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死ぬための原動力

恐怖が私を突き動かし、そしてその恐怖によって私は壊れたのです
幼少期に私はすでに恐怖によって壊れていたのでした
大人になるには壊れすぎていたのです
歪み過ぎていたのです
永遠に欠陥品です 一生、出来損ないです
ひきこもりのまま、この人生を終えるのでしょう
ここでは他人から実際的な危害を加えられることは、今のところありません
そしてここは、何の役に立っていなくても死なずにいられてしまう場所
孤独ではありますが、誰からも必要とされていなくても、
生活させてもらえるのです
社会から隔絶され、一日を朝から晩まで自己否定に費やし、
くだらない感傷に使い果たしている
ぬくぬくと守られ、安定した虚ろな日々
私は生きたまま、日に日に腐っていくばかりなのです
「一度脱落してしまえば二度と戻ってこられない」
「社会復帰のチャンスなど無い」
その焦り、その恐怖
それこそが私の原動力だったのだと、今ならわかります
もう堕ちてしまいましたから
恐れていた穴の底に落ちてしまいましたから、だから私は動けなくなりました
原動力は消え失せたのです
やっとわかりました
夢も無く、なんの希望も持ち合わせていない私が努力し続けていられたのは、怖かったからなのです
ただそれだけ
ずっとずっと、怖くて仕方がなかったのです
今よりももっと辛く惨めな状況に堕ちていく恐怖こそが、
悲惨な今に耐える力を与えていました
ひとりでその恐怖に立ち向かうしかありませんでしたから
そのために私は自分を鍛え、向上させてきたのです
容姿が醜くても、学業成績を良くして、部活でレギュラーになり、
決して驕らず、人に優しく、時には冗談や自虐で人を楽しませることが出来れば、同性からはある程度慕ってもらえることが出来たのでした
友達になってくれた人達は皆、優しい人ばかりでした 素敵な人達ばかりでした
同性にいじめられたこともありましたが、数回だけで、どれも短期間なものでした
辛くてたまらなかったのは異性からのいじめでした
同性からのものとは違い、暴力もあり、
残酷さも執拗さも比較にならないほどのものでした
彼らは残忍さを競うように楽しんでいました
彼らにとって私は、人間ではありませんでした 
この世で一番汚いばい菌でした 
私は、生きる資格のないものでした
私の心を引き裂くことを何よりの楽しみにしている人々が待ち構えている所へと、毎日向かわなければいけませんでした
一日に何度も心を引き裂かれました
彼らは嬉しそうに笑います 楽しそうに笑います
その顔が、怖くてたまりませんでした
けれどその日常に耐えられなければ、それは文字通り「人生からの脱落」を意味していたのですから、耐えるしかありませんでした
いじめとは、集団から虐待されることです
たった一人、集団から虐待されることです
毎日でした 何年にも渡って続きました
家庭にも安らぎはありませんでした
私達は相手を肯定するよりも、否定することに忙しい家族でした
相手を言い負かしたり、力ずくで従わせることに満足感を覚える人間の集まりでした
学校で溜め込む鬱屈した感情をどこにも吐き出すことが出来ず、家に帰れば兄か姉のどちらかと揉めて、最後には暴力によって制裁を与えられる
泣きながらやり返しますが、勝てたことは一度もありません
家の中でも外でも、私の立場は、制裁を受けるべき最底辺の人間 反省すべき生意気な人間でした
どうしてこんなに上手くいかないのか、辛くて苦しいのか、それを自分で理解することも、伝えることも出来なかったので、誰も気付くはずがありませんでした
だからもちろん、そのことに対する家族からの励ましや手助けは一切ありませんでした
家族に自分の人格を否定されてしまうこと、自分の存在が疎ましいと露骨に態度に表されてしまうこと
家族であるはずなのに、敵のように思えてしまうこと
家族なのに、疎外されている気がする
家族なのに、家族なのに、私も家族なのに、嫌われている
私だけ、嫌われている
毎日そう感じることが苦しくて、私は次第に家族を嫌うようになりました 憎しみを持つようになりました
むしろ今思えば、家にいるときの孤独の方が私には辛いものだったかもしれません
他人に否定されるよりも、家族に否定されることのほうが何倍も辛かった気がします
一緒にいると、自分の人格的な欠陥がより鮮明に浮き彫りになってしまうようで、
自分こそが家族のお荷物であり、調和を乱しているという後ろめたさを感じずにはいられませんでした
私は孤独でした
けれど矛盾していますが、家族を憎んでおきながら、せめてそれ以上は嫌われまいと、自分でも自分を精一杯抑圧していきました
家族に好かれたいという気持ちはどうしても残ってしまうのでした
私の人格は、ありとあらゆる抑圧によって形作られたものです
日々は極限までの感情の抑圧と、爆発の繰り返しでした
そうして私は壊れ始めました
