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心理学者人物列伝その9 ヴォルフガング・ケーラー

ヴォルフガング・ケーラー

ヴォルフガング・ケーラーってどんな人物?生涯や豆知識、エピソードをわかりやすく解説!


ヴォルフガング・ケーラー:洞察と革新の心理学者

この記事では、マックス・ヴェルトハイマーやクルト・コフカらとともに、ゲシュタルト心理学の発展に寄与したヴォルフガング・ケーラーの生涯を紹介します。
また、ケーラーは類人猿の認知機能に関する研究でも知られ、学習理論の発展にも大きな貢献を果たした人物です。
 
ドイツやアメリカで活躍したケーラーの生涯とは、どのようなものだったのでしょうか。
偉大な心理学者の生涯を年代ごとに紹介します。

帝政ロシアからナチス時代のドイツ、そして新天地アメリカへ

1887年、エストニアのレヴァル(現タリン)に生まれたヴォルフガング・ケーラーは、20世紀の心理学に革命をもたらした人物の一人。バルト・ドイツ人(ドイツ系エストニア人)として生まれ、若くしてドイツへ渡ったケーラーの人生は、まさに激動の時代を体現していたと言えるでしょう。
 
彼の父、フランツ・ケーラーは大聖堂学校の校長でした。1893年、教師兼司書としてヴォルフェンビュッテルに赴任したことで、若きヴォルフガングもその地で文法学校に通うことになります。この環境が、後の彼の学問的好奇心を育んだのかもしれません。ヴォルフェンビュッテルは、ゴットホルト・エフライム・レッシングが図書館長を務めた地としても知られており、豊かな文化的・学問的雰囲気に囲まれて育ったことが、ケーラーの多角的な思考の基礎を形成しのかもしれません。
 
ケーラーの学問の道は、チュービンゲン大学(1905-06年)、ボン大学(1906-07年)、そしてベルリン大学(1907-09年)と続きます。この時期、彼は哲学、自然科学、心理学を広く学び、学際的なアプローチの基礎を築きました。特筆すべきは、ベルリン大学で物理学の巨人マックス・プランクや心理学の権威カール・シュトゥンプに師事する機会を得たことです。プランクから量子力学の革命的な考え方を学び、シュトゥンプから実験心理学の厳密な方法論を吸収したことは、後のケーラーの研究スタイルに大きな影響を与えました。
 
1909年、ケーラーは「音響学的研究」という題目で博士号を取得します。この研究は、物理学と心理学を融合させた先駆的なもので、音の知覚に関する新たな洞察を提供しました。例えば、音の高さと音色の関係や、和音の知覚メカニズムについての考察は、後の音楽心理学の発展にも寄与しています。
 
その後、フランクフルト・アム・マインの心理学研究所でフリードリッヒ・シューマンの助手として働き始めます。ここで彼は、後にゲシュタルト心理学を共に創設することになるマックス・ヴェルトハイマーとクルト・コフカに出会うのです。この出会いは、心理学史上最も重要な協力関係の始まりとなりました。

チンパンジーとの対話:テネリフェ島での画期的研究

 1913年、ケーラーの人生に大きな転機が訪れます。カール・シュトゥンプの推薦により、わずか27歳でカナリア諸島のテネリフェにあるプロイセン科学アカデミーの「Anthropoidenstation(類人猿研究所)」の所長に任命されたのです。この任命は、彼の学術的キャリアを決定づけただけでなく、第一次世界大戦の勃発によって彼の命を救うことにもなりました。
 
テネリフェ島での7年間(1913-20年)、ケーラーはチンパンジーの問題解決能力に関する画期的な実験を行います。彼の最も有名な実験の一つに、「迂回問題」があります。チンパンジーの檻の外に餌を置き、直接手を伸ばしては届かない状況を作り出しました。チンパンジーは最初は無駄に手を伸ばしますが、やがて周りにある棒を使って餌を引き寄せるという解決策を「突然」思いつきます。ケーラーはこの瞬間的な問題解決を「洞察」と呼び、単純な試行錯誤とは異なる高度な認知プロセスが働いていると主張しました。
 
また、「箱積み実験」では、高い位置に吊るされた餌を取るために、チンパンジーが箱を積み重ねて足場を作る様子を観察しました。これらの実験を通じて、ケーラーはチンパンジーが単純な道具を考案して使用し、簡単な構造物を作る能力を持つことを明らかにしています。

類人猿の知恵実験

ゲシュタルト心理学の誕生:全体は部分の総和以上である 

1920年、ケーラーはドイツに戻り、ゲシュタルト心理学の発展に本格的に取り組みます。
1922年には、恩師カール・シュトゥンプの後を継いでベルリン大学心理学研究所の所長に就任。ここで彼は、マックス・ヴェルトハイマー、クルト・レーウィン、カール・デュンカーらと共に「ベルリン学派」と呼ばれる、ゲシュタルト心理学の中心的グループを形成します。
 
ゲシュタルト心理学の核心は「全体は部分の総和以上である」という考え方にあります。
この理論は、人間の知覚や思考プロセスを理解する上で革命的なアプローチを提供しました。ケーラーたちは、私たちが世界を知覚する際、個々の要素を別々に処理するのではなく、パターンや全体的な構造として捉えると主張したのです。
 
