「探究」で変わる入試。これからの学校づくり
全国の教育関係者が探究的な学びについて語り合う場「ナレッジカフェ」。10月は「これからの進路指導を考える」がテーマです。
18歳人口の減少を背景に、大学入試の形態が多様化しています。探究的な活動で身についた能力を評価する入試も増えてきました。
入試の変化を受けた進路指導のあり方とは。高校、大学の関係者3人をゲストに迎え、それぞれの場所から見えるもの、考えていることを語りあっていただきました。
進路指導は「幸せのあり方」を一緒に考えること
まずは、海外大学への進学が増えている香里ヌヴェール学院の池田 靖章学院長の話から。
池田:探究学習をどう教育に入れていくか、模索しながら取り組んでいる最中です。総合選抜型の海外進学など、以前は1回も指導をしたことがない学校でしたが、3年が経った今、18名の海外進学者を出すようになりました。
進路指導というのは一体何だろうとずっと考えています。僕たちの幸せは何なんだろうということをしっかり考える一つの学問だな、と思っているんです。
池田:我々は盲目的に偏差値的な思考の中で進路指導をしていますが、本当に生徒の幸せを望んでやってるか、実際に自分の胸に手を当てて考えるとそこまでやれていない。
進路指導はもちろん学校の経営にも関わってきます。保護者が望むような、偏差値上位校に何とか入れることが我々の使命だと思う節もあるけれど、それは自分自身の「言い訳」です。
OECDが掲げる”Well-being”になぞらえ、進路指導でも、自分にとっての幸せとは一体何なのか、どう見つけてもらうかがすごく大事だなと思っています。
「校長」を探究する
国立大学への進学が増えている福岡女子商業高校校長の柴山翔太さんは
柴山:北海道や神戸の学校を経て福岡県の商業高校で、30歳から校長をしています。商業高校だから基本的に就職しかないと思ってる子たちが多いんですが、1ミリでも大学進学したい気持ちのある子に「一緒に頑張ってみようか」と声かけしました。
柴山:その前の年の3年生は「国公立大学なんて」と志望者もゼロだったんですが、その年の18名の3年生は「最後までやってみなくちゃわからない」というマインドでチャレンジし、実際に合格を勝ち取ってくれました。今回のテーマは「探究」ですが、僕も答えがわからない中でまさに探究学習に取り組む生徒の気持ちでいろいろなことをやらせてもらっています。この福岡女子商業高校は、社会にひらかれた学校にしていきたいと思っています。
変わる入試。「考える力、活用する力、表現する力」を試す
大学入試の状況はどのように変わってきているのでしょうか。関西学院大学高大接続センターの山田高幹さんの解説です。
山田:上の段が平成30年度、下が令和3年度最新の国立公立・私立大学別の、どの方式で入学しているかの比率です。推薦や総合型の定員は増えていませんが、実施する学校が増えてきています。なので数字で見える変化と、先生方が実感している仕事の変化はだいぶ違うのかなと感じています。
山田:ある学校では、3年生の夏休みに国立大学や公立大学の総合型選抜の指導をしないといけない件数が、平成30年あたりは2、30人ぐらいだったのが4、50人にまで増えてているなどと聞きます。先生方は結構大変です。
指定校や公募推薦を行う私立でも「年内入試」という単語が最近出てきました。一斉指導が通用しなくなってきたという話も伺っています。
探究評価型入試は高校でやってきた探究活動をそのまま評価しようという取り組みの入試です。関学でも、総合型の中で評価する方法を始めようとしています。
提出してもらうのはポスター発表や論文などの成果物ですが、それ以外にもこんなフォーマットを準備したりしています=下図。
山田:成果物の概要や期間、人数構成(グループでやったのか1人でやったのか)も書いてもらいます。あとはどんな発表会でプレゼンしたのか校内か外部かの情報も入れてもらいますし、参考文献も出してもらいます=下図。
山田:探究評価型入試では、書類選考の違いを聞きました。「思いが伝わるのが一番大事」だそうです。ネットで1時間検索して書き上がりそうなものは自分の言葉じゃないとすぐわかる。
自分ごととして書いてる子のものはやはり違うそうです。
今の大学入試が主に知識技能を問うものだとしたら、これからの大学入試は「考える力、活用する力、表現する力」に向かっていくと思います。
ただ、一般入試がゼロになる、という話ではなく、何かしら残ったまま、新しい入試が加わるという考えであるべきかと思います。
