【実話】飲み屋で知り合った女性に腕を組まれ「一人にしないで」とささやかれた夜の話。
ある夜、仕事終わりに友人からこれから飲みに行かないかと誘われた。
彼は普段から一人でも飲み歩くタイプだが、人と飲んだ方が楽しいからという理由で暇な私をよく誘ってくれる。
翌日は休みの予定だったので快諾し、2人で夜の街へ溶けることとした。
飲み屋街を歩き、適当なお店を探す。
まずは一軒目。雑多な雰囲気の居酒屋へ入った。時間は21時。
秋口だったが、その日は暑かったので火照った身体に流れ込む冷えたビールがうまい。
くだらない世間話と仕事の話をつまみにし、一軒目は簡単に済ませた。
店を出て、2軒目を探す。
外から店の中を覗いて店内の雰囲気を見ながら物色していると、カウンター席のみの小さなお店の店内にいた他の客と目が合った。
30代半ばくらいのおばちゃん4人組。
すでにかなり出来上がっており、私たちを見るや否や「こっち来なよーー!!!」と大声で店内へ誘われた。
良いお店がなかなか見つからなかったので、少し危険な香りはするがその店に入ってみることにした。
雰囲気は薄暗く、カウンターが10席ほど。
店の奥にあるトイレに行くのにも、他の人に避けてもらって通路を通らなければいけないほど狭かった。
店の外からは気が付かなかったが、おばちゃんたちに隠れて若いカップルも座っていた。
彼らはテンションの高いおばちゃんたちにすでに絡まれており、こちらに助けを求めるように「おにーさん!この人たちどうにかして!笑」と声をかけてくれた。
こうして元気なおばちゃん4人組、カップル、我々2人が一緒に飲むことになった。
今回話題にしたいのはこのカップルだ。
のちに詳しく書くが、実際は「カップル」という表現が正しいのかも少し疑問だ。
話すうちにわかったことだが、そのカップルの出会いは男側からのナンパで、今日で会うのは3回目だそうだ。
歳は女が24歳で、男が36歳だと言う。
男は年齢より遥かに若く見え、顔は濃くかなり整っている。
その「カップル」の年齢からくるアンバランスさはなかった。
狭い店内での移動も往々にしてあり、途中私の隣にそのカップルの女が座った。
同い年ということもあり話しやすかったが、パーソナルスペースを平気で犯してくるタイプで、正直得意ではないなと感じていた。
そのお店で盛り上がったこともあり、みんなで一緒に次へ行こうという話になった。
いや、半ば強引にその女に連れて行かれたという方が表現としては適切である。
結局、そのカップルと我々2人で行くことになった。時間は0時を越えていた。
次のお店では、ますますその女のお酒の飲み方がひどくなり相当酔っ払っていた。
もともと距離が近い人ではあったが、長い間腕を組まれて寄りかかられていた。
私がタバコに火をつけると、それを奪い吸い、そしてまた私に咥えさせようとしてきたり、断ると割としっかり殴られたりした。
女性から受けるグーパンは、精神的に痛い。
彼氏の目の前で明らかにいちゃいちゃしてくるその女をかわすのが心底気まずかったが、彼氏も彼氏でその光景を見ても何も言ってこない。
不思議な空間であることに疑いはなかった。
そのうち、全員が終電を無くした。
私の友人とその女はタクシーで帰れる距離で、私と彼氏はタクシーでも帰れない距離だった。
私は提案として、カップルはその女の家に、我々は私の友人の家にそれぞれ帰ろうと言った。
しかし女はそれを強く拒み、一緒に家に来て欲しいと提案してきた。
彼氏は「迷惑だから」と、その女を執拗にタクシーに乗せたがっていた。
私たちにも「ほんとにごめんなさい、あとはこっちでやっておくので、帰ってください」と繰り返し言ってきた。
それまでもその女は腕を組んできていたが、「ねー!なんで来てくれないの!」と酔った勢いのまままた腕を組んで私をタクシーと、そして彼氏から遠ざけた。
「やだやだ!」と言いながら遠ざけられたかと思うと、女は私の耳元でささやいた。
「あの人彼氏じゃないの。付きまとわれてて怖いからひとりにしないで。」
今までの声色とは明らかに違う低い声で言われ、私は戸惑った。
まさかこんな修羅場に巻き込まれていたとは、全く気が付きもしなかった。
彼女が言っていることが真実だとすれば、男が執拗に女と2人でタクシーに乗り込もうとしたり、私たちを早く帰らそうとしたりすることに合点がいく。
とりあえず今聞いた情報を素早くLINEで友人に共有し、その瞬間「女が危険な状態にある」と判断した我々はひとまず同じタクシーに乗り込み、彼女の家まで行くことにした。
緊張の糸がピンと張った車内。男が助手席に乗り、我々が後ろに乗った。
女はすぐに寝てしまい、道案内は男がした。
女の家に向かうのに、彼氏ではないと言われている男が道案内をする光景に違和感を覚えた。
車内で、私と友人はLINEでやりとりをした。
私が女から「ひとりにしないで」と言われていたあの時、友人は男と話していたそうだ。
男曰く「僕らは付き合っていて、酔うといつもあんな感じで他の男とベタベタするからやめさせたい」と言っていたそうだ。
双方で言っていることが違う。
女は「付き合ってない」と主張し、
男は「付き合っている」と主張している。
女の家の近くのコンビニで我々はタクシーから降りた。
男がトイレに行くと言い、ひとりで店内に入って行った。
その隙を見て、我々は女にこの場から逃げることを提案した。
しかし女は自分の意思で動かず、その場に留まっていた。
実際に身の危険を感じているのであれば、逃げても良いかと思ったが、いかんせん、男は女の家を知っているのだ。
今振り切ったところで、また家を訪ねてくるかもしれない。
そうこうしているうちに男がトイレから出てきてしまった。
我々はコンビニ前にあったバス停のベンチに腰を下ろした。
外はすっかり寒くなっていたが、女は泥酔状態で立てずにいた。
その光景を見ていると次第に、女を助ける義理はないのではないかと思えてきた。
出会った頃に聞いた「今日で会うのが3回目」という言葉は女がまだ酔う前の状態で言っていたし、ナンパで声をかけられたということにも疑いはなかった。
もし本当にその男が嫌なのであれば、3回も2人で会うだろうか。
その上で、男が女の家を知っているのは過去に自宅に招いていることの証左であり、女自らがコマを前に進めているような気がしてならなかった。
少し良心は痛むが、友人と私は判断できうる情報から「なにかあっても女の自業自得」という結論で一致した。
ちょうどタクシーが通りかかったので、私たち2人は女の「やだやだ」を振り切り、それに乗り込み友人宅へ向かうことにした。
車内では、後ろめたい気持ちもあるが仕方ないだろうという話をした。
連絡先も交換していないので、結局あの後若い2人の男女がどうなったかはわからないままであるが、振り切った私たちの心を救うためにも、どうか無事でいてほしいと願うのは浅はかなエゴだろうか。それともあれが正しい選択だったのだろうか。
その答えが分からないまま、冬を迎えてしまった。