We can go anywhere, I can go anywhere
年の瀬ということで毎年恒例の壮大な感想文を書く齋藤です。事業を総括するような役割ではないのですが、個人的には大きく壁にぶつかっていた一年だったなと感じています。しかし、上手くいかなかったことで今までの考えや動きの良かった部分を再認識することが出来た一年でもありました。毎年恒例ですが、アドベントカレンダーの締めくくりに一筆書き残しておこうと思います。(今年の記事はみんなかなりいいこと書いているのでぜひ読んでほしいです。)
テーマは、「Anywhereのどこがユニークなのか改めて振り返ってみる」としましょう(Anywhereというのは、Goodpatch の中のフルリモートチームとして2018年に立ち上がったクライアントワークのデザイン事業です)
AnywhereはもろんずっとAnywhereを志向していますので、どこにでも当たり前に存在する状況を目指しています(ユビキタスかな)。全国どこにでも、どの産業や企業にもAnywhereが存在するのが理想です(ウイルスのような感染力で)。そのために、どこまでも広がり続けるスケーラビリティが最重要の要素となります。
もちろん広がり続けるだけで品質をおろそかにしたいわけではありません、質は量から生まれるし、イノベーションも確率で発生するものであるため、母数を異次元に大きくすることこそが品質を向上させ、イノベーションを起こし、社会にインパクトを与えるための戦略だと考えています。頻度の問題に精神や根性で立ち向かうのは知性の敗北なので、「良いものをつくろう」にも明確な戦略が必要です。規模と効率を追求した「ただの工場化」は全く目指すべき世界ではありません。コモディティ化する世界に効率改善で立ち向かうのはあまり楽しい未来ではないと思うのです。
Anywhereがスケーラブルであるために、主に3つの領域に特徴がありますので改めてご紹介します。AnywhereがAnywhereたる理由、「フリーランスを集めてプロジェクトをマッチングさせるだけのプラットフォーム」ではなく「フリーランスをたくさん集めてディレクターが案件を回しまくるプラットフォーム」でもないのはこれらの特徴がちゃんとあるからです。ここまでやると流石に参入障壁結構高いんです。もちろんすべてが理想的に回っているわけではないのですが、まあそういうものだと思ってお読みくださいませ。
スケーラブルな採用戦略
まずはAnywhereの第一の特徴。採用についてです。デザイナーの採用が非常に難しいというのは全世界共通なのではないかというくらい、人材不足な状況です。この状況下でも仲間を増やし続けることは、それだけで大きな意味を持ちます。ではどうやって人を集めるのかというと、「質」を重んじる業界としてはあるまじき、入り口を緩めまくる戦略を敷いています。
そもそもVUCAと言われる非常に不確実性の高い世界において、自社にとっての最強の人材要件を定義するという矛盾があること(そもそも弊社はクライアントワークの事業ですし…)、UIやUX系の分野において明確なスキル標準や教育システムがまだ存在していないこと、さらに現代のデザインにおいては複雑に絡み合う多くの領域の専門家が必須(UI、UX、IA、PM、EN、AD…以外にも、ライター、カメラマン、イラストレーター、アニメーター、ビジネス、特定業種の専門家など、無限です)であることなど、10や20の採用条件で収まるはずもなく、必然的に「いかにして多様な人材を集めるのか」という課題にぶつかります。
メガベンチャーやユニコーンと言われる規模ならまだしも、一介の制作会社がそのような多様で優秀な人材を正社員で雇用することはコスト面だけ見たとしても不可能と言っても良いでしょう。どうやってリーチするかの問題や、稼働率をどう上げるのか、待遇交渉、入社後のキャリア、離職防止など考え始めるとその難易度が推し量れると思います。(そもそもデザイナー組織の運営がうまく言っている企業すら稀なのに…!)
