ほんのひび 10

 8月の終わり。2024年の1月から数えて、本の仕入に費やしてきた額が、30万円に達した。
 
 なんでそんなことをわざわざ書き留めておくのかと言えば、〈本屋の本を売る本屋〉を始めるときに準備した資金が、30万円だったから。
 その30万円の内訳には、備品や消耗品の購入、予備費などなども含まれているから、全額を仕入に充てるつもりで用意したわけじゃない。そもそも、普段は全く動かしていない口座に入っていたのがちょうど30万円で、その額内であれば当面の生活に支障のない範囲で取り組めるから、そのまま新しい事業に充てようと思ったのでもある。

 仕入の総額が20万円に達したのは、4月の上旬。そこからは暫く仕入を抑え目にして、8月は出張販売を控える代わりに新規の取引先を開拓することで仕入の額が普段の月の倍以上になった。それで総額30万円を超えた次第。

 ここまでで何回、30万円って書いたんだろ。
 と、耳元で誰かが呟きそう。

 〈本屋の本を売る本屋〉を始めるとき、無理をしない、というのを大前提にした。場をもたず、オンラインショップも開かず、対面の出張販売だけで本を売る、それでしっかりと利益を上げる。継続するモデルをつくることも含めて取り組まないと駄目だと思ったから、無軌道な仕入は避けてきた(そもそもの売り方は、現代においては非常識かもしれないけど)。
 そう、本屋の本を仕入れて売るとは言いつつ、〈本屋が刊行した本〉すべてを仕入れられてはいない。そこまでしたら在庫過多で早々に破綻すると分かっているからこそ、選んで仕入れているのが事実。
 この事業を始めてから、どうやって本を売るのか考えない日はないのに、実際に出張販売した日=営業した日は、まだ15回しかないんだから。時間で言えば、トータル60時間ほど。営業時間がすべてではないけれど、これだけの機会で膨大な数の本をさばけるとは思っていない。

 改めて、8か月で費やした仕入の額が30万円。
 そう考えるとずいぶんゆったりしている気もするし、一方でスイッチを入れた時期が2回ぐらいあった。「変に注文を抑えるのも、本屋としてどうなの?」という自問自答と、「いつ仕入れるの、今でしょ?」という誰かの言葉が軽く背中を突き飛ばしたから、仕入を打診するメールを複数の本屋へ立て続けに送った。
 これは出張販売を依頼するメールをつくるときも同じで、ある時期は「迷惑だろうなー」と思って躊躇する気持ちが湧いてくる。なのに別の時期には「考えててもしょうがないから、感情の赴くままに」メールの送信ボタンをクリックしていたり。
 そう思うと、毎日あれこれと本屋のことを思案しているなかに、右往左往する感情の波が存在しているんだと、ちくちく感じる。

 ただひとつだけ、嘘偽りなく書き記しておけるのは、仕入れて後悔した本は1冊もないということ。
 注文して届いた本を手に取り、中身を開くとすぐに分かる。「あ、これは良い本だ」と。その感覚は、30万円を費やした仕入の先にしか味わえなかったものだと、何度でも実感をもって訴えられる。