何も変わっていない
先日、みちるさんの記事を読ませて頂きました。
とても強いメッセージを感じたのと、私の実体験とも被るところがあったので少し書き残しておきたいと思います。
私は現在理学療法士として働いていますが、この道にストレートで進んだわけではなく、大学在学中から含めると社会人経験が3年ほどあります。
その当時私は洋楽(今は死んでしまったブリット・ポップ)にはまっていて「仕事は絶対にCDとかレコードの販売をやりたい!」
と強く志望して、大手企業から町のCDショップまで採用情報があれば、就職試験を受けまくっていました。
しかし、間口の狭い業種でしたし、一点縛りの無謀な就職活動をしていたので、特筆するような能力がない平々凡々だった私が当然採用されるわけもありませんでした。
しかもその当時は今でいう「就職氷河期」と言われる時代でもあったので、就職活動は厳しさを極めました。
「もう無理かな」とあきらめモードになっていた時、契約社員ではありましたが、正社員登用のチャンスもあるというCD・レコードショップの募集を見つけ、藁をもすがる思いでその会社を受けました。
今から20年以上前の話なのでどんな就職試験だったかあまり覚えておらず、採用試験後に「仮採用」という通知が来たことだけが記憶に残っています。
その後は学生であるにも関わらず、ショップ店員アルバイトとして大学4年生のほとんどを朝から晩まで就職先で働き、卒論もまともに書けないほど忙しい毎日を送りました。
それが「本採用」の条件だったからです。
「こんな学生の事を考えない就職採用過程を強いる会社って大丈夫か?」と脳裏に浮かんだ疑念や、「本採用されなかったら」という不安を押し殺し、ただ必死で働いていました。
それでも当時は念願の仕事ができるという気持ちも強く楽しかったんです。そのため、最終的に採用が決まった時には本当にうれしかったです。
就職してからの2年間は懸命に働きました。
店舗整備、新譜販売、在庫管理、セールの企画・準備、中古品の買取、新店舗の手伝いなど目が回るような忙しさでした。そのため休日はぐったりしてしまい、ほとんど自宅と店舗の往復でした。
懸命に働いてはいましたが、それによって特に待遇が良くなったり、正社員の話が出てくることはありませんでした。
同じ境遇であった同期の仲間が一人また一人と辞めていく中、
「このまま、このあと、自分はどうなっていくんだろ?」
と思っていたそんなある日、私は仕事に遅刻をしてしまいました。何故かそれがとてもショックで先輩社員の前で泣いてしまったことがありました。
そこから何か糸が切れたように、今まで頭の片隅にあった会社への不信感や将来の不安が次第に大きくなってくるようになり、仕事へのモチベーションが保てず、結局24歳でこの業界から身を引く決断をしました。
「自分は一緒に働いていた同僚ほど音楽が好きじゃなかったんだ」
と当時はそう思うことで逆に自分を正当化していました。
振り返ると「ただいい様に使われていただけ」だったんだと思います。
だからこそ、みちるさんの記事の冒頭にある「日本の若者が夢をあきらめる平均年齢は24歳」というフレーズがとても衝撃的でした。
いくら景気が良くなったとか、テクノロジーの革新や社会構造が変わり、働き方改革が進んでいるなどと声高に言っても、結局「何も変わっていないんじゃないか?」とそう思わずにはいられません。
今の仕事を選んだのも、この苦い経験があったからこそ「手に職をつける必要がある」とそう強く思ったからです。
当時はあまり感じませんでしたが、みちるさんの記事を読んで、自分は一度社会に絶望したんだなと気づかされました。
今ならそれを含めて自分の財産だと言えますが、それには取り巻く環境が大きく関わってきます。
ここまで来るのに私も努力はしましたが、両親を含め周囲には本当に助けてもらいました。
不平等な社会を変えるなんて大それた事は無理ですが、両親が私にしてくれたように、子供が道に迷った時には優しく助けてあげたいと思っています。
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