【記憶】記憶と学校の勉強について
学校の勉強において記憶は必要不可欠なものだ。
高校の勉強になると記憶だけではどうにもならないこともあるけれども、小中学生の勉強であれば、記憶だけでカバーできることが多い。
例えば、英語一つとってみても、よくよく中学生の英語を見ていると、まずは単語だったりフレーズだったり、文構造だったり、記憶すればなんとか点数を確保できることが多い。
もちろん根本から理解して考えられるようになったほうがいいんだけど、そこまでできる中学生の方が少ないから、僕はまずはそれぞれの文法の型を体に叩き込めと教える。
例えば、現在進行形であれば『be動詞 + ing』の形が基本であり、疑問文になればbe動詞が主語の前に出てくるし、否定文になるとbe動詞の後ろに『not』がつくようになる。
まずはこの形をしっかりと覚えて体で覚えてしまうことが重要だと思っている。
だから、僕はその基本の形になっていないミスは許さない。
それができたら次は単語なんだけど、単語はもうある程度時間をかけて量で覚えていくしかないだろうと思う。
単語がわからなければ、たとえ型を覚えたとしても文章を作ることはできない。だから、これらは同時進行で覚えていく必要があるんだ。
だけど、それができないから(本当はただやりたくないだけだが)英語がイヤだという中学生はたくさんいる。
ただ、実際記憶するのはそうラクなことではない。
誤解してほしくないのは、決して難しいことではないが、ただしんどいことであるということである。
どのようにして覚えれば良いのか、という質問は生徒からよく受ける。
それに答えるためにはまず記憶がどのようにして定着していくのかについて理解する必要がある。
多分、ここは以前にも書いたことがあるところだと思うから軽くにするが、僕たちの記憶は『感覚記憶→短期記憶→長期記憶』という順番で半永久的な記憶になっていくと考えられている。
感覚記憶とは、 まず五感を通して体内に取り込まれた刺激を約25m秒間保管しておく記憶だ。
だから、ほぼほぼ僕たちはこのフェーズに気づくことはないんだ。
感覚記憶に保管された情報の中の全てに僕たちはフォーカスできるわけじゃない。
僕たちが注意を向けられるものは信じられないほど少ない。だから、本当に必要の情報にのみ注意を向ける必要があるんだ。
そして、そうやって注意を向けられた記憶だけが短期記憶に保管される。
学校や塾で習った知識、見た単語などはこうして短期記憶に保管されることになる。
なんだけど、そこから長期記憶に移らないから、いつまで経っても同じことをしないといけなくなるわけだ。
だから、どのようにして長期記憶に情報や知識を移行させるのかを考える必要がある。
それを考えるためには長期記憶をもう少し細かく細分化する必要がある。
長期記憶には『宣言的記憶(declarative memory)』と『手続き記憶(procedural memory)』の二つがあるんだ。
ちなみに"declarative"(= 宣言的な)という単語は"declare"(= 宣言する)という動詞の形容詞形で、"procedural"(= 手続きの)は"procedure"(= 手続き)の形容詞形なのね。
せっかくだから覚えてみてね。
少し余談が挟まったんだけど、まずは宣言的記憶から話してみようと思う。
宣言的記憶はさらに『エピソード記憶(episodic memory)』と『意味記憶(semantic memory)』の二つに細分化することができる。
エピソード記憶っていうのは、自分自身の体験だったり物語の記憶に使われる記憶のことなんだよね。
この記憶はどちらかというとまだ楽な記憶で、なんでかというと、例えば、みんなも一回見た映画のストーリーとか、自分が経験したことってがんばえて覚えようとしなくても覚えてるよね?
つまり、1回覚えてしまえばあまり忘れないのよ。
逆に意味記憶は、それこそ学校で習う客観的事実に関する知識だったり情報のことだよね。
例えば、『水は水素と酸素でできている』ってのは意味記憶だよね。
この記憶に定着させるためには『リハーサル』っていうのをしなくちゃいけない。『リハーサル』ってのは繰り返しのことだ。
何回も何回も口に出して言ってみたり、書いてみたり、問題を解いてみたりして初めて記憶に定着してくれる。
英単語も同様に、どちらかというと、意味記憶として定着させないといけない。そして、そのためには何度も繰り返す必要がある。
何回も何回もその単語を見て、その意味を思い出すっていうプロセスを繰り返さなければ単語なんて覚えない。
たまに、語呂合わせで英単語を覚えようって本もあるんだけど、それはエピソード記憶にアクセスしようとしているわけだよね。
この前本屋さんで立ち読みした語呂合わせで覚える英単語みたいな本に"arrogant"っていう単語が出てきたのよ。
『傲慢な』って意味なんだけど、まぁ間違いなく中学生は知らないね。
で、その本には『アラ、ガントばしてるわ、傲慢なヤンキーが(あら、ガン飛ばしてるわ、傲慢なヤンキーが)』っていう語呂合わせが載っていた。
こうすると、僕たちは頭の中に映像を思い浮かべることができる。
この瞬間に意味記憶じゃなくてエピソード記憶に変わるってことなのね。
だから、覚えやすいんだ。
学校の勉強でもどちらかの記憶を上手に使う必要があるだろうね。例えば、歴史なんかだと、難しい感じの人命や法律の名前、戦争の名前が山ほど出てくる。
けど、それを覚える前に、とりあえず出来事の流れを物語のように記憶する方が良いだろう。
歴史が好きな人はそれが得意な人なんだと思う。こんな出来事が起きてこの人がこうしたから、こんなこのが起きて、その結果こんな法律が生まれたんだよねって感じで、流れが入っていると、一つ一つ独立した情報として脳内に収める必要は無くなるんだ。
僕はそれが得意じゃなかったから歴史は好きじゃなかった。
けど、その方が楽に覚えられると思うんだよね。
ただ、それができないものもあると思うから、それは地道にリハースするしかないのかもね。
だから、僕も生徒たちには『そんな楽に覚えられる方法なんかないから何回も何回も見て、思い出す過程を踏め』って言うのね。
まぁ、ほとんどの生徒がめんどくさがってやんないけどね。そりゃできるようになるわけないよね。笑
記憶と学校の勉強について。
最後まで読んでいただきありがとうございました。