入試4日目。ラーメン屋で泣いていた男の子の話。
「合格」という花びらが舞うことがないまま入試4日目を迎えた。
試験初日や2回目の受験で、早々に合格をもらった子どもたちはもう学校に通い始めていて、この時期にまだ試験会場に向かう子どもたちは、どことなくうつむき加減で少し疲れたように見えていた。
この日は、午前中に1校、午後にも1校の試験があったため、お昼をどこかで取らなければならない。
娘に聞くと、
「ラーメンが食べたい」と言った。
親としてはもう少し栄養のあるものを食べさせてあげたいという思いはあったけれど、時間もないし本人が食べたいものが一番いいような気もして、駅に併設されているラーメン屋に入ることにした。
そこには、私達と同じ境遇であろう、もう1組の親子がカウンターに座っていた。
メガネをかけちょっと細身で気弱そうな男の子と、お母さんだった。
男の子は、ラーメンが運ばれてくると無言で食べ始めた。そして麺をすすりながら、泣いていた。メガネの奥から溢れる涙を拭い、また一口食べ、そうして必死でラーメンを食べ続けていた。
隣に座るお母さんも、そっとティッシュを差し出し、そしてただ無言でラーメンを食べていた。その背中からは、懸命に涙をこらえている様子が伝わってきた。
切なくて胸が苦しくなった。泣くのを必死でこらえた。一度スイッチが入ってしまったら私までとめどなく涙が溢れてきてしまう気がして。娘に余計な心配をかけたくなくて。
『精一杯頑張ったんだよね。わかるよ。悔しいよね。うちも一緒だよ。君だけじゃない。頑張って毎日必死で勉強してたこと知ってるよ。だからそんなに悲しまないで。』
そう何度も心の中で男の子に話しかけていた。
12歳のまだ幼さが残る小学生に、こんなに早く人生の試練が必要なのだろうか。
「全落ちしました」
「希望ではない学校に通うことになりました」
そういう体験談を読んだとしても、なぜかうちの子は大丈夫。自分の子はきっと受かると信じてしまう。
信じていただけにまさかホントに受からないことってあるの…と絶望さえ感じてしまう。それは子どもだって同じことか。いや大人以上に深い傷を負ってしまう可能性だってあるかもしれない。
一生懸命やったことは無駄じゃない、頑張ったことで成長する。なんて割り切って思えるのだろうか、まだほんの12歳で。
難しい算数の特殊算だって何とか解けるようになった。社会の歴史の暗記だって、川の名前だって全部覚えた。毎日のように塾に行ってお弁当を食べ、日曜日だって模試を受けに行った。途中で逃げ出したくなっても、やっぱり勉強する道を選んできた。
それでも、その努力が報われないとしたら。ずっと健気に頑張ってきた姿を見ているだけに、つらくて切ない。
高校受験や大学受験だってもちろん大変なことには間違いない。
でもまだこのあどけなさの中で健気に戦う姿が、中学受験の特殊さや残酷さに繋がっているのかもしれない。
本当は高校からの受験だってその先の選択肢だって、いくらでも道はあるはずなのに。
あの男の子は今どうしているだろう。
新しい道で次の目標に向かって進んでいるといいな。
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