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経済学とゲージ場の理論 (2/4)

【要約】
為替相場とゲージ場の理論の関係について 第2回(全4回)
※ noteのエディタに追加された新機能を使ってみるのも目的

前回の記事では為替裁定取引の指標を導入しました:

前回、為替相場において

  • $${通貨の絶対値は各国が任意に設定できる(=「デノミに意味はない」)}$$

  • $${為替裁定取引は重要}$$

  • $${M_{ijkl}=R_{ij}R_{jk}R_{kl}R_{li}は4国間裁定取引の指標であり、\\ かつ各国のデノミに依存しない\\ (i,j,k,lは国を表す。R_{ij}はiの通貨に対するjの通貨の為替相場)}$$

など議論しました。

今回は格子上の$${R_{ij}}$$や$${M_{ijkl}}$$を構成し、そして連続極限をとります。

参考文献は前回と同じです。今回もRef.[1]を主に参照しています。Ref.[2][3]は本記事を読むのに有用な参考文献です。

ゲージ理論の「部品」を作る

ここでは国々を格子上にならべ、局所的な$${R_{ij}}$$, $${M_{ijkl}}$$を定義することで、ゲージ理論と関係する量を作ります。

Fig.(1) : 最近接の4点の格子

Fig.(1)のような格子を考えます。この格子上に以下のルールで世界の国々が存在するとします:

  • $${世界は空間d次元である}$$

  • $${世界の国々は格子点の上に存在する}$$

  • $${格子点の場所を{\bf n} = (n_1,n_2,\ldots,n_d)で表す \\ ({\bf n}が太字であることに注意)}$$

  • $${e_i は、i方向(i=1,2,\ldots,d)の単位ベクトルを表す。すなわち\\ e_i = (0,0,\ldots,1,\ldots,0)  \ \ ただし1がある場所はi番目 \\ である}$$

  • $${{\rm Cr}({\bf n})は格子点{\bf n}上に存在する国の通貨を表す}$$

さて、$${R_i({\bf n})}$$ という量を以下のように定義します:

$$
{R_i({\bf n})}: {{\rm Cr}({\bf n})}に対する{\rm Cr}({\bf n}+e_i)の為替相場
$$

このとき、$${{\rm Cr}({\bf n})}$$の通貨で所有するお金$${x}$$を $${{\rm Cr}({\bf n}+e_i)}$$に替えると$${xR_i({\bf n})}$$になります。これは前回定義した$${R_{ij}}$$の格子&隣国のみバージョンです。
(前の記事では$${ij}$$は国を表しましたが、今回は$${ij}$$は方向を表すことに注意)

ゲージ理論と対応させるため、$${A_i({\bf n})}$$を以下のように定義します:

$$
R_i({\bf n})=\exp(A_i({\bf n})) \ \ \ (\text{すなわち} \ A_i({\bf n})=\log(R_i({\bf n}))
$$

同様に、M(ijkl) の格子&隣国バージョンを

$$
M_{ij}({\bf n}) = R_i({\bf n})R_j({\bf n}+e_i)/R_i({\bf n}+e_j)/R_j({\bf n})
$$

と定義します。後半2つの$${R}$$は分母にくることに注意してください。

さらに$${F_{ij}({\bf n})}$$を以下のように定義します:

$$
M_{ij}({\bf n}) = \exp(F_{ij}({\bf n})) \ \ \ (すなわちF_{ij}({\bf n})=\log(M_{ij}({\bf n})))
$$

$${F_{ij}({\bf n})}$$は$${A_i({\bf n})}$$で書き直すことができます:

$$
F_{ij}({\bf n})=A_i({\bf n})+A_j({\bf n}+e_i)-A_i({\bf n}+e_j)-A_j({\bf n})
$$

時間方向の裁定取引

さらに「時間方向の裁定取引」なるものを考えます。

まず時刻も離散化し、時間$${t}$$を格子点$${n_0}$$(整数)で表すことにします。$${n_0 }$$の0は時間方向を表します。物理学の慣習です。$${n_0 }$$と空間方向の$${\bf n}$$を含め、$${n}$$で表します(細字であることに注意)。
すなわち$${n}$$は

$$
n=(n_0,n_1,\ldots,n_d)
$$

という$${(d+1)}$$次元ベクトルです。
そして

$$
R_0(n): \text{時刻}n_0での{\rm Cr}(n)\text{に対する、時刻}n_0+1での{\rm Cr}(n)\text{の為替相場}
$$

