更級日記を読む(岡山大学過去問から)
岡山大学2014年入試
次の文章は、ある男性貴族が話し、問いをなげかけたことに対して、筆者と同僚の女性がそれぞれに答えを述べたことについて記したものである。これを読んで後の問に答えなさい。
星の光だに見えず暗きに、うちしぐれつつ、木の葉にかかる音のをかしきを、「なかなかに艶にをかしき夜かな。(1)月の隈なく明からむもはしたなくまばゆかりぬべかりけり」とて春秋のことなどいひて、「時にしたがひ見ることには、春霞おもしろく、空ものどかに霞み、月のおもても(2)いと明うもあらず、遠う流るるやうに見えたるに、琵琶の(注1)風香調ゆるるかに弾きならしたる、いといみじく聞こゆるに、また秋になりて(3)月いみじう明きに、空は霧りわたりたれど、手にとるぱかりさやかに澄みわたりたるに、風の音、虫の声、とりあつめたる心地するに。(注2)筝の琴かきならされたる、横笛の吹き澄まされたるは(注3)何ぞの春とおぼゆかし。また、さかと思へば、冬の夜の、空さへさえわたりいみじきに、雪の降りつもりひかりあひたるに、(注4)篳篥のわななき出でたるは、春秋もみな忘れぬかし」といひつづけて、「(4)いづれにか御心とどまる」と問ふに、秋の夜に心を寄せてこたへたまふを、さのみ同じさまにはいはじとて、
「あさみどり花もひとつに霞みつつおぼろに見ゆる春の夜の月」
と答へたれば、かへすがへすうち誦じて、「さは秋の夜はおぼしすてつるなるなりな。
今宵より後の命のもしもあらばさは春の夜をかたみと思はむ」
(『更級日記』による)
注1 風香調=琵琶二十六調のうちのひとつ。はなやかな調べとして王朝貴族に親しまれたという。
注2 筝の琴=十三絃の琴。
注3 何ぞの春=春が何だ、の意。「何ぞ」を体言的に用いて格助詞「の」に続けたもの。「何の春ぞや」に同じ。
注四 篳篥=中国伝来の竹製の管楽器。音色は哀調を帯びるとされる。
問一 傍線部(1)について
①現代語訳しなさい。
②また、男性貴族がこのように言ったのは、この夜の何を「なかなかに艶にをかし」と思っているからか、答えなさい。
問二 傍線部(2)(3)を現代語訳しなさい。
問三 傍線部(4)に関して筆者と同僚の女性の答えは、それぞれどのような内容であったか、簡潔に答えなさい。
問四 次の文章は、男性貴族が「春秋のこと」に関して述べたことについて解説したものである。これを完成させるために、空欄にふさわしい語句を解答欄に記しなさい。その際、同じ語句を何度使用してもかまわない。なお、文章中の「 」でくくられているところは、右の古文からの引用である。
男性貴族の意見は、季節の風物に関して、すべての季節に共通して空の( ア )]の見え方を重視しているようです。
冬の夜に関しては、一見何もふれられていないようですが単語「( イ )」の意味が( ウ )という意味であることに注意して理解すると、実はそれにふれていることになります。つまり、「冬の夜の、空さへさえわたりいみじきに」というのは、省略されている言葉をおぎなって現代語訳すると、
( エ )という意味になるからです。
また、男性貴族は( ア )の見え方に直接関係する、背景の空のありさまに、常に、同時に、注意をはらっているようです。だから、彼は、春については( オ )のことを言い、秋については( カ )のことを言っています。また、冬の場合には、空が「( キ )」、ということはつまり、空には何もないので( ク )の光を反映して共に光り合う、地上の( ケ )のことを言っています。
「春秋のこと」といっても、彼は自然の風物だけで季節を比較評価するのではなく、それぞれの季節に合った( コ )をも、必ず合わせて評価をしていることは、現代の感覚からすると、今昔の価値基準のちがいを感じて非常に興味深いことがらと言えるでしょう。
解答
問一
① 月が陰りなく照っているようなのは、(自分の姿があらわになりがちで)きまり悪くはずかしくなってしまうものだなあ。
② 月だけではなく星も見えない暗い時に聞こえる、時雨が木の葉に降りかかる音。
問二 (2)それほど明るくもなく
(3)月がとても明るい時に
問三 筆者は春の夜の月に心ひかれると答え、同僚の女房は秋の月の夜に心ひかれると答えた。
問四
ア 月
イ ひかりあひ
ウ 月の光に雪の光が合わさって
エ 冬の夜の月の光のせいで、自分の辺りだけではなく空までもがずっと澄みわたり、たいそう寒く感じる夜に
オ 霞
カ 霧
キ さえわたり
ク 月
ケ 雪
コ 管弦の音調
口語訳(春秋優劣論)
(ある夜、作者と同僚がいるところに、源資通がやってきて話しかけてきた。)
星の光さえ見えず暗い夜に、時雨が降って、(雨が)木の葉にかかる音に風情があるのを、
(資通は)「(こんなに暗いのも)かえって優美な風情のある夜ですね。月がくまなく明るいのも、(ものがはっきり見えすぎて)具合が悪く、恥ずかしいものでしょう」。(と言い、さらに、)
春秋の(優劣の)事などを話して、
「時節にしたがって見る場合には、春の霞は情趣があり、空ものどかにかすんで、月のあかりもひどく明かる過ぎもせず、遠く流れるように見えるの(そんな春の夜)に、琵琶を、風香調にゆるやかに弾き鳴らしたのは、たいそうすばらしく聞こえますが、また、秋になって、月がたいそう明かるいのに、空は霧におおわれていますが、(月は)手に取れるほどにさやかに澄みわたったの(そんな秋の夜)に、風の音も、虫の声も、(秋の風情を)とり集めたような気持ちがしますのに、(その上)箏の琴をかきならされて、横笛を吹きすまされたりすれば、なんの春(なんか)と思われますよ。
また、そうかと思えば、冬の夜の、空さえ さえわたり、たいそう寒いのに、雪が降り積もって、(月と雪が)光り合っているのに、篳篥の(音色が)震えるように聞こえてくるのは、春秋(の風情)もみんな忘れる(ほどすばらしい)でしょう」と語り続けて、(資通は、作者と同僚に)「どちらに御心を惹かれますか」と訊くので、(同僚は)秋の夜に心を寄せて答えられるので、そのようにばかり同じようには言うまいと思って、
あさ緑……浅緑の空に桜の花もいっしょに霞みながら おぼろに見える春の夜の月(に心を惹かれます。)
と(私、作者は)答えたところ、(資通は)繰り返し(私の歌を)吟唱して、「それでは、秋の夜は思い捨てたのですね。
今宵より……今夜から後の命がもしあるならば それでは春の夜を(あなたとの)思い出と思いましょう」
と言うので、秋に心を寄せた人(同僚)は、
人はみな……(私以外の)人はみんな春に心を寄せるようですね (それでは)私ひとりで秋の夜の月を見るのでしょうか
(と詠んだ。)