静岡県・南朝皇陵の奉斎(慰霊)はなぜ必要か!(串呂哲学研究ノート第271号)
💖このオンラインブックは、静岡県に存在する南朝皇陵の奉斎(慰霊)は、なぜ必要かについて、伊勢神宮の大神の叡智に基づく神経綸によって、用意周到、計画的に構築された神風串呂を根拠にして、分かりやすく述べた小論文です。
💫真日本国再建のため、霊戦を開始しよう!
🔴真日本国再建のため、いますぐ霊戦を開始しよう!
私は、朝夕「大祓祝詞、太祝詞(斎鏡斎穂之神勅、十言神呪、神名奉誦など)、三種祓詞」を約40分ほど掛けて奏上し、真日本国の再建を熱禱祈願しています!
🔴残念ながら、今のままでは我が国は、異民族の隷属国(保護国)に甘んじつつ、終には亡国への坂道を転げ落ちる道しか残されていないように思えてなりません(満州国がその前例です)。
🔴この亡国の危機に瀕している日本国再建の大道は、わが国の守護神であり指導神霊である伊勢神宮の大神(天照大御神)に中心帰一して、日高見国・縄文日本の民として蘇えることであると確信しています。
🔴神風串呂(カミカゼクシロ)は、地文(地名)を研究することで天地神明の存在を認識することのできる神道皇霊学で、真日本国再建のため皇祖神(天照大御神)によって構築されました。
🔴主権在民の我が日本国です!良きにつけ悪しきにつけ、現在の我が国については、われわれ国民一人一人に責任がありますし、悪政を放置した結果、痛い目に遭うのも我々一般国民です。真実に目覚め、真日本国再建の為には日々の研鑽・学習・戦いが必要です!
🔴真日本国再建のため、いますぐ霊戦を開始しよう!
著者 鈴木超世志
💫串呂哲学の理解を助ける予備知識
始めての方は、下記の記事を参照してください。
💖静岡県・南朝皇陵の奉斎(慰霊)は何故必要か
1、南北朝(日本)の争いの真相
日本の南北朝時代の争いを精神的な見地から考察すると、武家集団による武力を用いた皇統簒奪背乗り事件であり、14世紀の我が国の不文憲法であった王法違反の無法者集団による皇室財産強奪殺人事件であったと結論付けられると思います!
この結論は決して私の独断と偏見ではありません。上記の結論を分かりやすく解説したオンライン資料がありますのでご紹介します。
それは長島銀蔵著「皇統正史」の要点を解説した下記の資料です。
其の伍までありますので、順次ゆっくり御一読ください。
🟡「北朝」は滅亡していた!! 南北朝秘史-其の壹- (1997.11.15)
南北朝の争いの真相を理解するために参考になるかと思いますので、その結論部分を引用させて頂きます。
・・・引用ここから・・・
『看聞御記』の詳細は省きますが、様々な状況証拠から、栄仁親王・治仁王等、伏見宮家直系は貞成親王と黒幕・足利義満によって悉く「毒殺」されてしまいました。そして、一族全てが「断絶」した伏見宮家を貞成親王は「相続」したのです。つまり、北朝は後円融天皇の系統も、伏見宮家も、全て、足利義満によって滅ぼされたのです。そして、それ以後の「北朝」系は、足利義満の血を引く者が継承したのです。最後に下の系図を眺めてみて下さい。
上の系図の通り、室町時代とは、幕府も、朝廷(皇室)も、全て足利氏に連なる人間が牛耳っていたと言えるのです。そして、この事が、新たなる争乱の種を蒔いたのです。(*誤記を訂正した。引用者)
・・・引用ここまで・・・
北朝の天皇・皇族は、武家による室町政権を樹立するまでの、お飾りとして利用され、最終的には一族全員殺害されて皇統は断絶し滅亡していたのです。(伏見宮の親子は毒殺された)。
南北朝(日本)の争いの真相とは、南北両朝の争いであるかのように装った武家集団による武力革命であり、皇統簒奪背乗り事件であり、皇室財産強奪殺人事件であったのです。
こうした歴史を初めて聞く方には、とうてい信じられないことだろうと思いますが、これが真実の歴史なのです。
