忘れようと思っていた夢 #1
すみかさんの
こちらにもひそかにかぶるように記事書きます。
よく読んだら、みんながいっぱい記事書いているわけがわかりましたw
で、私の忘れようと思っていた夢の話です。
私は22歳で人生が変わってから、たくさんのことをあきらめてきました。
やりたかった仕事、結婚、子供。
たいていのことはあきらめきれました。
仕事は今の場所が気に入っています。
やりたかったことではないけれど、これはこれでよかったのだと納得しています。
結婚も、2回ほど直前にダメになっていますが1人目の人とはたぶん大変だったので何も後悔はないですw
もう一人の人とは残念だったとは思いますが、たぶん無理して生活していただろうなとも思うので、これはこれでよかったのではないかと納得しています。
本当に結婚したいと思ったら、結婚はできると思いますし。
(ん???ホント???w)
ただ、最後まであきらめきれなかったものが子供です。
もともと子供が大好きで、絶対に自分の子供がほしかった。
でも、私の病気だと子供に病気が遺伝する確率が高い。
「そんな風なかわいそうな子供をつくるのか」
と母親に言われて、何も反論できず、
妹の子育てを間近にみていると、
「私には無理だ」
とあきらめてしまいました。
いえ、たぶんあきらめようとしていたのだと思います。
妹に子供が出来た頃、旦那さんの仕事がいそがしかったため、妹はほぼ一人で子育てをしているようなものだったので、私と母はよく手伝いに行きました。
その時に、姪っ子の世話が大変だと思うより可愛くて可愛くてたまらなく感じてしまった。
私にすごくなついていたけれど、子供にとって一番はやはり母親。
当たり前のことでしたが、それを目の前にすると切なかった。
あの子がママにだっこされてるのも、「ママ」と呼ばれるのすらうらやましくてしかたなくて、夜ひとりでたくさん泣きました。
小さい頃から私がずっと遊び相手だったため、私に会うとずっとそばを離れないけれど、ママには敵わないことが当たり前なのに切なかった。
今はもう年齢的にも、体力的にも、金銭的にもあきらめがつき、姪っ子が全て、と思っています。
姪っ子が成長してくる過程で、私はあくまでも大人としてはつきあってはきませんでした。
ひたすら続くおままごと。
ひたすら続くかくれんぼ。
「よくやるね」
と言われても私は楽しくてしかたがなくて。
しばらく大人と話をさせてもらえないほど、ずっと一緒でした。
(例:「これ遊んでくれたら、ちゃわん洗わせてあげるから!」by姪っ子。女どもはキッチンに集まって話をするから)
そして、小学校2年生になった今、色々な質問、悩みごとを言ってきます。
そのたび一緒に悩んで考えています。
妹やまわりには大人の視線で接しろと言われますが、彼女にとって私はお友達の延長。ずっとそんな関係が続いていいと思っています。
そんな私の中でずっと
「子供に関わりたい」
という思いが強く、地域の活動に参加したりもしたのですが、子育てをしているわけでもない、保育士の資格があるわけでもない。
さらに精神疾患も抱えている。
そんな負い目から、その場所にはいられませんでした。
なので、すっかりあきらめていたのです。
でも、noteに出会って何かできることがあるんじゃないかと忘れていた夢を思い出しました。
私一人ではできない。
でも、だれかの助けをかりたり、だれかと一緒になら何かできないかな。
なんて勝手に思っていたりして。
きっかけは
この雑談会の中で出てきた
「居場所づくり」
というワード。
noteの世界って大人の私でもこんなに癒されたり、励まされたりして救われている。
思春期の頃の私にこんな世界があったら、どんなに生きやすかっただろう?
と思わずにいられません。
年齢的にnoteというわけにいかないかもしれませんが、他の方法だったとしても「居場所」というものはつくれないだろうか?
とずっと考えています。
考えていますがまだ名案は浮かばず・・・
子供達の話を聞き、悩みを聞いてあげたい。
けれど「こわい」という気持ちはつねにあります。
子供にとって誰かの一言って、めちゃめちゃ影響力がある。
私の一言で傷つけてしまったら?
私は子供の抱える問題に答えることが出来るだろうか。
そう思うと自信をもって子供と接することが出来るのか自信はありません。
でも・・・
そこまで子供達の奥深くまでは関わらないまでも、子供たちの笑顔がみたい。
それだけでいいのかもしれない。
そんな忘れようとしていた夢を、noteで思い出しました。