とします。つまりは、同じ国の違う時刻における「為替相場」です。なんだそれは!と思うかもしれませんが、これは

$$
\text{ある国の時刻}n_0\text{の通貨に対する、時刻}(n_0+1)\text{の同一通貨の価値}
$$

のことです。私は経済学は完全な素人なので、これが現実に測れるのかわかりません。しかし少なくとも概念上は、こういうことを考えても問題ないはずです。

結局のところ$${R_0(n)}$$は為替相場を時間方向に拡張したものと思ってください (0は時間方向を表す)。
さらに$${A_0(n)}$$を

$$
A_0(n)=\log(R_0(n)) \ \text{あるいは} \ R_0(n)=\exp(A_0(n))
$$

で定義します。これにより裁定取引も時間方向に拡張できます:

$$
M_{0i}(n) = R_0(n)R_i(n+e_0)/R_0(n+e_i)/R_i(n)
$$

ここで$${e_0}$$は 時間成分のみ1他は0 のベクトルです。すなわち

$$
e_0=(1,0,0,\ldots,0)
$$

という$${(d+1)}$$次元ベクトルです。
さらに$${F_{i0}(n)}$$を

$$
M_{0i}(n)=\exp(F_{0i}(n)) \ \text{あるいは} \ F_{0i}(n)=\log(M_{0i}(n))
$$

で定義します。$${F_{i0}}(n)}$$は$${A}$$で表すことができて

$$
F_{0i}(n)=A_0(n)+A_i(n+e_0)-A_0(n+e_i)-A_i(n)
$$

となります。

登場する量のまとめ

なんだかごちゃごちゃしてきたので、一度まとめます。
ここで、今まで空間方向のみを表していた$${i,j}$$を、時間方向も含めるように拡張して

$$
\mu,\nu = 0,1,2,\ldots,d
$$

というギリシャ文字を定義します。
この記法の下、ここまでの議論をまとめると以下のようになります:

  • $${世界の国々は、時間も含めた(d+1)次元の格子点\\ n=(n_0,n_1,\ldots,n_d) \\ の上に存在する。0は時間方向、1,\ldots dは空間方向を表す}$$

  • $${e_\mu は、\mu 方向\mu = 0,1,2,\ldots,dの単位ベクトルを表す。すなわち\\ e_\mu=(0,0,\ldots,1,\ldots,0) \ \ \ ただし1がある場所は\mu 番目\\ である}$$

  • $${{\rm Cr}(n) は格子点n上に存在する国の通貨を表す。n は空間だけでなく時間的な「場所」まで指定することに注意}$$

  • $${R_\mu(n)):{\rm Cr}(n) に対する {\rm Cr}(n+e_\mu) の為替相場}$$

  • $${A_\mu(n) = \log(R_\mu(n)) (すなわち R_\mu(n) = \exp(A_\mu(n))}$$

  • $${M_{\mu\nu}(n) = R_\mu(n)R_\nu(n+e_\mu)/R_\mu(n+e_\nu)/R_\nu(n)}$$

  • $${F_{\mu\nu}(n) = \log(M_{\mu\nu}(n)) (すなわち M_{\mu\nu}(n) = \exp(F_{\mu\nu}(n) )\\ F を A で表せば\\ F_{\mu\nu}(n) = A_\mu(n)+A_\nu(n+e_\mu)−A_\mu(n+e\nu)−A_\nu(n)}$$

連続極限

ここまで格子状の世界に対して為替取引の数学的定式化を行ってきました。以下格子の間隔を、どんどん小さくしていく極限を考えます。このような極限を「連続極限」と言います。

いままで国と国の距離を考えていませんでしたが、どの方向にも格子点の間隔が$${a}$$だとします(記事末(注1)参照)。そして$${a\rightarrow 0}$$の連続極限における

$$
F_{\mu\nu}(n) = A_\mu(n)+A_\nu(n+e_\mu)−A_\mu(n+e_\nu)−A_\nu(n)
$$

がどうなるかを考えます。

まず、この極限で、$${n}$$はどんどん細かくなり、点が無限に凝縮してきます。すると、まるでふつうの時空点$${(t,x,y,\ldots)}$$のように連続的な量になります。この極限で、今まで$${n }$$と書いていたものを$${x}$$と書くことにします:

$$
n=(n_0,n_1,\ldots,n_d)\rightarrow (x_0,x_1,\ldots,x_d) \ \ xは連続量
$$

また、$${e_\mu}$$は「$${\mu}$$方向に$${a}$$だけ離れた場所」を表す単位ベクトルですが、これもどんどん小さくなります。すると$${F_{\mu\nu}(n)}$$ の表式に現れる

$$
A_\mu(n)-A_\mu(n+e_\nu) \ および \ A_\nu(n+e_\mu)-A_\nu(n)
$$

はどんどん小さな量になります。
天下り的になりますが、この極限において、$${A}$$をテイラー展開することで

$$
A_\mu(n)-A_\mu(n+e_\nu)\rightarrow -a \partial_\nu A_\mu(x)\\ A_\nu(n+e_\mu)-A_\nu(n)\rightarrow a \partial_\mu A_\nu(x)
$$

が得られます。ここで$${\partial_\nu}$$、$${\partial_\mu}$$ は、それぞれ$${\nu}$$方向、$${\mu}$$方向の偏微分を表します。$${\nu }$$、$${\mu }$$方向の傾きと思ってください。

以上より、連続極限をとると

$$
F_{\mu\nu}(n) = A_\mu(n)+A_\nu(n+e_\mu)−A_\mu(n+e_\nu)−A_\nu(n)\\\rightarrow F_{\mu\nu}(x)=a(\partial_\mu A_\nu(x)-\partial_\nu A_\mu(x))
$$

