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ゆりの暴露 第8話 「幻のハリーウィンストン」


 それから、ゆりはチビでハゲの客にちょくちょく呼び出されては、狭いビジネスホテルの部屋に連れられてセックスすることになってしまった。

 最初は紳士的なひとだと思っていたのに、結局は体目的の獣だったことに気付かなかった自分が情けなく思えた。

 愛情なんてひとかけらもなく、ただただ辛いだけで、無感情に相手が言うまま従った。


 全てはハリーウィンストンの時計を受け取るまでだ。

 時計を受け取ったら、店も辞めて、彼との連絡を一切絶とうと決めていた。

 ゆりにとって時計は人質も同然で、自分の性欲をぶつけてくるこの気持ち悪い獣から解放されるまで、耐えるしかないのだ。




 そして、ハリーウィンストンを引き取りに行く日。

 今まで我慢してセックスしてきた苦痛からようやく抜け出せると思った矢先、突然知らない携帯電話番号からショートメッセージが入ってきた。
 メッセージを開いてみると、あの客の会社の専務と名乗る男だと書かれている。


「社長は脳腫瘍で今から緊急手術をすることになって、しばらく入院することになります」


という内容が告げられた。



「えっ、大丈夫なんですか」



ゆりは心配になりメッセージを返すと、



「しばらく安静にしていれば。とりあえず、社長からあなたに連絡をするように言われましたので」
 


と、あっさりとした文言で返された。


専務と名乗るこの男の簡潔具合に引っかかるものはあったが、あれだけ稼いでいるのだから、かなり多忙で、病に倒れることもあるのだろうと納得した。

そんな爆弾を抱えていたなんて、教えてくれればよかったのに…。

そう思いつつ、『緊急手術だと聞きました。一刻も早く元気になってくださいね』と彼にLINEを送った。


 本音を言うと早くハリーウィンストンの時計を手にしたいが、こんな時に言い出すのは流石に気が引けた。





 LINEの返信は数時間後に来た。

『いま文字を読むのもキツい状況だから、また連絡する』
 


しかし、次の日も彼から連絡はない。



 ゆりの頭の中にはもうハリーウィンストンしかなかった。

 日が経てば、彼の気が変わってしまうかもしれない。

 返事も返ってこないし、このままフェードアウトなんて今までの私の苦労が水の泡になってしまう。


 そこでゆりは一刻も早く時計を手に入れたい一心で、彼に電話をかけてみることにした。

 彼は電話に出たが、「まだ病院にいる。まだ話せるような状況じゃないからゴメンね」と言われて通話がすぐに切られてしまった。


 だがその後ろで工事現場の間近にいるような音が聞こえてきたことに、少し違和感を感じた。





 ゆりは翌日もLINEで連絡をし、


「お見舞いに行きたいから病院を教えて」


 と伝えると、 


「もう退院してきた。俺がいないと仕事が回らないからさ」
 


 そう返してきた。


 昨日、まだ話せるような状況でないと言っていたのに、その翌日、手術から二日程度で退院なんておかしいと思った。

 しかも脳腫瘍の緊急手術なのだから、どんなに退院したいと本人が願っても医者が絶対に止めるだろうし、部下も止めるんじゃないだろうか。


ゆりは不信感を抱きながら、


「退院していたら、会えますよね。今日会いたいです」


 と持ちかけてみた。

 ゆりから会いたいと伝えたことはただの一度もなかったので、男は喜んだのかすぐに夕方会うことに決まった。


場所は、最初にセックスをした銀座のビジネスホテルだった。



 ホテルで待っていると、男が工事現場で着るグレーの作業着を着たままロビーをくぐってゆりの元へ満面の笑みを浮かべて向かってきた。


 

 頭には包帯一つ巻いていない。


 ゆりの違和感はほとんど確信に変わっていた。






「手術、無事成功したみたいでよかったです」



 部屋に入り話を切り出すと、



「頭に爆弾抱えてるのは知ってたんだけどね、仕事ほっぽって俺だけ病院とか行けないから、騙し騙し仕事してきてたんだよ」



「お忙しそうでしたものね、いつも」


 ゆりは相槌を打ちながら、本題に踏み込むことにした。



「傷の具合はどうですか?包帯とか巻いてないですけど、どのあたりを手術したんですか?」


そう言いながら、彼の頭に手を伸ばそうとすると、




「お前、俺を疑っているのか!」
 


 

 と、男は突如血相を変えて怒鳴りだした。

 彼がそこまで激しい感情を露わにしたところを今までに見たことがなかった。

 ゆりを睨みつけながら暴言を吐く男が恐ろしく身の危険すら感じ、咄嗟にホテルを飛び出してしまった。



 気が付くと、目から涙がこぼれていた。
 


 何も言わず出てきてしまったが、もうこうなったら、ひとりでハリーウィンストンを取りに行ってやろう。

 男の名前、電話番号は知っているし、担当してくれた定員の名前も覚えているから引き取ることはできるかもしれない。





しかし銀座の店舗に行ってみると、



「注文はキャンセルされましたが」


 

 と店員に伝えられた。

 詳しく聞いてみると、あの日注文したすぐ後に電話があり、キャンセルされたと言うのだ。



「全てヤるための嘘だったんだ……」



 ゆりは初めて事実に気が付いた。

 

 フラフラとした足どりで家に帰り、ベットに座り込み呆然とする。

 

 スマホには男から何度も着信がきていたが、応じることなく着信拒否にし、LINEの履歴も全て消してブロックした。


 


自分の周りから、男の存在を全て消しさりたかった。

 








それから1週間ほどメンズエステを無断欠勤し、これからどうしようか考えていたが、結局は給料のこともあり、メンズエステに戻ることにした。
 


 その時、心に誓った。


『どんな人も客である以上セラピストを甘い言葉で騙して体を奪おうと思っている。今後、どんな客とも体の関係には絶対にならない。』


 この世界は無垢ではやっていけない。

 騙すか騙されるかだ。

 それならゆりは騙す方に回ろう。

 

 そう心に誓いを立て、ゆりは今もメンズエステで働いている。


 ゆりの暴露 〜完〜

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