プラプラ堂店主のひとりごと⑧
〜古い道具たちと、ときどきプラスチックのはなし〜
漫画本のはなし
カメを買ってくれたおばあちゃんの名前はうめさん。店で買ってくれたカメで、ぬかどこを作って、持ってきてくれた。ぼくがあんまり感激したからかな。それ以来、ちょくちょく店に遊びに来てくれるようになった。ぼくは自炊を始めたことを話すと、料理のことをいろいろ教えてくれる。うめさんは本当になんでも知っている。レシピだけではない。食材の選び方、保存法、ちょっとした生活の知恵まで。今のぼくには、その全部が新鮮に思える。うめさんが毎日の生活をとても大切にしているのがいつも伝わってくる。
うめさんの家に使わない本棚があると聞いて、珍しくぼくから「買い取りたい」と申し出た。うめさんの家の物なら、きっと大切にされていたものに違いないから。
本棚を取りに行く日時を約束して、ぼくは車でうめさんの家に行った。本当に近所だ。部屋に通してもらい、本棚を見せてもらう。使い込まれた小さな本棚は、時間が刻み込まれた深い茶色だった。シンプルで使いやすそうだ。側面に赤いクレヨンやシールの跡が残っていた。思った通り、いい感じ!
本棚を車に積んで帰ろうとすると、うめさんがお茶をすすめてくれた。居間のちゃぶ台に座る。なんだかすごく落ち着くなぁ。家の中のものは全部、うめさんの愛情が注がれている感じがする。隣の台所にうちのカメを見つけた。ああ、もうすっかりうめさんのうちの子になっているなぁ。うめさんは庭の野菜のこと、今年漬けた梅干しのこと、なくなった旦那さんのことなど話してくれた。旦那さんが本好きと聞いてうれしくなる。好きだった本を聞いたら持ってきてくれた。
「これなのよ」
意外なことに漫画本だった。漫画といっても今のマンガ本と全然違う。化粧箱入りのハードカバー。本の表紙には布地が使われている。
「すごい…。かっこいいですね!オシャレだなぁ」
「今の若い人でもそう思う?昔は本は高価だったのよ。子どもの頃の本は焼けちゃったから、戦後にまた買ったんですって。すごく大事にしてたの」
ずっと大事にされていたのが、見るだけで伝わってきた。田河水泡の「漫画の缶詰」「のらくろ曹長」、島田啓三の「冒険ダン吉」牧野大誓の「長靴の三銃士」…。どの本もオシャレだ。中もオールカラーが多い。のらくろの顔がアップの表紙なんて、今見てもデザインがかっこいい。タイトルのフォントも、こだわりがすごいぞ。うわー!ぼくは思わず興奮してしまった。そして何より、どの本からも、長いこと大切にされてきた自信と喜びが伝わってきた。
…こどもの頃からこんなに長いこと大事にしているもの、ぼくにあったかな。ふとそんなことが頭をよぎった。いつも次々と新しいものが目の前に現れて、それがどんどん欲しくなった。
「もっと、もっと」
SNSでも、そう。日々いろいろなことをアップされて、自分もアップして…。それを見て何かをいって。そんな繋がりがないと心許ないような。それなのに、何をやっても孤独を感じるような。
でも、本当の孤独は、自分の意識が外へ外へといきすぎて、真ん中が空洞になることじゃないのかな…。
「ね、いい本でしょう?」
にいっと笑ったうめさんの顔が近づいた。はっと我にかえった。
「…ええ、本当に!」
自家製味噌をお土産にもらって家に帰る。本棚を取りに行っただけなのに、半日が過ぎていた。なんとゆっくりした時間の流れ…!会社員の頃ならありえないな。
でも、この時間も含めて、とても大事なことを教えてもらったような気がした。