前回の「地文学への招待-大明見(第270号)」で、述べたように、南朝正統家は、吉野町吉野山、富士吉田市大明見、岡崎市牧平町などの隠棲地に避難したから今日迄、血統が続いている(身延)のです。
参考図書
原田隆之「皇位の呪縛」(叢文社、2006年、歴史小説)
(看聞日記を基に伏見宮治仁王を殺害した毒殺現場を描いた歴史小説。毒殺犯は貞成親王)
貞成親王「看聞日記」(明治書院、2002/4/1)
天皇になろうとした将軍(小学館文庫/1998年)
長島銀蔵「皇統正史」(1966年/自家出版)
熊沢寛道「南朝と足利天皇血統秘史」(1962年/三秘同心会)
吉田長蔵「新天皇論」(1952年/千代田書院)
三輪義熈「長慶天皇紀略」(1924年/博進館)
2、南朝正副二統皇位継承論
南朝は、この無法者集団である武家方に対抗する為、吉野山を根拠地とした義良親王から始まる「南朝副統家」を前衛とし、富士吉田市大明見を根拠地とした守永親王(興国天皇)から始まる「南朝正統家」を大本営とする正副二統作戦を構築していました。
南朝正統家とは、延元元年10月、比叡山に於て後醍醐天皇から皇位を継承し北陸経由で静岡県に移駐した尊良親王(天皇)-守永親王(興国天皇)の流れの皇統のことで、武家方に三種の神器を奪われるのを防ぐため、超極秘・内伝に継承した皇統のことであります。
🟡奈良県吉野町に南朝前衛を置き、富士吉田市「大明見」に南朝大本営を置いて、正副二統での延命(身延)作戦を表わす神風串呂。
🟠吉野町(南朝前衛)ー🟢身延町ー🟠大明見(南朝大本営)
大明見(南朝大本営)の壊滅後は、南朝正統の天皇は、各地を潜行して隠棲していたが、最終的に岡崎市牧平町大門の隠棲地で天の岩戸籠りをした。この事実が、下記の串呂に昭示されている。
尊良親王(実は天皇)が、後醍醐天皇から皇位を継承した経緯については、下記でご紹介しています。
*東山天皇(尊良)
*北陸朝廷
*串呂哲学入門
第4章 後醍醐天皇は誰に譲位したか!
第5章 後醍醐天皇の世嗣を昭示する串呂
前衛としての吉野の副統と富士谷の大本営に置いた正統家の両統で経営していた南朝の戦略を「南朝正副二統皇位継承」(藤原石山)と言います。
下記の南朝正副両系統譜をご覧ください。
南朝正統(内伝・極秘、富士谷→牧平町大門)
後醍醐天皇
-尊良天皇-興国天皇-小室門院¬
-宗良親王――――――小松天皇-松良天皇-大宝天皇・・・三浦芳聖
南朝副統(前衛・吉野朝)
後醍醐天皇
-義良親王――――――寛成親王-綾子皇后-大宝天皇・・・三浦芳聖
-義良親王――――――熈成親王-小倉宮(良泰親王)・・・後南朝
南朝正統の皇統は絶対極秘でしたから、歴史の表面に表れていませんが、南朝史学会の藤原石山氏は、各地に伝承された口碑や暗号とも云うべき資料を収集して、この南北朝時代の史実を、下記の著書で明らかにしています。
*「南朝正統皇位継承論」(1966年/南朝史学会)
*「三河に於ける長慶天皇伝説考」(1979年/南朝史学会)
(藤原石山氏の著書は、上記以外にもあります。)
後醍醐天皇の嫡孫家に生まれた三浦芳聖は『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』(1970年/神風串呂講究所)で「後醍醐天皇以降の皇位継承の真相」について詳述しています。この書籍は、国立国会図書館、豊川市立図書館、京都府立資料館、京都大学文学研究科図書館、九州大学附属図書館にありますので、誰でも読むことが可能です。
以上の両先哲の著書やその他の資料に基づいて、南朝の正副二統皇位継承について分かりやすく解説したのが下記の「南朝正統皇位継承論」です。
是非ご一読下さい。
3、大義名分は南朝皇霊にある!
