まりこの暴露 後編 「もし抜いてたら」
ひと月前.....
その客は、三十代半ばの中肉中背で、きっちりとした七三分けの髪型で、寡黙な感じだった。
彼は90分コースで、前日予約をしていた。
まりこは笑顔で出迎えたものの、客は強張った表情をしており、感情が読み取れなかった。
会計は現金払い。
シャワーに案内すると、五分くらい時間をかけて出てきた。
うつ伏せからの施術を始め、
「メンズエステにはよく行かれるのですか」
と、きいてみたら、
「何度か」
短い答えしか返ってこなかった。
それから、まりこは当たり障りのない質問を何度かしたが、客の反応は薄かった。
よく客は冗談でも、「可愛いね」だとか、「綺麗だよ」と良い思いをしたいがために美辞麗句を並べて来るが、この客はそんなことも一切なかった。
しかし、全く会話がなかったわけではない。
「ここの給料はどうなの?」だとか、「オーナーはどういう人?」など、運営のことやオーナーについてまるで尋問のようにきいてきた。
マリコは居心地の悪さを感じながらも、知っていることを少しだけ話した。
客はそういうことを聞いて、何か考えるように小さく頷くだけで、施術を楽しんでいるようにはまるで思えなかった。
この客と過ごしている時間は、まりこにとって、とても長く感じた。
そして、鼠径部の施術になると、
「抜いて」
客が硬い表情のまま言ってきた。
「いえ、それは出来ません」
まりこは断った。
普段なら、オプションの提示をするが、こんな不気味な男を気持ちよくさせるなんて、絶対に嫌だと強く感じたからだ。
「どうして?」
客は表情を崩さず、淡々ときいてきた。
「そういうことやっていませんから」
まりこは誤魔化した。
「でも、ネットでやっているって噂だけど」
客はすぐさま言い返した。
「ネットで?」
まりこは背中に冷たい汗が流れるような感じがした。
裏オプのことは、客には誰にも漏らさないように口止めしていた。
口の軽そうな客には、今のように最初からしないと伝えて、ある程度の用心はしていたのだが。
「ネットなんていい加減なことを書いてあるだけですから」
まりこは振り切るように言った。
「ふうん、そっか」
そう言うと、客は何か考えてから、
「ただでとは言わないけど」
と、口にした。
「本当にそういうことはやってませんから」
まりこが強い口調で言うと、客はそれ以上のことは言って来なかった。
そして、時間になり、客は黙って帰って行った。
普段なら、「また来てくださいね」と社交辞令のひとつでも言うが、その客にはもう二度と来て欲しくなかったので、挨拶もせず、雑に帰した。
客も大して気にしていない様子でもあった。
もし、まりこが経験の浅いセラピストだったら、すぐに忘れるようにし、気にも留めなかっただろう。
だが、まりこは長年この業界に身を置いてきたベテランセラピストだ。
数多のクソ客や変人客を相手にしてきた彼女でさえ、始めて出会う異質の客だった。
店のことを根掘り葉掘り聞いてくるところ、他店のオーナーという線も考えられる。もしくは、今まで出会ったことのないタイプの客なだけという可能性もある。
だが、まりこはそのいずれでもないと確信する決定的な根拠があった。
この客には、全ての客に共通するあるものが全くなかったからだ。
それは「下心」だ。
他店のオーナーだろうが、社交性のない客だろうが、どんな客でも男である以上、大なり小なり下心がうかがえた。
むしろメンズエステの世界ではそれが普通だ。
その下心のせいで毎度大変な目にあうわけだが、逆に下心がゼロだと不気味で仕方なかった。
いま振り返ってみると、もしかして、その客は刑事か何かだったんじゃ……?
警察関係者が客のフリをしてお店に潜り込む話は聞いたことがある。
急に鳥肌が立ってきた。
この店はまりこの他にも風俗行為をしているセラピストはいる。
もしかすると噂を確かめるために、あの男は、あの刑事は全員に入って確かかめていたのだろうか。
いずれにせよ、あのとき裏オプをしていたら自分はどうなっていたのだろうか。
その後、店長やオーナー、働いていたセラピストがどうなったのかは知らない。
数週間は自宅に警察がくるのではとビクついていたが、そんなこともなかった。
そしてまりこは店を変えてまた同じ様に裏オプションをしている。
今はまだメンズエステ嬢を続けているが、いつか捕まるかもという恐怖は拭いきれないままだ。
まりこの暴露 〜完〜