フォロワーから着想を得たイマジナリー嫁の話
私は今、とあるアプリにハマってる。そのアプリはゲーム要素を含んではいるけれど、マッチングアプリでもあり、元々箱庭系のゲームが好きな私はそのアプリをやっていた。
ある日、通知が来たので見てみるととある男性とマッチングした。話も合うし楽しかったのでお互いに連絡先を交換した。
でも、連絡先を交換したあとすぐに相手と連絡がつかなくなってしまった。そしてアプリ内での雑談も無くなってしまった。
ただ、相手は黙々とタスクはこなしている。ゲームをやってはいるようだけど、雑談は無かった。
私は少しモヤモヤしつつも相手の反応を伺っていた。1週間ほど様子を見たけれど、やはり相手は黙々とタスクをこなしているし、たまに贈り物をくれたり、私が贈った服も着ていた。
正直、「何がしたいんだ?この人」とは思っていた。だって、何も連絡がないのにこちら好みに合わせてくる。そして贈ってくる贈り物のセンスもとても良い。可愛いのだ。
私は友達に相談した。相手の反応が全く無くなったけれどタスクはこなしていることや、失礼なことをしたのかを。
友達は初めこそ「釣った魚にエサやらねぇタイプか!モラハラ野郎だな!」と言っていたが、突如「ねぇ、それもしかして嫁バレして嫁がやってるんじゃない?」と言ってきた。そんなまさか。ありえない。いや、ありえるのかもしれない。だってセンスも良いし、淡々とではあるけれどタスクもやっている。でも会話はしてこない。うん。ありうる…友達の言葉を私は半分信じていた。
そして、このゲームの初心者であろうイマジナリー嫁がどんどんと愛おしくて可愛く思えてきた。箱庭ゲームをやる人に悪い人はいない。箱庭ゲームは地道なゲームだし、それなりに時間もかかる。もし仮にこれが本当に嫁だとしたら…とても良い人じゃないか…。
私はもはや本人そっちのけでこのイマジナリー嫁と友達になりたくなってきた。でも、勇気が出ない。聞くのが怖い。もし本人だったら?私のイマジナリー嫁ちゃんがいなくなってしまう。それは嫌だ。だって、一生懸命やっているイマジナリー嫁ちゃんはとても健気でプレゼントもくれるし、良い子なのだ。
しばらく経った頃、相手からチャットがきた。
「すみません。ケンジの嫁です。」
まさかのイマジナリーではない本物の嫁だった。こんな事あるんだ…私はそう思った。
「ケンジさんの奥さんですか!すみません…こんなアプリでマッチングしてしまって…」
私はイマジナリーでは無かった本当の嫁ちゃんにテンションが上がりつつこう答えた。相手に失礼のないように。友達になれるように。
「いえいえ。主人がコソコソ何かやってるなぁと思っていたらこんなゲームだったので、初めは怒ったのですがやってみたら私がハマってしまって!面白いですね!このゲーム!」
どうやら嫁ちゃんは本当に楽しんでやっていた。私の中のイマジナリー嫁ちゃんが嫁ちゃんとして実在した。
そして、私は少し提案をしてみる事にした。
「あのー、良ければ一緒に遊びに行きませんか?」
我ながらおかしな事を言っているとは思うけれど、私はこの実在する嫁ちゃんと友達になりたくて仕方がなかったのだ。
「えっ…?私とですか?いいんですか…?」
嫁ちゃんがそう返してきた。思ったよりもノリノリだ。もうケンジ本人なんてどうでもいい。私はこの気が合うであろう嫁ちゃんとマッチングしたかった。むしろ、マッチングしてくれて良かった。
「もちろん!奥様とお会いしたいんです!」
そしてその後、雑談をし盛り上がり、お互いに可愛いものが好きである事や食べ物の好みが似ている事、共通点が多い事がわかり、より一層親近感がわいた。
