時間に対する無駄な考察@徹夜中
……眠い。
しかし時間がない。
午前3時である。良い子はもう寝ている時間であるが、デッドライン目前まで論文を放置した極悪人の私は、ブルーライトでショボショボする目を擦りながら、目の前のパソコンに向かう。相対論的効果……うんぬん。
とはいえ連日の睡眠不足ゆえ、思考が凝り固まり、頭が重たい。しかし時間が足りない。ただただ足りない。時は無情にも淡々と経過するが、頭をいくら回転させても思考は永遠堂々巡りである。時間が欲しい。眠い。時間が欲しい。……そういや時間って何だっけ。ふとした疑問に対して私の思考は堂々巡りから離脱しはじめる。
時間……多くの人がそれに頭を抱えて生きてきたことだろう。宿題に追われたり、家事に追われたり、仕事に追われたり、うんぬん。なぜ人はタスクに追われるのかといえば、もちろん間に合われないといけないからであって、何に間に合わせるかといえば、それは締切とか期限とか、すなわち時間である。かくいう私も大学に課されるレポートの締切や論文に毎日追われている。それなのにこんな下らないことをつらつらと考えている私は明日にでも教授にギロチン処刑されることだろう。
人々の首を締めて嘲笑うサディストこと時間氏には直属の部下がいる。時計である。
家の中なら大体どこにでもいるし、外に行っても大体5回は出くわす。パソコンで仕事すれば覗き魔のようにこちらをジロジロ見てくるし、休もうとスマホを開ければいつも画面上部に居座り監視してくる。人間の腕に寄生するものも存在する。そういう奴に限って目立つものが多く、寄生された可哀想なカタツムリのようにいつか鳥に食われたりしないかと心配になる。
人間がいかに時間に支配されて生きているかがよくわかる。だが別に、時間に支配されず自由に生きるべきだ!みたいな荒唐無稽な考えはしない。そもそも時間から逃れること自体不可能だろう。人間社会自体時間に従って営まれているからである。古代なら農業や狩猟のサイクル、現代ならそれこそ仕事など。長期と短期の違いはあれど、時間に尽くすのが人間なのではないだろうか。
では、こんなにも人間に愛される時間とは何者なのだろうか。
時間は比喩的に「流れる」という動詞を用いる。確かに時間は過去から未来へと滑らかに流れていくものであるから、その例えはごもっともである。しかし、現象としての「時間が流れる」とはどういう意味なのか。決して時の流れは目には見えない。今何時くらいか、とか、何分経ったか、のような感覚は感じられても、今まさに時が経過している、という感覚を得ることはどんな知覚を持ってしても不可能である。視覚で時計を見ればいい、という意見もありそうだが、時計はただ針を同じリズムで動かすだけであろう。物理的現象を通して時間を「捉える」ことはできても「直接感じる」ことはできないのではないか。
直接捉えられないものは、やはり存在しないのではないかと思ってしまう。時間など本来流れていないのではないか。時間なんぞただの人工的な指標に過ぎず、落下するリンゴに1秒という幅はあっても、変動する時間に沿って運動するわけではないのではないか。
しかし時間が存在しないとなると、それはそれで違和感がある。この違和感は恐らく、心理的なものである。知覚的に認知できない時間に従順に生きてきた人間にとってそれは当然存在するべきものであるからだ。
恐らくこうした時間の有無に関する疑問は、全く異なる観点のものなのだろう。一方は物理的に、一方は心理的に考えている。物理的に捉えるのがおよそ正解なのだろうが、非論理的な思考を孕む習慣や心理に引きずられるのも、人間の人間たる所以なのだろう。
結局総括すれば、時間とは実体のない、ただの概念に過ぎないのだろうと私は思う。
しかし概念としての時間は人間が生み出した傑作でもある。人間を心理的に負担に追いやるのも時間だが、人生をより有効的かつ濃厚にするのも時間である。だから、時間と共存共栄、頑張りましょう……
なんてことは言わない。
存在しないお前を産んだのは人間だぞ。なのにどうしてお前は生みの親たる人間をこうも追いつめるのだ。共存共栄?ふざけるな。ただでさえ掃いて捨てるほどあるタスクに埋もれ吐きそうになっている人間を気遣いもせず「仲良くしようよ」とは面の皮何キロメートルあるのだ。いいか、貴様は今日から人間の下僕だ。人間に従順になるのだ。人間が「ああ忙しい忙しい」といえばワンワン言いながら重力を強くして時間を遅らせるのだ。わかったか。わかったら返事するのだ。貴様に拒否権などない。早く返事し…
「ジリリリリリリリリリリリリリリリリ」
うるせえ!貴様は黙っとけ!
私は目の前のパソコンをドッジボールのごとく投げ、ギャーギャー喚き散らす下僕の部下こと目覚まし時計をパソコンとともに粉砕した。
そして、私の弱った目をグサグサ刺す朝陽に大きくため息をする。
「……論文また来年かぁ……」
灰燼と帰した睡眠時間と一年、そしてパソコンに涙の追悼をささげる。
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