本心を上手く隠せるようにと一日のほとんどの時間、心の無い笑顔を作るようになりました
いつも何かを演じているような、常に自分にも他人にも嘘をついているような
本心はどこかに消えました
小学校高学年の頃には、自尊心はすっかり叩き潰されていたので誰かが笑ってくれるのなら、何の抵抗も無く指示されるままに土下座をするようになりました
私は同級生だけでなく下級生にも、何度も土下座をしたのでした
皆が笑ってくれました 私を見て、笑いました
虫けらのように扱われることで、駆除されることは当たり前だと思うようになりました
誰かが助けてくれるとは思わないようにしました 誰かに期待することはもうやめようと思いました
誰にも騙されないようにと誰も信じなくなり、誰も信じられなくなりました
信じている人は、一人もいませんでした
家にも学校にも居場所はありませんでした どこにも私の居場所はありませんでした
すべては、ただ怖かったからなのです 怖くてたまらなかったからです
心を許せる人がどこにも存在しないこの世界で生きていく恐ろしさは果てしないものでした
高校生の頃には、優しくしてくれる友人の笑顔も言葉も、恐ろしくてたまらないものになっていました
友人と笑い合っていても、楽しさを感じる余裕はありません
何か一つでもしくじれば、その笑顔は軽蔑に変わるのではないか
その言葉は痛烈な批判に変わるのではないか
その場に自分以外の誰かがいるだけで息苦しくてたまらなくて
けれど相変わらず逃げ場はどこにもありませんでした
疑心暗鬼の私は些細な言葉の棘を自ら探すようになります
誰かの何気ない一言で、たった一言で私は崩壊してしまうようになりました
激しい感情の起伏、その不安定さは自分でも手に負えないものになっていました
周りの人達はなぜ私が泣き出してしまったのか、わからないのです
急速に壊れていきました
友人の目を見れなくなって、口数が極端に減っていきました
日々、擦り減っていくのが自分でもわかりました
家に帰るとただ疲れ果てて、ぐったりと倒れ込みます
けれど家には親がいますから、あの人達がそばにいると自分の意思とは関係なく緊張して、強い抑圧を感じ、不安になったり、行くあてなどどこにもないのに家を飛び出したくなりました
一日の終わりには、疲労感だけが残りました
日を追うごとにおかしくなっていきました
電話が怖くなり、メールが怖くなり
人と会うときはもちろん、会わなくても、常に警戒態勢でした
簡単に出来ていたはずの心の無い笑顔さえも、上手く作れなくなって
それでも私は取り繕うために、無表情である方がよっぽどましと思えるような、気味の悪い微笑みをぎこちなく浮かべていました
綻びが隠しようもないほど酷くなっていることに自分でも気付いていましたが、
本格的に破綻に向かってがらがらと崩れていく精神に歯止めをかけられる気力は、残っていませんでした
人間関係のすべてが苦痛であり、拷問のようにしか感じられなくなりました
17歳のある日、ついに限界が来て、恐怖に潰れました
このまま大人になるということの恐怖に潰れました
自分がこのまま生きてしまうという恐怖に潰れました
そのとき、すべてが閉ざされました すべては取り返しのつかないものになりました
でもこれでようやく人生が終わってくれるのだと思いました
私はやっと安心したのです ほっとしました
実はずっと、潰されてしまうのと同じくらい、潰されずに続いてしまうことも怖かったのです
永遠にも思える孤独の日々がどこまで続いていくことが怖かったのです
しばらくすれば、人生はそんな簡単に終わってくれはしないと思い知ることになりますが、束の間、私は恐怖から解放されました
人生が取り返しのつかないほど壊れてくれて、嬉しかったのです
私を突き動かしてきたものはいつだって恐怖心です
すべてのきっかけは夢でもなく、希望でもなく、使命感でも、誰かへの思い遣りでもありません
常に根底に存在していたのは恐怖です
行動の土台は、迫害されることへの恐怖であり、
疎外され、人間としての尊厳を奪われることへの恐怖です
修復不可能なほどまで自分を壊されることへの恐怖です
すべては恐れていた通りになりました
その現実に襲われ、助かりませんでした
自分のこれまでの人生を振り返り、じっと見つめてみます
人生の恐ろしさがよくわかります
壊されたまま、それでも無慈悲に続いていくものが人生なのです
生き延びてしまえば、辿るであろう未来への恐怖に震えます
近いうちに、その恐怖に殺されることを知っています
きっと死ねるでしょう
怖いですから
怖くてたまらないので、首を吊るのでしょう
恐怖という、死ぬための原動力です
私を突き動かすのものは恐怖だけです
恐怖によって生き、恐怖によって死ぬのです
私にとって人生は恐怖以外の何ものでもありません
人生は、恐怖そのものでした

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