Anywhereではいわゆる正社員採用、東京オフィスへの物理出社を強いる採用をしないという選択でこの課題に向き合っています。場所はどこからでも良い、ハーフコミットでも良い、パートタイムでもいいから皆様の空き時間をお貸しください…!というスタンスです。それでどうやって品質担保するの?本当に大丈夫なの?という点については、また5万字くらいかけそうなテーマなので省略しますが、クライアントからのプロジェクトの継続依頼率が高いことなどから、満足度が低いということはないと考えられます。
しかし、業務委託でのいわゆるフリーランスの契約は一部例外を除いて行っていません。Anywhereでは、有期間・時間給の雇用契約を締結しており、法的に社員に対応すべき事項を遵守しています。勤怠を管理して、残業代休日手当も支払われますし、7連勤の禁止、健康診断、稼働量に応じて健康保険・雇用保険などへの加入などなど、多大な努力をしています。一見非効率に見えるかもしれませんが、クライアント情報のセキュリティの担保や下請法に抵触しない(偽装請負)ことなどを考えると、業務委託契約で規模を拡大することは現実的ではないのではと考えています。
労務法務担当者との超密接な連携なしにはこのような試行錯誤や、その後の運営業務は成し遂げられなかったと思います。問題があれば法務担当のデスクに張り付いて、一緒にホワイトボードで議論しながら検討を重ねていきました(こんな活動についてきてくれる法務担当いないぞ…と思いながら)。そして、そのフローを丁寧に改善し続けてくれているバックオフィスチームのおかげで、Anywhereのジョインオンボーディングはメンバーから「こんなにちゃんとしてると思ってなかった」「すごいちゃんとしてる」と言われるようなものに成長しています。
採用の間口を広げられたのであれば、後は採用オペレーションを効率化していくだけです。現状425人以上のメンバーがジョインしており、年間100人のデザイン人材を採用し続けていますが、採用専属のメンバーが副業で業務をまわして、マネージャーを中心に面談を行う(ほぼ一人1回で確定)形でのこの採用成果なので、採用に関するROIは圧倒的だと思います。
スケーラブルな環境構築
次にAnywhereメンバーの仕事環境をどのように整えるのかという課題があります。Anywhereのプロジェクトが成立すると、参加メンバーに対して安心して快適に仕事のできる環境を迅速に準備することが必要になります。プロジェクトは突然発生しますし、そのたびに新しく参加するメンバーもいます。インサイダー情報も多く含まれる弊社のプロジェクトには、「ちょっとだから適当に自分のMacでやってよ」ということは許されません。当初はセキュリティを担保するために弊社が持っていた既存の入社フローをそのまま適用していましたが、スピードやコストの面ですぐに限界が来ることは明白でした。
既存のフローでは、会社として保有しているMacに環境設定を行い、メンバーに送付していたのですが。このやり方だと、Macの購入・環境設定・配送にかかるコストが一人あたり4−50万円程度かかることになります。フルコミット正社員ではないうえに、一日1時間等の薄いアサインもしたかったのでなおさらコストパフォーマンスは重要な課題でした。また、プロジェクトの開始までのスピードはクライアントワークビジネスにとって死活問題です。なるべく早くフルスピードで走れる状況を作らねば、顧客の要望に答えられません。Anywhereの最初のプロジェクトで、渋谷オフィスで受け取ったMac4枚をリュックに詰め込み、帯広空港でメンバーに配った経験で、こりゃ無理だぞ!と痛感しました。
しかも、苦労して準備したって、どんどん増えるメンバーに対応するために、常にフルスペックのMacを用意することは出来ず、結果的に型落ちでパフォーマンスも悪く、キーボードや画面サイズも要望通りにはならなかったり…というのが現実でした。M1もない時代に、完全にオンラインでプロジェクトを行うために、ZoomとFigmaやMiroを併用してフル活用するという、過酷な状況を強いている割には、十分な環境提供が出来ていなかったのです。なんならメンバーが自分で持ってる良いMacが横にあるのに!です。フリーランスで活躍する人は作業環境へちゃんと投資しているんです。
この状況を解決するために、弊社情シス担当の遠藤と協力して、Jamfさんのソリューションを用いてBYODを導入しました。メンバー自身で持っているMac上にAnywhere用の安全な作業環境を構築することが出来、使い慣れた環境で作業できるようになりました。コストや準備時間も劇的!圧倒的に圧縮され、頑張れば一週間程度で、適正な承認フローを通した上でプロジェクトを開始することが出来ます。前述のメンバージョインフロート合わせて、バックオフィス領域は紛れもなくAnywhereの事業の要です。バックオフィスチーム本当にいつもありがとう…!