【変化に合わせた進路指導】システムから整える
柴山:うちの学校では、思い切って授業時間を全て45分にしました。朝の登校時間も9時20分にして、ゆとりを生ませました。「チャレンジタイム」と呼んで、一番興味あることに仲間と協働する時間を作りました。
「主体的に取り組むんだよ」と言うだけで生徒たちが動くとは思いませんし、授業時間内だけで生徒の幸せを支援できるとも思っていません。ならば主体性を養うために、システムから模索していくべきなのではと思ったのが背景です。能力を伸ばす時間ときっかけを作るのが僕らの仕事です。
学ぶことを「楽しい」と思ってくれている子が多いですが、それは生徒が潜在的に持っていたものを掘り起こしたからです。小学校や中学校で偏差値に縛られて、できないことが多いと思ってる子たちへ、「そんなことないよ」と「やれるよ」という言葉がけが大事だと感じています。
僕らは「何がやりたいことなのか」を考える壁打ち相手となります。社会を知り、どこに心が動くかを見極める。そして、何をすべきかを考える思考力を育むのが大切だと思います。僕は国語の教員として、自分の意見を表現するための活動を大事にしています。
そして心が動いたときに「やれるかも」と思ってもらえるかどうか。これが僕たちの最も大きな仕事かもしれません。何の職業に就きたいかではなく「何をやりたいか」。そのために、大人たちとの出会いを大切にしています。「その職業とそれって繋がってるんですか」みたいな、子どもたちの頭に「?」(ハテナ)が浮かぶような大人と出会い、そして個人的な繋がりも持ってもらう。生徒たちがプロジェクトを立ち上げたりして問題へ向かっていく姿を、僕はすごくワクワクしながら見守っています。
アドミッション研究で得る気づき
池田:「過去問(カコモン)じゃなくて、アドモン」、過去問よりも大学入試のアドミッションを研究しなさいと指導しています。
うちはAO入試の合格率が20%を超えています。そういう探究型の学校を目指すために、過去問をたくさんやるのではなくて、いかに先生たちがアドミッションポリシーを読み込んで子どもたちと会話できるかが重要度を高めている気がします。
例えば各大学のアドミッションを1人の先生が5個研究してそれぞれ紹介していく数珠繋ぎの会議をしています。「この大学はアドミッションを適当に作ってます。総合選抜で生徒を入れようという気があまりないようです」と、先生が報告してくれるようになります。先生1人で5個研究できれば10人で50個。これを毎年蓄積、更新していけば、総合選抜に本気の大学が見えてくる。そうした情報を、子どもたちにしっかりと説明していくのです。
【進路選択】「どの大学に入る」から「◯◯を学ぶには」へ
池田:少子化で、関西でいうと関関同立なども18年後「全入時代」を迎えます。これをどう捉えるか。そもそも本当に偏差値帯で輪切りできるのか。首都圏はまだ人口が増えているから、首都圏の偏差値帯レベルは維持できなくはない。でも、全入時代に何が求められ、企業の人事課はどうやって人材を選ぶのか。そこに探究というキーワードはすごく当てはまると思います。
山田:気になっているのが、入試の成績の順位と、大学でのGPAが相関してないのでは、ということです。高校で鍛えられて入ったのに、その学力が入学後の成績と相関してないのは違和感を感じます。これは複数の論文で発表されているので、単にどこかの大学だけの問題ではないと思っています。
高校生向けの進路講演会で、大学を宣伝しても生徒さんはあまりピンとこないんです。学部のアピールも、あまりピンと来ていないみたいです。「経済学と商学の違いって何か知ってる?」というテーマからなら結構聞いてくれます。「社会学って何?」という問いかけだともっと聞いてくれます。その理解があって初めて「この大学の社会学部ってどこがどうすごいの?」という話を聞けるようになるんですけど、最初の状態で大学の違いなんて全然わからないです。大学選びもですが、やはり学問を理解して大学・学部選びをするというのは大事です。
「関西学院大学に入りたい」ではなく、学部でどういう勉強がしたいのか、その学部で期待に応えるものを準備できるのか。それが、「大学全入時代」には問われてくると思います。
進路情報誌の各大学の広告記事や学部の紹介記事など、情報はたくさんあるのに、隣の大学とここの大学の社会学部の違いといった、本当に必要な情報が届いていないと感じています。
