発信することへの「不安」
前回初めてこちらで記事を作成したのですが、想像以上に反応があり驚いています。スキを押してくれた方々のおかげで、こうして今も記事を書くという楽しみを忘れずに過ごしております。(もしまた気が向いた時にでも、私の記事を覗いてもらえるとかなりの励みになりますのでよろしくお願いします)
(お知らせ)
このアカウントでの執筆内容についてです。前回の記事にて「プロセカのイベントストーリー」を中心に書いていくとお伝えしていました。ですが、正直にいえば他にも書きたい!!自分の中でnoteに吐き出したい考えがあまりにも多いのです。ですので、プロセカに関する話も書きますが、他にも様々な話を書いていきたいと思います(特定のゲームに関してだったり、今回みたいな漠然としたものだったり色々)
【こんな経験ありませんか?】
自分の作った文章やイラスト、または写真をいざ投稿しようとすると「やっぱりやめようかな…」と思ったことはありませんか?
正直に言うと、私は何度もあります。実際どこにも投稿することが出来ず、没になった作品は数え切れない程にあります。私の場合は「作品に腑に落ちない」から没になったわけではなく「なんとなく不安に感じた」から没にしたのです。
では、なぜ不安だと思うのでしょうか。
私なりに3つ考えてみました。
①「誰かに見られている」という感覚
② 自分の意見は正しいのか?
③ 表現力の乏しさ
それぞれ自分なりに説明と解決策を書きます。
①「誰かに見られている」という感覚
まず、自分の使っているであろうSNSを頭に思い浮かべます。X、LINE、Instagram、Facebook、YouTube、TikTok…何でもかまいません。
それら全ての共通点とは一体何なのか。
「常に不特定多数に向けて発信している」
ということです。
SNS=ソーシャル・ネット・ワーキング・サービスなんだから「当たり前だろう」と思う人もいるでしょう。ただ、最近はこれを理解した上で発言している人って意外と多くないのではないか?と…
私の場合Xを主な活動場所にしています。なのでXを例として考えてみると、インプレッションが分かりやすいのではないでしょうか。
インプレッションとは、ポストが誰かの画面に表示された回数(自分自身のポストを見た場合も含まれる)です。必ずどのポストにも表示されるソレはたまに「あれ、このポストだけいつもより多いな」とか「よく見たら自分のポスト全体のインプレッションが地味に増えているような気がする」と感じる日もよくあります。一体誰がどうやって見ているのか…凄く気になりますし、怖いですよね。それに、自分の趣味や興味のあることを、他人に知られることが嫌だと思う人もいるかもしれません。
【①の解決策】
解決策はズバリ「発信し続けること」です。具体的な解決策とは言えないかもしれませんが、繰り返し行うことで不安という感覚がジワジワと確実に薄れていくんです。
恥ずかしすぎて「そもそもどこにも発信できないよ!知られたくないよ」という方に。例え発信せずとも「今感じている感情を書く行為」は自分自身の気持ちの整理をするための大切な行動ということだけ覚えておいてほしい。
定番ですが、まずはノートに日記をつけてみましょう。内容は適当(朝に○○を食べて~~思ったとか、スマホを見ていたらこんな記事があって~~思ったなど)でかまいませんし、無理やり毎日書く必要もありません。実際にやってみて書くのが楽しい、これからも続けられそうと感じてきたあなた!!
そのうち「誰かに見てもらいたい」という感情が芽生えてきたりします。そうなったらいざ「発信」です。内に秘めた欲望を存分に満たしましょう!
②自分の意見は正しいのか?
SNSといえば感情を吐き出すだけではなく、誰かと意見を交わす場所でもあります。そんなときに果たして自分の意見って他人にとってはどうなのか?と考えると、またしても不安を感じてしまいます。
【②の解決策】
基本的にどのような事柄に対しても意見は分かれるものだと割り切りましょう。それに、誰もが必ずしも正しい情報や意見だけを発信しているわけではありません。そもそもなにが「正しい」かというのも人によって違いますからね。
批判されるのを怖がる気持ちもよく分かります。私も誰かに鋭い言葉でチクチクと言われるのがすごく苦手です。そんな怖がり屋さんは、メモ帳に書くだけ書いてそっとしまっておくのもありです。
「怖いけれど自分の意見を誰かに見てもらいたい」人はまず壁打ちのアカウントを作るのをオススメします。壁打ちとは思ったことを独り言のようにつぶやくことです。フォロワーが1人もいないので、周りの反応を気にせず自由につぶやけますよ。
作る場合はプロフィール欄に「壁打ち」や「配慮無し」フォローされたくない場合は「フォローNG」など事前に書いておくといいと思います。
③表現力の乏しさ
「自分の気持ちを書きたいけれど、適切な言葉が思い浮かばない!」それに「言葉遣いが正しいのか分からない!」これは何かを文章という見える形にする上でずっと追いかけてくる永遠の問題です。私もこの問題と常に戦いながら記事や日記、小説を書いています。
【③の解決策】
私の場合ですが、前者に対しては「とにかく文章を読む」後者に対しては「気になった言葉は気になった時点ですぐ調べるようにする」です。
「文章を読む」というのは本だけではなく、記事や誰かのつぶやきなど様々なものを含んでいます。
(ですが今回の場合は"本"に注目して取り上げます)
本ひとつにとっても大きく分けて小説、漫画という区分の中にジャンルだったり媒体だったり……基本は自分の好きなものを読めばいいと思います。すると、読んでいく中で様々なシチュエーションに対する適応力が上がっていきます。「この場面ではこういう表現をすればいいんだ!」と理解しつつ「自分だったらこう表現しようかな」と想像してみる。この経験を繰り返し行う。そこに失敗はないので、成功体験の積み重ねになっていきます。
「調べる」
文章を書くうえでかなり大切な行為です。この記事を書いている最中にも「この言葉の使い方は、本当に自分が想定している意味で合っているのか?」と何回も検索をかけています。
普段から文章を書くという習慣がない方は、もしかしたらそもそも調べる回数が少ないかもしれません。そのため、スマホでなんとなく記事を見たけど理解が難しいとき。ゲームをプレイしていて、ストーリーを読んでいたら意味の分からない単語が出てきた時。他にも音楽で言えば、好きなアーティストの曲の歌詞の中でよく分からないものがある時など、気になったところがあればとりあえず調べてみるのをオススメします。
【まとめ】
「発信」することは対策しちゃえば怖くない!
発信することへの不安感を、ほんの少しだけでもこの記事で拭えたら嬉しいです。
最後まで読んでくださった方に感謝を込めて。