行の締めくくりに、素晴らしいモロッコ料理のレストランを紹介したい。その名前は「Al Fassia」で、マラケシュ市内に二店舗を出している。  日本語のガイドブックには「女性の自立支援のため、店員は全て女性!」と書いてあって感心するが、このレストランはそうした社会的意義を踏まえる以前に、ただ食事が素晴らしいから足を運びたくなる場所であることに敬意を払いたい。  我々は新市街の店舗をとても気に入り、四日ほどのマラケシュ滞在中に二度足を運んだ。市井の人

          クスクス・タジン・鳩肉のパイ(パスティラ)!マラケシュの名店「Al Fassia」–モロッコ食い倒れ紀行③

          マラケシュの五つ星ホテル「ラ・マムーニア」でアフリカ唯一のピエール・エルメを食べる−モロッコ食い倒れ紀行②

          アフリカ唯一のピエール・エルメへ  モロッコ・マラケシュの旧市街には、泣く子も黙る高級ホテル「ラ・マムーニア」がある。今年で創業百周年を迎える老舗の五つ星ホテルで、高い壁に囲まれた敷地内には広大な西洋式庭園が広がっていて、都市の喧騒からは完全に隔絶されている。今回の旅行は夫婦の結婚一周年記念でもあったから、奮発して宿泊しようかとも思ったが、最低でも一泊八万円なので諦めた。  我々がこのホテルを訪れることにしたのは、宿泊できなかった負け惜しみにせめて見学だけでもしたかった

          マラケシュの五つ星ホテル「ラ・マムーニア」でアフリカ唯一のピエール・エルメを食べる−モロッコ食い倒れ紀行②

          マラケシュ・フナ広場のクスクス爺さん・14番屋台−モロッコ食い倒れ紀行①

           先月末、私は念願かなってモロッコに旅行してきた。学生の頃から行きたいと思い続けていたのだが、日本から北アフリカ行きの航空券はかなり高く、諦めるほかなかった。  しかし、最近はヨーロッパのLCCがモロッコにも就航するようになり、ひとたびヨーロッパにさえ到着できれば、往復で2〜3万円を払うだけでモロッコに行ける。  今回の旅行では、ライアンエアーというLCCを使ってイタリアからモロッコに入ることにした。訪れたのは、中世から続く文化都市マラケシュと、同じく有史以来続いている

          マラケシュ・フナ広場のクスクス爺さん・14番屋台−モロッコ食い倒れ紀行①

          梅の想い出: とらや「雪紅梅」によせて

             梅の咲く季節になった。私はとらやの「雪紅梅」という銘の棹菓子をちびちびと切っては食べている。正しくは湿粉製棹物という種類の菓子だそうで、曙光のように透き通った白餡の羊羹が紅白の村雨に挟まれており、雪解けの時期にふさわしく、ほのぼのとした美観を呈している。柔らかい白羊羹の中で、小豆の薄皮が古城の石垣のように重なっている様や、しっとりした紅白の村雨が口の中で次第にほどける食感は、とらやの代名詞である退屈な練羊羹より断然好ましい。  菓子に合わせるのは柳桜園の初釜抹茶であ

          梅の想い出: とらや「雪紅梅」によせて

          マリアージュ・フレールのジャスミン茶寸評

           この記事では、フランスの茶葉専門店マリアージュ・フレールが出しているジャスミン茶のうち、7種を飲み比べた結果を紹介する。 はじめに この2、3ヶ月、狂ったようにマリアージュ・フレールに金を落としている。マリアージュ・フレールはパリに本店を持つフランスの茶葉専門店で、日本には関東・関西の複数都市に実店舗を持っている。銀座の本店をはじめとする比較的大きな店舗では、背の高い棚の中に大量の茶葉缶が鎮座しており、その手前でスーツ姿の社員たちが商品を案内してくれる。  社員が背後か

          マリアージュ・フレールのジャスミン茶寸評

          オススメの本: 中国食いしんぼう辞典(崔岱遠著・川浩二訳) みすず書房

           北京っ子の食通編集者が中国全土の美味を綴る本書は、格調の高い文章で読者の記憶を掘り起こし、想像力さえ刺激してくれる点で、現代社会に氾濫するレストラン・レビューとは対極を成す名著である。本書の構成は、著者が特筆すべきと考える中国の料理を計83皿選び、それぞれ4ページほどのコラムに書き上げたうえで、「家で食べる」「街角で食べる」「飯店(レストラン)で食べる」の順に分類するというものである。  原著は2014年に出版されていて、みすず書房から邦訳が出たのは2019年である。私は

          オススメの本: 中国食いしんぼう辞典(崔岱遠著・川浩二訳) みすず書房

          買い物: 坂井咲子作 色絵小皿

           しばらく外出できない事情があったものの、先日お世話になっている都内の器屋さんに二ヶ月ぶりにお邪魔した。そのお店も一ヶ月ほど内装工事で休業していて、私はリニューアル後に初めて訪問したのだが、お店は従前どおり自然光に満ちた静かな空間だった。ただし、長椅子の木材が平たい板からくり抜き材に代わっていて、店長さんの細部にわたる美意識が光っていた。長椅子と一体になっている出窓はショーケースとして使われていて、季節の花の入った壺と磁器の湯呑とが飾られていた。  この店に足を運ぶようにな

          買い物: 坂井咲子作 色絵小皿