例えば、ゲシュタルト心理学の重要な概念の一つに「図と地の分化」があります。これは、私たちが視覚的な場面を「図」(注目する対象)と「地」(背景)に自動的に分割して認識するという現象です。この考え方は、知覚心理学だけでなく、芸術や広告デザインにも大きな影響を与えました。
 
また、ゲシュタルト心理学は「プレグナンツの法則」(良い形態の法則)を提唱しました。これは、人間の知覚が常に最も単純で安定した形態を求める傾向があるという考え方です。例えば、不完全な円を見たとき、私たちの脳は自動的にそれを完全な円として認識しようとします。この法則は、私たちの知覚システムが如何に能動的に世界を構造化しているかを示しています。

左から、K.レヴィン、K.カッツ、H.ワーナー、M.カッツ、W.ケーラー、A.ミショット、E.ルビン、M.ヴェルトハイマー

新天地アメリカでの活躍:ゲシュタルト心理学の普及者として

アメリカでケーラーは、ペンシルベニア州のスワースモア大学で教授職を得ます。ここで彼は20年間にわたり教鞭を執り、アメリカの心理学界に大きな影響を与えました。スワースモア大学での彼の講義は、多くの学生や若手研究者を魅了しました。ケーラーは、複雑な概念を分かりやすく説明する才能があり、彼の講義は常に満員だったと言われています。
 
この時期、ケーラーは研究テーマを少し変え、知覚心理学に重点を置くようになります。
特に、視覚の恒常性(大きさの恒常性や明るさの恒常性など)に関する研究を深めました。これらの研究は、私たちの知覚システムがいかに環境の変化に適応し、安定した世界像を維持しているかを明らかにしました。
 
1956年にはダートマス大学の研究教授に就任し、さらにアメリカ心理学会の会長も務めています。アメリカ心理学会の会長としての彼のスピーチは、心理学の将来について深い洞察を提供し、多くの研究者に影響を与えました。
 
ケーラーは、アメリカでの生活を通じて、ゲシュタルト心理学の普及に尽力しました。彼は自由に講義を行い、毎年ベルリン自由大学を訪問して教授陣のアドバイザーとしても活動しました。この定期的な訪問は、東西の心理学の架け橋としての役割も果たしています。冷戦期において、このような学術交流は非常に重要な意味を持っていたと言えるでしょう。
 
また、アメリカの心理学者たちと共同研究を行い、熱心に議論を交わすことで、アメリカの心理学との接点を保ち続けました。特に、認知心理学の発展に大きな影響を与えたジェローム・ブルーナーとの交流は有名です。ブルーナーは後に、ケーラーとの対話が自身の理論形成に重要な役割を果たしたと述べています。

ジェローム・ブルーナー

その後1967年6月11日、ニューハンプシャー州エンフィールドでケーラーは80歳で生涯を閉じました。心理学の研究に生涯を捧げた彼の構成気は、現代においても大きな影響を与え続けています。
 
<h2>ヴォルフガング・ケーラーの豆知識やエピソードについて
ケーラーの学者魂を彷彿とさせるエピソードを紹介します。
このエピソードは、学問に対するケーラーの矜持(きょうじ)を示すものと言えるでしょう。

ナチスに抵抗した良心の科学者

1933年、ナチス政権が台頭する中、ケーラーはドイツの心理学の大学教授として唯一、ユダヤ人教授の解雇に公然と抗議したケーラー。彼は新聞記事を通じて、この不当な措置に対する強い反対意見を表明しました。この勇気ある行動は、彼の学問的誠実さと人道的な信念を如実に示しています。ケーラーの抗議は、当時の学術界に大きな波紋を投げかけただけでなく。当時の科学者の社会的責任という観点からも、非常に重要な意味を持つものでした。
 
しかし、この抗議は代償を伴いました。1934年から35年にかけて、ケーラーの研究所は国家社会主義者の攻撃と介入の標的となります。重要な意思決定から外され、優秀な助手たちを失ったケーラーは、研究の自由が著しく制限される状況に直面しました。
 
この困難な状況の中、ケーラーは自身の研究と学生たちの教育を継続しようと努力しました。しかし、政治的圧力が増す中、ついに1935年8月に引退を申請し、同年アメリカへ移住することを決意します。この決断は彼にとって非常に苦しいものだったものの、新天地アメリカにおいて、ケーラーはやがてアメリカ心理学会会長に就任したのでした。

ヴォルフガング・ケーラーの生涯まとめ


今回は20世紀初頭を代表する心理学者ヴォルフガング・ケーラーの生涯をざっくりと解説しました。波乱万丈の人生を送ったケーラーですが、彼の業績は現在に通じるものであり、心理学全体の発展に多大な貢献をしたのは間違いありません。
 
ケーラーの理論やゲシュタルト心理学については、心理学【カレッジ版】(医学書院)に詳しく書いています。心理学を学ぶ方にとって「一生使える参考書」ですので、ぜひこちらもご参考ください!
 
また、マックス・ヴェルトハイマーに関するこちらの記事と併せてお読みいただくと、より一層理解が深まりますよ!
 
 



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