南北朝(日本)の争いの真相は、表向きは南北両朝の争いであるかのように装った「武家集団による武力革命」であり、皇統簒奪背乗り事件であり、皇室財産強奪殺人事件であったのですから、この理不尽極まりない争いの中で追い詰められ、非業の最期を遂げた南朝正統の天皇が、慰霊の祭祀を要求するのは当然の事であります。
何故なら、武力闘争で敗れたとは言え、大義名分(正義)は南朝正統の天皇にあった訳ですから。
分かりやすいたとえ話をするなら、「もしも、ある日突然、完全武装した軍隊があなたの家を取り囲み、家に放火して、出てくるところを次々に殺害におよび、あなたは運強く、からくも逃げ延びたが避難先で生活に困窮し、空腹のまま野垂れ死にしたとしたら、あなたは許せるか!」ということなのです。
富士谷御所が足利義満に急襲され壊滅した史実は、三浦家の系図に記されてあったから判明したのです。
今日、通説とされている日本の歴史は、武力で政権を獲得した「室町王朝」が、隠蔽・破壊・偽造・捏造した偽りの歴史ですので、足利義満が富士山を見学に行ったことは判明していますが、富士谷御所を攻撃した歴史は、まだ通説とはなっていません。(「長慶天皇紀略」には出ています。)
こうした事態を予見して、皇祖神(天照大御神)が、長期間かけて構築したのが串呂であります。
🟡南朝正統家は、三浦と称していることを昭示した縦横十字の神風串呂
主要な地文「⭕印」が、ほぼ等間隔(等距離)に位置して構築されている。
🟣南朝正統の天皇・皇后の奉斎状況(享年は数え年)
尊良天皇(34歳、自刃)
🟢尊良親王御陵(京都市左京区東山)に埋葬・御首塚(宮内省管理)
🟢敦賀市の金崎宮にて奉斎(明治23年/1890年)
皇后清子・御匣殿 (西園寺公顕女)(不明、病死)
🟢尊良親王御陵(京都市左京区東山)に埋葬と伝承(三浦芳聖)
【参照】尊良天皇
興国天皇(72歳、老衰)
🟢伝正院「猿田小高陵」(愛知県岡崎市)
🟢牧平町豊富神社にて奉斎(隠祀)
中宮・藤原茂子(不明、老衰)
🟠浜松市天竜区春野町京丸(現在放置)
【参照】興国天皇
小松天皇(40歳前後、獄死)
🟢船山御陵(豊川市八幡町上宿神社)にて奉斎(隠祀)
🟠神増原御陵(現在放置)
小室門院元子媛命(54歳、不明)
🟠牧之原市大寄の妙覚塚に埋葬(現在放置)
【参照】小松天皇、小室門院元子内親王
松良天皇(54歳、暗殺)
🟢豊川市御油の御坊塚にて奉斎(現在、三浦家墓地)
綾子皇后(不明、自害)
🟢上臈塚(浜松市天竜区船明)地元住民が奉斎奉仕
【参照】松良天皇、綾子姫命
大宝天皇(88歳、老衰)
🟠牧平町小金山陵に埋葬(放置)
🟢牧平町豊富神社にて奉斎(隠祀)
三浦佐久姫(不明、老衰)
🟠牧平町小金山陵に埋葬(放置)
🟢伊久智神社及び神后庵(知多郡東浦町)にて奉斎(隠祀)
【参照】大宝天皇、三浦佐久姫
・・・・・・
🔴これまで、繰り返しお知らせして参りましたように、上記の小室門院元子媛命の御陵(妙覚塚)は、串呂主宰神・伊勢神宮の神々が構築された神風串呂で昭示された歴とした天皇陵であるということです。
🟡御陵を表わす四ヶ所の「堀之内」で昭示された妙覚塚の神風串呂
参考資料
三浦芳聖『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』(神風串呂講究所/1970年)
三浦芳聖『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版(串呂哲学研究会)
藤原丸山『南朝正統皇位継承論』(南朝史学会/1988年新版)
藤原石山『三河に於ける長慶天皇伝説考』(南朝史学会/1979年)
💖串呂は、実に神秘的に構築されている神道皇霊学であり、地図上ではありますが、視覚により実際に認識できる明確な世界であることが特徴です。
💝信念や想像の世界ではないと言う事です。
串呂(かんろ)とは
串呂(かんろ)とは、元伊勢伝承で皇祖神が各地を行脚しながら構築した「元伊勢クシロ」の事です。
元伊勢クシロは、皇城守護の結界のことだと言われていますが、その結界とは、神風串呂(カミカゼクシロ)のことだったのです。串呂は、極秘で構築されて来たので、そのように言われてきたのです。
神風クシロ(串呂)は、地文(地名)を研究することで天地神明の存在を認識することのできる神道皇霊学で、神国日本再建のために皇祖神によって構築されました。
地名(地文)に秘められた天地神明の啓示を解明する学問が神風串呂(串呂哲学)です。
神風串呂(カミカゼクシロ)を学ぶことによって、日本が神国である事実を認識し、皇祖神からの神妙なる息吹を体感体得することができるでしょう!
串呂主宰神(伊勢神宮の大神)が、長期間掛け苦心惨憺の末に構築された神風串呂に学び、天照大御神の御霊代である神宝(御鏡)を、富士山麓に奉遷して同床共殿にお祭りすれば、いま危機に瀕している「日本国」を救済する道を切り開き、天佑神助により日本民族本来の力を発揮出来ると確信しています。
神風串呂(カミカゼクシロ)を無視もしくは敬遠していると、群雄割拠の戦国時代(120年以上)に無辜の民が味わった塗炭の苦しみを、国際的な規模で再体験することになるのではないかと心配しています。
串呂哲学研究ノートバックナンバー(総合)
情報拡散のお願い
この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖が解明した神風串呂の紹介記事です。
三浦芳聖が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。
串呂主宰神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の天皇を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!
2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。
神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。
神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!
一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。
神風串呂を主宰しておられる神様は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。
(出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。)
🟡前号(№270)
地文学への招待-大明見
🟢次号(№272)
地文学への招待-三野瀬の三浦
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🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
串呂哲学研究会 鈴木超世志
ブ ロ グ 串呂哲学研究会
メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
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