Jamfの活用に関してはJamf河野さんのご尽力により、サンディエゴで行われたJNUCにて講演で喋らせてもらうという栄誉にあずかりました。遠藤と一緒に(英語で!)登壇してきました。世界的に見てもここまでBYODがビジネス成長に直接貢献できている!と言える事例はなかなかレアらしく、このように事業を作る人と情シス担当者が同じステージで話すことには一定の価値があったのかなと思っています。様々な意味で世界レベルを見せつけられ、打ちのめされるくらいの衝撃を受けて帰ってきましたが、非常に良い経験が出来ました。
個人的には、今後はこの情シス領域にこそ企業競争力の源泉があるように思えてなりません。日本では「情シス」と軽く扱われがちな領域ですが、テクノロジーを最大限に活かして事業を成長させるためには不可欠と言えます。スタートアップ4人目のメンバーは有能な情シスにすべきだとすら思えているくらいです(3人目までは何だったっけな)。
紹介したいネタは色々あるのですが、あと一つだけ。「フルリモートのフルクラウドデザイン環境」であるということが、BYODには完全にフィットしました。FigmaやGoogleの環境にアクセスできれば、ローカルファイルがほぼ存在せず、基本的には各種サービスへのセキュアなログイン管理に注力することができます。ここに例外条件があればあるほど、全体の足かせになっていきます。僕たちはBYOD導入時点で「フルリモートのフルクラウドデザイン」が可能だという確信を持てていたので、様々な要因を割り切って、世界的にも先進的な環境を作ることが出来たのです。
スケーラブルなデザインプロジェクト運営
プロジェクト数が増えても、一つ一つの運営にマネジメントコストがかかりすぎていると、スケーラブルな成長はできません。普通に考えれば、プロジェクト数が増えれば1プロジェクトをケアできる時間が減少し、炎上率が向上してしまいます。このあたりは他のメンバーの記事に要素は散りばめられていると思うので、サラッと行きましょう。
「参加するメンバーがクライアント含めて心理的安全性が担保されている状態を目指し、ブラックボックスを無くし、コミュニケーション頻度を上げる」これが実現できてさえいればなんとかなっていくのですが、ここにAnywhereのプロジェクト運営の経験(とみんなの血と汗と涙が)が詰め込まれています。実際、弊社に依頼の来るプロジェクトを、採用基準も異常に広く、初めてましてのメンバーも多いAnywhereで、普通に遂行できていることは事実です。Anywhereの強みは、抱える人材の多様性もだが、人材の活用能力が異常に高い環境を構築できるということだと考えています。
あとは、プロジェクトを俯瞰したときに、個人の能力や成果や責任にフォーカスするのではなく、どうしてその環境が出来たのかや、メンバーのどういった特性がそれを作ったのか、相性の良いメンバーの組み合わせはあるのか、それはどういうメンバーに対して同様の効果を生むのかなどに目を向けた分析の重要性を感じています。Anywhereでは個人評価の概念はなく、純粋な時給交渉だけで成立出来ている状況です。それでも、長く働きたいと言ってもらえたり、成長実感があると言ってもらえているので、評価グリッドに囚われすぎるのも考えものだなと思う昨今です。
もう少し自慢要素を入れておくと、コロナ以前の世界において、Anywhere設立当初はそもそも「フルリモートで事業ど真ん中のデザインを行う」事自体がフロンティアでした。信頼できるメンバーと、信頼できるクライアントとともに、リモートデザイン領域を開拓できていたのが、すべての土台になっています。オンラインでもデザインできる、その仲間を集められる、だからスケールできる、この状況は決して当たり前ではなかったのです。
そろそろまとめましょう
あえて誇張してまとめていくと、圧倒的な採用数を確保し、超低コストかつ高速にプロジェクト推進が可能な状態にし、プロジェクトの運用コストを極限まで下げ、プロジェクト数を可能な限り増やし、パフォーマンスを発揮するメンバーの組み合わせ数を増やし、量が品質を引き上げ、イノベーションの発生確率を向上させていくというのがAnywhereが実現したい基本戦略です。実際はもっと細かい指標や、営業方面のKPI構造もあるのですが、中心にあるのはこういうことだと思います。
