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経済学とゲージ場の理論 (1/4)

※ 17Dec.2023: Mathlogに関連記事を書きました

【要約】為替相場とゲージ場の理論の関係について 第1回(全4回)※ noteのエディタに追加された新機能を使ってみるのも目的

素粒子論は「ゲージ場の理論」(以下ゲージ理論と呼びます)を基礎にしています。素粒子と場(電磁場など)の運動を記述する理論です。現在知られている基本的な4つの力のすべてがゲージ理論で書かれます。物理学でおよそ最も重要な理論です。

一方、それとは対極にあるような経済学にもゲージ理論は登場します。具体的には、為替取引とゲージ理論に対応があります。おもしろいので、これに関して書いてみようと思います。

今回は為替裁定取引の指標を導入します。次回、その指標とゲージ理論との関係について述べます。

本記事は主にRef.[1]を元に書かれています。関連した論文Ref.[2][3]も挙げておきます。大学でゲージ理論を勉強して、計算はできるけど、なんだか掴みどころがないと思っている人。逆に文系で、物理に全く触れたこともなく、わけわからないことやってるな、と思っている人、などには良いお話です。

お金の絶対値に意味はない

国を作るとします。そして、通貨を新たに制定するとします。この通貨を「ペン」と呼ぶことにしましょう。そのとき、あなたは銅1kgを何ペンにしますか?

当たり前ですが、何ペンでもいいです。「お金の絶対値・基準」に意味はありません。まあ現実的には1兆ペンとか0.00000001ペンにすると桁が増え過ぎて不便ではありますが、原理的には何ペンにしようとかまいません。

ただし、何か物の価格を1つ決めると、他の物の価格も定まります。物にはそれぞれ価値があり、その相対的な価値により、ひとつでも物の価格を決めれば、他の物の価格も定まります。価格とは「価値を表す数値」です。相対的な数値には意味はありますが、絶対値には意味はありません

デノミネーション

いま政府が、現在の1万円を1000円に切り下げることにしたとしましょう。すると今までの「10分の1の価格」で物が買えます。今まで1万円でみかんが100コ買えていたとしたら、切り下げ後は1000円で買えることになります。りんごもオレンジも、車もパソコンも、そしてあなたの給料もその数値がすべて1/10になります。しかし当然、物やあなたの労働の価値が減ったわけではありません。1円の価値が上がったために、価格・給料の数値が下がったのです。

これはいわゆる「デノミネーション(デノミ)」です。

ここで「デノミ」に関し、本記事でのルールを述べておきます(世の中の定義とは違うかもしれません)。

「お金を$${\alpha}$$倍にデノミする」=「デノミ前のお金1の価値と、デノミ後のお金$${\alpha}$$の価値を等しくする」

とします。たとえば「円を10倍にデノミする」とは「今の1円を10円とする」ことです。このデノミで、100円のりんごは1000円になります。よって

$${\alpha}$$倍のデノミにより、物の価格は$${\alpha}$$倍になる

また「デノミ前の1円とデノミ後の10円の価値が同じ」なので

$${\alpha}$$倍のデノミにより、お金の1単位の価値が$${1/\alpha}$$になる

「1万円を1000円に切り下げる」例では$${\alpha}$$=1/10なので、物の価格は1/10になり、お金の1単位の価値は$${1/\alpha}$$=10倍になっています。

ちなみに上記のことがわかりにくい場合、デノミ後の円を「ペン」と呼ぶことにするといいです。「1円を$${\alpha}$$ペンとする」とし、円をペンに直すと考えると混乱しにくくなります。

デノミが為替相場に与える影響

以下世界の為替相場を考えます。

ある国で通貨のデノミを行った時、為替相場はどうなるでしょう。国$${i}$$と$${j}$$があるとき、$${R_{ij}}$$を

$${R_{ij}}$$:=$${i}$$国の通貨1単位に対するj国の通貨の価格

とします。まあつまり為替相場ですね。

改めて、$${i}$$が通貨のデノミをしたとき、$${R_{ij}}$$はどう変化するでしょうか。$${i}$$が自国の通貨を$${\alpha}$$倍にデノミしたとします。このとき

$$
R_{ij}\rightarrow R_{ij}/\alpha
$$

となるはずです。なぜならこのデノミで$${i}$$の通貨の価値は$${1/\alpha}$$になるからです。価値が下がった分だけ、それを他の国のお金に交換した時、もらえる額面は下がることを表します。

ここで$${i}$$と$${j}$$の順番にご注意ください。定義より

$$
R_{ji}=1/R_{ij}
$$

です。

意味のない相場変動

ここで重要なのは、

デノミによる相場変動には意味がない

ことです。最初に述べたとおり、これは通貨単位の基準の変更に過ぎません。(これは「そのような原理を設定する」と捉えてください。現実世界ではデノミも有意です)

ところが、$${R_{ij}}$$はデノミで変化してしまいます。ということは

$${R_{ij}}$$は意味のない情報も含んでいる(重要な情報も含んでいるけど)

ことになります。

ではどうしたら、$${R_{ij}}$$の中から、各国のデノミの影響を受けない、真に重要な為替相場の情報を引き出せるでしょうか?

