拒絶~「保つ」ための受容と拒絶~⑧
2.父の拒絶と「死」
「グレゴールは今でもはもう、ほとんど何ひとつ食べなくなっていた。用意された食事のそばをたまたま通り過ぎるときに、いたずら半分に一口つまんでみるのが関の山で、それもそこで何時間も口にふくんでいて、たいていはまた後で吐き出してしまう。最初は彼も、こんなに食べる気になれないのは、自室の現状に対する深い悲しみのせいだろうと考えたけれども、部屋の変わりようには、あっという間に馴染んでいた。」
物語の中盤で、グレゴールは妹の「自由に部屋をはい回れるように」という提案によって人間だった頃の思い入れのある家具を撤去される。
グレゴールの妹は、兄として、家族としてだけではなく、彼を一人の人間として愛していたのではないかとこの物語の描写からは考えられる。
そしてそれはグレゴールもそうであったのではないだろうか。
家具をなくして自由に、という妹の提案は、グレゴールの押し込めていた感情を素直に出してほしい、という表れだったと考える。
グレゴールはそんな妹の気持ち並びに自分の気持ちを受け入れることができず、なんとかして家具が取り払われるのを避けようとした。
そのようなやり取りを目撃した父親は、混乱してグレゴールにリンゴを投げつけた。
娘を愛する父親にとって、家族の一員であるグレゴールに妹が惹かれることが受け入れられなかったのだろう。
そして父はグレゴールのことを拒絶した。
グレゴールは家具があればそれまでの家族と自分の関係は保つことができると考え、それに固執していたといえる。
家具が撤去されたことによってその願望は打ち砕かれたが、ものがなくても家族や妹との新たな関係性を構築する機会が与えられたたともいえる。
妹並びに母親はそれを実践しようとしたのではないだろうか。
しかしグレゴールは、家具がないことはそれまでの家族との信頼関係が崩れ、修復不可能になると考えており、その考えから離れられず、現状を受け入れられなかったのではないかと考える。
グレゴールの父は、今まで通りのグレゴールとの関係も、彼らと新たな関係性を築くことも受け入れられなかった。
よってグレゴールは父を拒むことしかできなかった。このことを、グレゴールと父の関係の「死」といえると考える。
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