奇跡的なことに、継続的に素晴らしいメンバーに恵まれ、全体のレジリエンスにつながっているところは非常に誇らしいです。何より、楽しそうに働いているメンバーが多く、かつ先日実施したアンケートで「Anywhereのプロジェクトは成長できる」と回答したメンバーの多さに嬉しくなりました。困難な状況で始まるプロジェクトも多い中、逆境をはねのけているのは何よりもメンバーひとりひとりの普段の頑張りなのだと確信が持てました。ともすれば「強いフリーランスメンバーにプロジェクト投げるだけなんて楽なビジネスですね」と言われてしまう我々ですが、これからは自信を持って「仕事をなめるな!」と言える、そう思えるのです。
Anywhereで学んできたこと
上記の戦略やコロナの到来を事前に予期していたのかと言われればそれは完全にNOで、みんなでやってきた無数の試行錯誤の中から、確かなものをつかみ取りながら、みんなで前に進んできた結果、道らしきものが出来上がっていたというだけのことです(powerd by高村光太郎)。重要なのは試行錯誤の回数と速さであるとつくづく思います。
CAMPFIREでもAnywhereでも活躍する大橋氏もかく語っていました。絡み合う複雑な問題にどう立ち向かうか、ただの分解思考ではたどり着かない地点を求めるために、デザイナーと名乗っていきたいと思っています。
一つ一つ詳しく説明する気はないので、ここからは読み飛ばしてもらっても良いですが、個人的にAnywhereを運営する中で確証が得られた項目にはこのようなものがあります。セオリーやベンチャー界の正義から乖離することが増えてきて楽しくなってきたと感じます。
目指すのは、多くの人が関わるようになるからこそ実現できる、安定性と抱えられる人材の豊かさ。少数精鋭で楽しくやろう、規模と効率化を追求して工場を作ろう、というのだけでは絶対にたどり着けない、豊かな未来を確定させたい。そのために、anyのみんなたち、もうちょっとだけ力を貸してください。
最後に
12月からは、個人的にも新しい活動を始めました。新潟県にて参与職(デザイン経営担当)に辞令をいただき、地方自治体におけるデザイン経営を推進するミッションを負いました。その他にも、個人としての活動を増やしていきます。Goodpatchでの名目上の仕事量と給与を半分にしましたが、全てはGoodpatchやサービスデザイン産業の発展のためだと考えて動いていきます。主にオンライン、時々新潟や京都、福岡あたりが活動拠点になると思います。フルタイム正社員の安寧をちょっと捨てて、僕も今までよりちょっとAnywhereになっていきます。
会社の枠に縛られずに「個人的推論に則った探索活動(w)」を行う人格を持たねば、視野が狭すぎてどうしようもなく、Go Beyondせざるを得なかったのです。とりわけ、他社やローカルとの関係性を深めるときに、企業人格だけでコミュニケーションしていては企業のエゴが消しきれずに、深い関係になれないという障害を切々と感じていました。すでにAnywhereの活動を通じて多くの方とつながることが出来ていますが、もっともっと、UI/UXデザインの領域を超えて、国、自治体、他業種の企業、同業他社、すべての可能性を探っていきたいと考えています。UI/UXが狭いというのではなく、「UXを重視したサービス・ソフトウェアデザイン」はどこでも応用の効くコア概念だと考えているので、むしろその重要性を強く感じているところです。すべての可能性をオープンに。
本質的にはやってることは変わらないですし、繰り返しますが今までよりちょっとAnywhereになっただけです。ご相談、お誘い、ご紹介もろもろ歓迎ですのでご連絡くださいませ。忖度なく、僕の考える最善をお伝えすることをお約束します。(そもそも今の収入をキープできるのかもわからないので不安でしょうがない、みんな助けて!!)
個人の思い出コーナー
以下、全く読む必要はないですが、個人的な今年のハイライト。今年は何やってたの?って聞かれても記憶力皆無すぎて上手く答えられないんですが、色々やりすぎてわからない状態だけは維持しようと思います。基本的には常時悲観でネガティブマンなのですが、なんか振り返ってたら意外と楽しそうな一年だった気がしてきました。来年もよろしくお願いします!
でも今年一番のニュースはどう考えてもこれなのよ…。
お粗末さまでした。