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死より甘美なものを冷血動物は知った
<ショートムービー1.2/478字フィクション>
毎日、死んだ昆虫を食べている。トカゲは、うんざりしていた。
飛んでいたり、草の根にひそんで生きている昆虫が食べたい。
鑑賞ケースから出て、自由になろうと思った。
トカゲはガラスのケースから脱走した。外の空気に触れた。
シルクのハンカチのように、肌に心地いい。これが、自由の味だ。
空や草の根にいる食事よりも、まずは、ゆっくり堪能するぞと思った。
フロリダの強烈な陽射しが、まぶしかった。冷血動物の肌をジリジリ焼いた。
温度管理のミスで、低体温症で死ぬトカゲが多いが、今はそんな心配もいらない。
でも、ちょっと熱すぎる。4足をゆっくり動かしながらプールに近づき、静かに潜った。身体をくねらせて、プールサイドまで泳いだ。
プールサイドの大理石に腹をすりつけ、土の匂いがする昆虫の方向に、
ゆっくり向かった。トカゲには、カラヤンの指揮するベートーベンの
「歓喜の歌」が聴こえていた。
そのとき、女の靴がトカゲの背骨をくだいた。
女の悲鳴を聞く前に、トカゲは絶命した。
トカゲの幸せは数分だった。でも、この自由の空気を吸うことに
歓喜した小動物がいたことは、フロリダの夏の日が覚えている。
※タイトル画像は、ヘルムート・ニュートン撮影
プールに静かに飛び込んだ
気持ちよさそうに身体をくねらせて泳いで、排水溝に消えた
#創作大賞2023