【読書日記】1/19 (1200字)
これまで読んだ恋愛小説のベスト3は、『時雨の記』(中里恒子著)、『天の夕顔』(中河与一著)、『一瞬でいい』(唯川恵著)です。この3つに並ぶ作品を最近読みました。朝倉かすみの『平場の月』です。
青砥健将と須藤葉子が主人公の物語です。二人は中学生の時にお互いに好意を持っていたのですが、付き合うことはありませんでした。二人とも自分の結婚生活を解消した後、50歳になったときに再び出会います。
ぎこちなく惹かれ合っていく二人。でも過酷な運命が襲いかかります。須藤は癌にかかっていました。題の「平場」に大きな意味があります。私は知らなかったのですが、平らな場所という意味です。決して高いところではありません。
二人は社会的地位の高い人物ではありません。須藤はパートで生計を立てており、癌の治療費のことに頭を悩ませます。題の「月」にはいくつかの意味がありそうです。
青砥にとって須藤は「月」と言える存在であり、二人の恋自体が「月」と言えるかもしれません。決して楽しいとは言えない二人の人生を、照らし出してくれるものです。平らな場所にも月の光は届きます。華やかでない人たちの恋愛も尊いものです。
私がこの小説を好きな理由は、とことん現実的だからです。須藤は手術の後に人工肛門を付けるようになり、その臭いを気にします。恋愛小説のロマンチックな面からは程遠い内容と言えるかもしれません。やや極端とは言え、これが人間の現実です。
身も蓋もない言い方をすると、恋愛で楽しいのはほんの一時です。その後は現実的な事が次々と出てきます。この物語でそれは病気です。嫌なことや苦しいことが起これば、逃げたくなりますが、それで相手を見捨てたらとても愛とは言えません。どんな時も相手を見捨てないのが、本当の愛です。
青砥は癌で苦しむ須藤に寄り添って生きようとします。この決意は心を揺さぶります。自分の家に連れて行き、きめ細かに世話をするのです。癌の治療は順調に行くように見えます。そして、青砥は須藤にプロポーズをするのですが……。
なぜか須藤は青砥とは一生会わないと言ってしまいます。その理由は読んでいけば分かるのですが、切なすぎるものでした。青砥と会わないと言ったのは、須藤の優しさゆえではないかと思いました。
青砥が初めて須藤に会ったとき、彼は「太い」感じのする女の子だと感じます。この「太い」の意味がよく分からなかったのですが、結末近くで判明します。ここは胸に迫る場面です。須藤の不幸な家庭生活が影を落としていました。その「太さ」を彼女は、大人になっても持ち続けたのでしょう。
ひとり取り残された青砥が、須藤の「ちょうどよくしあわせなんだ」という言葉を思い出す場面が終盤にあります。ここでは涙が止まらなくなりました。二人の恋は不幸な結末を迎えましたが、「ちょうどよくしあわせ」だったことは間違いありません。つつましく生きた須藤にぴったりの言葉です。