【読書まとめ】誤解だらけのアセットアロケーション
中々刺激的なタイトルの本を読みました。内容は結構充実しており、資産運用のプロだけでなく資産形成に勤しむ一般人の方にも(難しいかもしれませんが)是非とも読んでほしい本かと思ったので、こちらのノートで挙げられている5つの誤解について簡単にご紹介します。ちなみに著者の一人のマーク・クリッツマンはかなりの大物です。
誤解①:パフォーマンスの90%超はアセットアロケーションによって決まる
実務家がポートフォリオを組む際に、最初に大きな資産クラスの投資配分を決めてから(例えば株式に60%、債券に40%など)、各資産クラス内でどのような銘柄に投資するかを決めます。このとき、最初の資産配分の段階でパフォーマンスの大方は決まってしまっているということが過去の研究(Brinson et al. 1986)で実証されていますが、これは誤解であると著者らは主張しているそうです。
このことを説明するために、著者らは資産クラス間のリターン特性は全く一緒で中身の銘柄のパフォーマンスが異なるようなケースを想像上の例として挙げて、銘柄選択が100%リターンに影響するような世界を考え、そのような世界でも、先行研究の手法を適用するとアセットアロケーションによってリターンの大半が説明できるといったミスリードを導いてしまうことを指摘しています。
誤解②:時間はリスクを分散させる
投資ホライズンが長ければ時間分散ができるので、多少リスクの大きい資産に投資をしても問題はないという通説がありますが、これも誤りであると著者らは述べています。
このことの経済学的根拠としては、確かに時間分散をさせることで最終時点での損失確率は減らすことはできるのですが、その損失額は短期のものよりも大きいので結局相殺されてしまうことが挙げられます。他にもかの有名なサミュエルソンが行った期待効用での議論においても、各期のリターンが独立同分布に従うランダムウォークかつ、相対リスク回避度一定の効用関数を仮定した場合だと期待効用はどの時点においても一定なので、無差別的であるという主張も挙げられています。
ただし、ライフサイクル投資理論的に考えて若い投資家は人的資本を多く含むので、多少リスクをとってもいいという理屈については問題ないとのことでした。
誤解③:最適化によるポートフォリオは入力値の誤差に対して極めて高い感度を持つ
マーコヴィッツの平均分散モデルなどのポートフォリオ最適化問題を解くためには期待リターンや分散共分散を推定する必要があります。この推定誤差が大きいと最適解にも悪影響を及ぼし、結果として使い物にならないという主張があります。これに対して著者らは反論し、特にアセットアロケーションに適用する場合は、最適化は推定誤差に対して十分に頑健であると主張しています。
何故そのような主張ができるのかという直観的な説明としては、似たようなリターン分布を持つ複数資産への配分のケースで考えると、推定誤差が多少あったところでポートフォリオのリターン分布は真のものとそれ程変わらないと考えられるし、特性が大きく異なるリターン分布を持つ複数資産への配分のケースで考えれば、推定誤差の影響はリターン分布の違いに対して微々たるもので、こちらのケースでも結局ポートフォリオのリターン分布に大きな影響は与えないと著者らは考えているようです。
この説明以外にも本では実証面、解析面でもこの主張を裏付けるファクトを提示しています。結局のところ、代替性を持つ資産が含まれるアロケーションだと、多少の変化で最適ウェイトが大きく変化するので、最適ポートフォリオは感度が高いと思われがちですが、ポートフォリオのリターン分布で考えれば大きな違いはなく、仮に推定誤差が問題を生み出していたとしても対処法は十分に存在するので大きな問題にはならないというのが著者らの結論のようです。
誤解④:ファクターを活用すれば優れた分散とノイズ低減の効果が得られる
よくファクター間の相関は資産間の相関に比べて低い傾向があるので、ファクターベースでリスク分散をはかるべきであるといった主張がなされることがありますが、これは誤りであると著者らは主張しています。
決定的な間違いとして、ファクターポートフォリオの構成にはショートポジションが用いられているため、資産ベースに比べて相関が抑えられているだけであって、資産ベースでもショートポジションが許されるならば資産クラス間の相関を下げることは可能であるということが指摘されています。条件をきちんとそろえれば、資産ベースもファクターベースも効率的フロンティアには変わりはなく、ファクターで考えればリスクを減らせるといった魔法のようなことは起こらないようです。
著者らは他にもファクターのノイズ低減効果も否定していますが、結論としては、ファクターはポートフォリオのリスク管理やファクターリスクプレミアムを享受する点において有効であるが、それから得られるベネフィットとファクター複製に伴うノイズや取引コストの増加を割り引いて考えるべきであるとしています。
誤解⑤:等ウェイトのポートフォリオは最適化によるポートフォリオよりも優れている
最適化によって得られるポートフォリオと単純に投資対象の資産に資金を等配分する等ウェイトポートフォリオをアウトオブサンプルのバックテストでパフォーマンスを比較すると、後者のナイーブな戦略の方がアウトパフォームするといった実証分析がたびたび報告されています。これに対し著者らは最適化自体が悪いのではなく、そのインプットとなる期待リターンを上手く推定できていないのが問題なのだと反論しています。
よく期待リターンの推定に直近60カ月や120カ月の平均リターンを用いることがあります。そのような推定値には小標本誤差があり、極めて怪しいと著者らは考えます。直観的に考えても、直近5年間のパフォーマンスが悪いからと言って、将来のパフォーマンスも悪いと断言するのはいささか違うとは思います。長期のバリエーションサイクルなどを考慮すればそんな単純な話でもないということです。
クリッツマンらが2010年に発表した論文では、様々な設定で最適化ポートフォリオと等ウェイトポートフォリオのパフォーマンスの比較が行われ、最適化ポートフォリオの有効性が示されています。また、ウェイトがユニバース数に大きく依存するという等ウェイトポートフォリオの実務的な課題を踏まえても、結論としては、期待リターンやリスクが資産間でどのようになるか見解がない投資家にとっては等ウェイトポートフォリオは有効ですが、健全な判断ができる投資家にとっては最適化を利用すべきであるとしてます。
以上が本で挙げられていた5つの誤解です。
かなり専門的な内容を色々端折って説明してしまっているので難しかったと思いますが、興味を持たれた方は是非本の方を読んでいただければと思います。
実はこの本は5つの誤解の部分だけでも半分程度で、残りの半分はまたちょっと違った(誤解と関する部分もございますが)実務的なテクニックの話題になっていますので、そういったことも勉強したい人にとっては面白いかと思います(洋題が「A Practitioner's Guide to Asset Allocation」なので、もともとこちらがメインなのかもしれません)。
ではまた!
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