となります(記事末(注2)参照)。 $${F}$$を$${a}$$で割ったものを再び$${F }$$と書くことにします。最終的に

$$
F_{\mu\nu}(x)=\partial_\mu A_\nu(x)-\partial_\nu A_\mu(x)
$$

を得ます。

まとめ

色々計算してきました。だいぶ混乱したかもしれません。
しかし、連続極限におけるゲージ理論には、

$$
A_\mu(x) \ と \ F_{\mu\nu}(x)
$$

しか現れません。よって、この2つが何かというのを理解するために必要な知識をまとめておきます。

  • $${xは時空点:x = (x_0,x_1,\ldots,x_d)。連続量。x_0は時刻に対応する。}$$

  • $${各時空点の上にそれぞれ国家が存在する。}$$

  • $${\mu\nuは方向を表す。\mu=0, \nu=0 は時間方向を表す。}$$

  • $${e_\muは\mu方向成分のみa、それ以外0のベクトル。\\ a\rightarrow 0の極限をとり、微小な量とする。}$$

  • $${A_\mu(x):{\rm Cr}(x)に対する{\rm Cr}(x+e_\mu)の為替相場の対数。\\ つまり「xに存在する国の通貨に対する、\\ xから\mu方向に微小な距離e_\muだけ離れた国の通貨の為替相場の対数」}$$

  • $${F_{\mu\nu}(x) =\partial_\mu A_\nu(x)−\partial_\nu A_\mu(x):\\ x⇒x+e(μ)⇒x+e(μ)+e(ν)⇒x+e(ν)⇒x\\ の経路における裁定取引の対数。\\ 各国のデノミに依存しない(前回の記事参照)。}$$

為替相場や裁定取引に対応するのは$${R}$$や$${M}$$であり、$${A}$$や$${F}$$はその対数です。よって「$${A}$$は為替相場」「$${F}$$は裁定取引」と言うと不正確です。しかし、$${A,F}$$ がわかれば$${R,M}$$ が再現できるので、情報としては$${R,M}$$と等価です。そしてこれらには、空間だけでなく時間的な履歴も記録されています。よって

$${「Aは世界の為替相場の帳簿」\\「Fは世界の為替裁定取引の帳簿」}$$

と言えます。

ひとつコメントです。上の箇条書きに「微小な距離だけ離れた国」なる概念が出てきます。それどこやねん!とツッコみたくなると思います。このような「いい加減」な文言の背景には、「近いところにある国家の通貨は同じくらいの価値をもつ。無限に近くなれば、無限に同じ価値に近づく」という仮定があります。数学的に言えば連続性や微分可能性などが仮定されているということです。つまり「十分近ければ、2つの国家の帳簿の値$${A}$$はほぼ同じなので、どの国をとってきてもOK」ということです。ゲージ理論に現れる「場($${A_\mu(x)}$$等)」はこのような性質を持ちます(記事末(注3)参照)。

まとめ&次回予告

今回は、格子上の国を考え、連続極限(隣国が無限に近くなり、無限に稠密に国家が存在する)を考えました。そしてその極限での$${F_{\mu\nu}(x)}$$を計算しました。
次回以降、物理・数学の観点からのゲージ理論の説明や、「銅の取引」における裁定取引等を考えます。

                                                                                                   ■




(注1)「どの方向にも」というからには時間方向も含みます。「空間と時間では単位が違うやないかい!」と思うかもしれません。そのとおりなのですが、素粒子物理では、時間に光の速度$${c}$$をかけ、$${ct}$$とすることで空間と同じ単位にします。そして「時間が$${a}$$」を「時間が$${a/c}$$」と解釈します。つまり「時間方向に格子点の間隔が$${a}$$」は「時間方向に格子点の間隔が$${a/c}$$」の意味です。

(注2)右辺はどんどん小さくなるのだから、結局$${F}$$は連続極限でゼロやないかい!と思うかもしれません。これはそのとおりで、$${a}$$で割る前の$${F}$$は連続極限でゼロになります。しかしこれを$${a}$$で割った

$$
F_{\mu\nu}(x)=\partial_\mu A_\nu(x)-\partial_\nu A_\mu(x)
$$

は連続極限で有限です。ということは、翻って、$${a}$$で割る前の$${F}$$は「$${a}$$くらいでゼロに近づく」ことがわかります。

(注3) デノミを行うと$${A}$$の値は任意に変えられるので、近い所の$${A}$$同士でも非常に大きく値を変えられると思うかもしれません。これに関しては、$${A}$$が微分可能な範囲でデノミを行うという制限があると思ってください。
 ※ 場の理論では、特異点をもつ$${A}$$を考える場合があります。いわゆるモノポールはその類です。



参考文献

[1] J. Schwichtenberg, “Demystifying Gauge Symmetry,” arXiv:1901.10420v1 (2019).
[2] K. Ilinski, “Physics of Finance,” hep-th/9710148 (1997).
[3] K. Young, “Foreign exchange market as a lattice gauge theory,” American Journal of Physics 67, 862 (1999). 



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