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理学療法士の仕事は好きだけど・・・この”だけど”の心理状態

理学療法士として勤めていた中で、部下から相談された時よく聞くセリフの一つは、
「理学療法士の仕事は好きです。だけど・・・」というセリフ。

仕事内容としては嫌いではない。ということ。
でも決して没頭するくらい、夢中になるくらい好きでたまらないということではないです。「好き」というよりは「嫌ではない」に近いと思います。

なぜこのようなセリフを多く聞くことになるのか。最近の自己理解を通して気付いたことも含めて書いてみようと思います。


「好きですけど」の意味

この「好きですけど・・・」という発言がでるまでの、心のささやきは何だとおもいますか?
治療業務以外のストレス?
給料が安い事での不安?
いわゆる成功者になれない?

私には多数の人が「大好きにはなれないんです」という事を伝えたいのだと感じていました。夢中になれない、全力を尽くしきれていない、不完全燃焼だという訴え。自分はもっとできるし、本当はやりたいと思っていると。

訴えの向きが違うと労働環境や体制に不満を訴えるだけの人になってしまいます。自分が仕事に夢中になれないのは環境要因が一番大きいと考えるようになってしまいます。

医療者に多い思考

これは自分が20年以上の病院勤務の上で感じてきたことなので、事実ではないかもしれません。

医療者に多いなぁと思う思考があります。それは自分の価値を自分で信じることができないために、人を助けることで自分の存在意義を証明しているという人。自分もその一人だったなぁと感じるのですが、以外にこのタイプは多いと思います。(もちろんですが、純粋な他者貢献を考えている人もいるのは確かです!)

このようなタイプの人は、自分が必要とされていると感じたい欲求も大きいため、医療職には適職と思われがちです。しかし、医療現場ではリスク管理が重要視され、様々なルールと管理が厳重です。つまり自分がミスをして評価を落とす危険がたくさんある環境になります。この環境下では人を助けたいという考えよりも、自分がミスをして価値を下げることがないように最大限の注意を払うことに尽力してしまいます。つまり自分を守ることに精一杯になりやすく、疲労感は重く、重くなっていきます。

本当の好きは何か

数日間の休みをもらったら、何をしますか?この質問に昔の自分はどのように答えたかというと、「一人になってぼーとして過ごしたい。一人で美味しいものとお酒を飲んでダラダラ過ごしたい」という感じでしょうか。

これは何を言いたいのか。仕事は自分の出来ない事がばれないように自分を守ることに尽力を尽くす。つまり人は協力者ではなく暴露者。警戒していないといけないと無意識に考えていると、一人になった時にやたらホッとするのです。

では、自分には揺らがない価値があるとわかり、他者は協力者なんだと分かったとします。むしろミスがあったら成長できると考え、人を警戒することなく、自分を守る必要が全く無くなったとします。
どんな仕事が出来ますか?どんな挑戦をしたいですか?本当のしたい事は何ですか?一人になることは好きな事ではなく、安全地帯に入ること。職場が安全地帯だとすれば何をしたいですか。休みの日には何をしたいですか?

いつの間にか、好きなこと=安全地帯に入る という思考があるとすれば、本当の好きなことを考え直すことをおすすめします。

まとめ

医療従事者の働く動機の重要な要素としての、「人の助けになりたい」。

この裏にある心理状態として、自分の価値を、存在意義を証明するのであれば、自己防衛のための行動が現場では多くなりやすいのではないかと、自分の経験から感じてきました。

自分の価値の証明が働く動機になった場合、その仕事に夢中にはなれません。そこには仕事の目的、最終到着地点などは明確に決められないからです。そして、人の評価に自分の価値の証明を委ねることになるので、自分で頑張ることと比例することばかりではない現状もあります。

本当に自分が好きなこと、夢中になれることを見つけだすこと。これが「好きなんですけど・・・」という発言をする人に必要な事だと思います。
もちろんですが上記以外の理由もあります。あくまで経験上多かった事例を挙げているだけですので、参考までにしておいて下さい。決めつけは良くないですからね。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

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