【箱森裕美→短歌】安福望『食器と食パンとペン』について
日々の生活に流されてあまり行くことはできないし、なぜか体の節々が痛くなってしまうからコーヒーは飲めないのだけれど、何軒か好きなカフェがある。
共通しているのは、ゆっくりのんびりできること。お店の人はやたらに話しかけたりはしてこないけど、こちらが話しかけたらやさしく接してくれる。
ほかのお客さんも自分の時間を楽しんでいて、いい感じの静けさが流れている。
わたしがカフェを開くとしたら、おいしい飲み物とおやつ、ちょっとした食事も用意する。座りごこちのいい椅子を置いて、長居できるような空間にしたい。
音楽は流さず、大きめな本棚にさりげなく詩歌の本を紛れさせたい。ふらっと来た人が読んでくれればいいなと思う。
そしてもし、それで詩歌に興味を持ってくれればうれしい。
本棚に絶対置いておきたいのがこの本、『食器と食パンとペン』。
イラストレーターの安福望さんが自分の好きな短歌をピックアップして、イラストを添えた本だ。
福永信氏の小説『コップとコッペパンとペン』の面白さを取り入れたというタイトルが、またいい。読み上げると、段階的に動く唇が気持ちいい。
取り上げられている短歌もどれもすてきで、安福さんのイラストもかわいい。
短歌に触れたことのない人にもとっつきやすく、そして短歌に興味を持つだろうと思う。
本を開いてすぐの見返しがもうかわいい。この柄の布が欲しいな。
中から特に心惹かれた数首を引きたいと思う。
枯れたからもう捨てたけど魔王つて名前をつけてゐた花だつた 藪内亮輔
その人にとって初めて育てたお花だったのだろうと思う。
家の中にある一つだけの花は特別で、名前もつけるし、水も肥料もたくさんあげる。
もしかしたら手をかけすぎて、甘やかされすぎて、魔王は弱ってしまったのかもしれない。
静やかにスノードームが飾られた空を研究する人の部屋 廣野翔一
空を研究する人の部屋なのか!
一読、スノードームが空にある部屋に住んでいる人だと思っていた。
言葉が響き合い、この世ならざる光景をつくり出している。
この歌の安福さんのイラストが特に好きだ。カラフルで、そしてとても静か。
ハムレタスサンドは床に落ちパンとレタスとハムとパンに分かれた 岡野大嗣
当然のことを言っているのだけれど、驚いてしまう。
ハムレタスサンドがパンとレタスとハムとパンでできているように、すべてのものは何かと何かの組み合わせなのだ。もちろんわたしたちも。
しあわせにしてますように でも少しわたしが足りていませんように 月夜野みかん
いじらしくて優しい歌だなあ。それでもしあわせにしてますようにと願えるんだな。
散髪の帰りの道で会う風が風のなかではいちばん好きだ 岡野大嗣
人生のうち、わずかな期間以外はずっとショートのため、この風の気持ちよさはとても分かる。耳から首にかけて吹く風が特に気持ち良くて好き。
自転車に乗っているときのビル風は激しすぎてきらいだ。
よくみれば体育座りは複雑に折り畳まれたこころのようだ 柳本々々
義務教育を卒業してからは、体育座りをめったにしなくなったとあらためて思う。
体育座りは防御のかたちだ。折った足を両腕で抱くようにするとき、おのれの心も抱いているのかもしれない。
夜は来る(地球四十六億年ぶんの)不安を引き連れてきて 二玉号
寝た者から順に明日を配るから各自わくわくしておくように 佐伯紺
対称的な二首。
夜、イコール眠るという行為を不安そのものと捉えている前者と、次の日への希望と捉えている後者と。
どちらの気持ちも分かる。
『食器と食パンとペン』は、読むだけできもちがゆっくり静まる。
カフェそのもののような、そんな本だと思う。
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