それにはそもそも、為替相場の重要な情報が何かを定める必要があります。

裁定取引

為替相場の重要な情報のひとつが「為替裁定取引」です。

為替裁定取引とは以下のような状況を指します:


$${a,b,\ldots,c}$$を国とし、$${{\rm Cr}(a),{\rm Cr}(b),…,{\rm Cr}(c)}$$をそれらの国の通貨とする。$${{\rm Cr}(a)}$$で所有しているお金を$${{\rm Cr}(b)}$$に換金することを$${{\rm Cr}(a)\rightarrow {\rm Cr}(b)}$$と表す。初めに$${{\rm Cr}(a)}$$でお金を所有しているとする。これをある時刻の相場に従い、

$$
{\rm Cr}(a)\Rightarrow{\rm Cr}(b)\Rightarrow\cdots\Rightarrow {\rm Cr}(c)\Rightarrow{\rm Cr}(a)
$$

のように、ループした為替取引を行う。この取引により、最終的に得た$${{\rm Cr}(a)}$$が元手より増える時(または減る時)これを為替裁定取引と呼ぶ。


つまりは、持っている通貨を他の通貨に次々に変えて、最後に元の通貨に戻したとき儲かることを為替裁定取引と言います。以下誤解のない限り、為替裁定取引を裁定取引と呼ぶことにします。ひとつ注意です。上記定義にあるように、裁定取引はある時刻における為替相場において、このようなことが起こることを指します。時間が経って為替相場が変わることで取引により儲かるのは、裁定取引とは言わないかと思います。

デノミに依存しない裁定取引の指標

$${i,j,k,l}$$の4国の通貨の取引をした後、どれだけ儲かるかを考えます。


Fig.(1) 裁定取引の指標。矢印の上の記号は、矢印の元から先にお金を移したときの利益率

Fig.(1)より、$${{\rm Cr}(i)}$$1単位を元手に4国間取引を行うと、最終的に

$$
M_{ijkl}=R_{ij}R_{jk}R_{kl}R_{li}
$$

を得ることがわかります。そして$${M_{ijkl}}$$が1でなければ、それは裁定取引です。通貨$${{\rm Cr}(i)}$$の元手がxだとすると、最終的に得られる金額は

$$
xM_{ijkl}
$$

です。利益は$${x(M_{ijkl}-1)}$$です。このように、$${M_{ijkl}}$$が裁定取引の指標となります。

さて、$${i}$$が自国通貨を$${\alpha}$$倍にデノミしたとき、$${R_{ij}}$$は

$$
R_{ij}\rightarrow R_{ij}/\alpha
$$

と変化することはすでに言いました。このとき$${M_{ijkl}}$$はどう変化するでしょうか。この変化で影響を受けるのは$${R_{ij}}$$と$${R_{li}}$$であり

$$
R_{ij}\rightarrow R_{ij}/\alpha,\ R_{li}\rightarrow \alpha R_{li}
$$

なので、$${M_{ijkl}}$$はこのデノミで不変です。それどころか各国が一斉にデノミしても

$$
M_{ijkl}\rightarrow \beta R_{ij}/\alpha\times \gamma R_{jk}/\beta\times \delta R_{kl}/\gamma\times\alpha R_{li}/\delta=M_{ijkl}
$$

となり、不変です($${\alpha,\beta,\gamma,\delta}$$はそれぞれ$${i,j,k,l}$$のデノミの倍率)。

以上から$${M_{ijkl}}$$は大変良い次の2つの性質を持ちます:

  • $${M_{ijkl}}$$は4国の通貨での裁定取引における利益率を表す

  • 各国のデノミに対して不変

ということで、前章の最後の問いに対する一つの解答は

  • 裁定取引はひとつの重要な情報

  • $${M_{ijkl}}$$を用いると、デノミの影響を受けずに裁定取引の利益率という情報を引き出せる

という感じです。

為替では裁定取引以外にも重要な情報はたくさんあるとは思いますが、ここではゲージ理論を作るため、裁定取引に注目しました。「為替裁定取引が重要な世界のお話」だとでも思ってください。

まとめ・次回予告

今回のまとめです。為替相場において

  • デノミに意味はない

  • 為替裁定取引は重要

  • $${M_{ijkl}=R_{ij}R_{jk}R_{kl}R_{li}}$$は4国間裁定取引の指標であり、かつ各国のデノミに依存しない

次回は$${R_{ij}}$$や$${M_{ijkl}}$$とゲージ理論の対応に関して述べます:

                                 ■




参考文献

[1] J. Schwichtenberg, “Demystifying Gauge Symmetry,” arXiv:1901.10420v1 (2019).
[2] K. Ilinski, “Physics of Finance,” hep-th/9710148 (1997).
[3] K. Young, “Foreign exchange market as a lattice gauge theory,” American Journal of Physics 67, 862 (1999). 

 


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