それだと学ぶモチベーションにも進路決定にも繋がらないし、大学受験で「経済学部と社会学部を併願」のような選択につながってしまいます。本当は社会学を勉強したいなら学部にこだわるはずですよね。入試制度の話と合わせて、進路指導も大事にされてきたものを失わないように、と思います。
【QA】 会場とのセッションタイム
3人の話を聞いた参加者からの質問です。
Q. 生徒はどういうことを情報として大切にされていると思いますか。
柴山:個別の生徒たちとは、校長としての発言より、僕はこう思うという話をフラットにさせてもらっています。生徒たちがやってみたいことには「やってみれば」「どんな支援が必要?」というやりとりをしています。生徒側の「こういうことやってみたい」という話に、学校がついていくのが大事かなと。
Q. うちの学校は全校体制で、特に推薦入試に関しては先生が生徒1人ずついて、指導します。先生方で情報共有する体制はどうとっているのでしょうか。
柴山:進路指導にはいろいろな学校の形があると思います。初期段階では先生1人が5、6人の生徒を担当しているスタイルがいいと思いますが、最後のチェックには「専門性」が必要だと思います。小論文も夏休みに入ってからは僕ともう2人ぐらいが中心となって進め、志望理由書のチェックを1人の専門的な先生が担う体制にしています。中心となる先生方同士のコミュニケーションが必要だと思います。
【QA】「とりあえず進学」に揺さぶりをかける
Q. うちの学校は普通科以外にも多くの学科で学べる学校ですが、他学科の生徒が連携する機会を設けられていません。進路も「とりあえず進学」「とりあえず推薦」といった、消極的な発言が多い。どうしたらよいでしょうか。
柴山:うちも商業高校ですが、工業高校と一緒にもの作りとマーケティングのコラボレーションをしています。学科を超えたコラボレーションは、専門性への意識を高めますし、自分たちが学ぶ意味や役割への視点を養える、いい機会になると思います。
先生方も自分の経験則や価値観だけで話すのではなく、専門性を高め、自分も一歩踏み出すことです。生徒が自分の進路に関して「とりあえず」と消極的に捉えてしまったとしても、世界のさまざまな状況を知るうちに変わってくるかもしれない。いろんな話で揺さぶったら、何かを気付く子が増えてくると思います。
Q. 今の教員の多くは詰め込み型の指導を続けてきました。しかし今は、探究も指導するようになりました。現場でどんな工夫をしていますか。
池田:先生方は文化祭・体育祭にしろ、これまでもコンテンツがあるのにそれをきちんと言語化してこなかった。うちは、文化祭とか体育祭とか今までにあった行事をちゃんとプロジェクトとして語れるよう、言語化する取り組みをしています。
例えば、文化祭。「祭りとは何か」から入って、みんなの思いもきちんと出し合って作り上げてきたものがある。新しく「探究です」と言われても、なかなか踏み出せないけれど、文化祭運営の経験を言語化していくと経験主義的な学びになったりする。それをみんなで共有する、その細かなステップが大事なのかなと思います。
柴山:探究という言葉に対して硬くなりすぎてる部分がある気がします。探究自体を教えるのではなく「答えのないものに向き合っていく姿勢」を大事にすることなのではと思ったり。活動に対して振り返り、こう思ったと話すことだけでも大事だと思います。
山田:以前、高校生がワクワクするような進学の話をしてほしいと言われ、「大学ではこんな研究ができるんだよ」「こんな勉強ができるって面白いでしょ?」と話しました。それでも、何かかみ合わない。思い切って高校生に聞きました。「今勉強で面白いことは?」と。
そうしたら点数が取れることとか、成績が上がることとか、うまく解けたとかという話になって、大学でする社会学・経済学の面白いという話とはかけ離れていました。ここをどう埋めていったらいいのかなと。
前職で、全教科の先生が、自分の担当教科についてどこがおもしろいのかを文章で綴るという取り組みがありました。
「モンキーハンティング」という、猿を鉄砲で狙い撃つ場合、どこをめがけて撃つべきか、という力学現象があるんですが、国語の教員はそれを取り上げて「猿の一生が終わるかもしれないと思っているときにそんな冷静な計算ができるわけない」という内容が熱く綴られていました。
それを聞いて「勉強ってそう考えるのか」と思ったという話がありました。教科に対する面白さや探究心が、そんなことからも繋げられるヒントになればと思います。