約束の日取りを決めていざ、当日。
嫁ちゃんとも連絡先を交換し、こまめに連絡を取るようになった。もはや彼女は親友なのではないか…とすら思うくらいに連絡を密に取り合った。
駅に着くと一目でこの人だとわかる人がいた。ほ、本当に嫁ちゃんだ。私の中のイマジナリー嫁ちゃんは実在する嫁ちゃんになり、三次元で目の前に現れた嫁ちゃんとなった。
嫁ちゃんは嫁ちゃんで私の事をすぐにわかってくれた。
ニコニコと手を振ってくれる嫁ちゃんに私のテンションはMAXだった。
そして、お互いの共通の趣味のお店やカフェに行き話をしていた。
嫁ちゃんは少し躊躇った様子で私に伝えてきた。
「あのね、ケンジ、実は凄く浮気性なの。本当は別れたいけど私、今専業主婦で別れられなくて…」と。
こんなに健気で可愛い嫁がいながらケンジは何をやっているんだと怒りを覚え、私は嫁ちゃんに提案をした。
「あのさ、良ければ私と一緒に暮らさない?お金なら心配しないで!」
我ながらまた突拍子もない事を言ったなと思った。しかし、嫁ちゃんの顔は輝いていた。
「え?いいの?」
こう返事をしてくれたのだ。
そしてその後これからどうするかの計画を立てた。綿密に、そして慎重に。
数日後の昼前、私はケンジの家の前にいた。ピンポーンとチャイムを鳴らす。
低い声で「はい」と聞こえた。ケンジだ。
私はこう言った。
「ケンジさんですか?私、マッチングアプリでマッチングしたケイコですけど。」
「はい!?!?」
すごくビックリして声がひっくり返るケンジ。それはそうだ。家なんて知らないはずの私が家にいるのだから。
「ケンジさん、お家に上げてくれる?ちょっと奥様と3人でお話しましょう?」
「はーい!」
嫁ちゃんがドアを開けてくれる。私はそれに乗っかり家の中に入った。
「ケンジさん、良くないよね?こんな可愛い奥さんいるのにマッチングアプリなんてやってさ。他にも聞いてるよ?浮気性だって。」
私はケンジに詰め寄った。ケンジは明らかに慌ててしどろもどろしていた。
「て事で、浮気の証拠とかも色々取ってあるから。後はこっちの弁護士と話してくれる?まぁ、私がその弁護士なんだけど。」
そう。私は実は弁護士で、今まで仕事詰めで出会いがなかったのだ。なので、箱庭ゲームとマッチングを合体させたこのアプリをやっていたのだ。
「次に会う事があるとしたら、その時は容赦しないから」
そう言い残し私は嫁ちゃんと一緒に家に帰った。
明らかなる証拠もあり、不貞行為も立証されたので嫁ちゃんは慰謝料を手にすることができた。
「ケイコちゃんありがとう!これ、成功報酬」と嫁ちゃんがお金を渡そうとしてきた。
「そんなのいらないよー。だって、私には最高のルームメイト兼親友が出来たんだもん!」
私はそう答えた。
嫁ちゃんと私は今もずっと一緒に暮らしている。そして時々、一緒に違う箱庭ゲームをやっている。今度は同じ家で、同じテレビを見つめながら、コントローラーを分け合いながら。
大人になると、一緒にいるのに大切なのは性別じゃない。同じ価値観を共有できる相手だ。
私はこの先嫁ちゃん…もう嫁ちゃんじゃない。ユウコちゃんだ。
ユウコちゃんと恋愛関係になる事は無いし、そんな目で見てもいない。ただただ一緒に居て楽しくて楽なのだ。そしてユウコちゃんの作るご飯はとても美味しい。私とユウコちゃん、2人で一緒に作るこの「家」という箱庭を、どんどんとお互いの色に染め上げて、人生を謳歌しようと思う。
最後まで読んでいただきありがとうございます。これから先、皆様が出会う相手が素敵な方でありますように。