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【書評】「さみしい夜にはペンを持て」から始まる、日記を未来につなぐということ

毎年1月1日に必ず考えることがある。
「今年こそ、日記を書きたい」

過去には分厚い10年日記や3年日記を買ったこともある。でも、びっくりするくらい続かなかった。
「日記を見て昔の自分が何やってたかがわかったら、絶対に楽しいだろうな」と思うのだが、そんな未来の自分より今、今の自分が「書くのめんどくさ…」と言っているのだ。その感情に流され、数ページだけ描かれた分厚い日記帳を過去何度もゴミに出した。見られたら恥ずかしいと感じるほどの内容も書かれていない、なんとも浅い日記帳たち。

そんな私が2024年、なんと、人生ウン十年で初めて、日記を続けられている。1月も半ばで購入した日記帳、今日で連続15日目。
その要因は、ページの大きさ。1日1ぺ―ジのA5サイズ。今まで、日記は書くボリュームが少ない方が負担が少なくて続けられると思っていた。でも逆だった。スペースが小さければ小さいほど、その日に起きたこと、感じたことから吟味して厳選して書かないといけない。私はこれができなかったのだ。1日1ページだと、その日に起きたこと感じたことを脳内から全部、書きつけられる。これが気持ちいい。なんとも言えないモヤモヤした気持ちも、紙に書き出すとなんとなく安心する、不思議な感覚。


中身は秘密!思いっきり何でも書ける大きさが気持ちいい。

そんな時に出会ったのがこの本。「さみしい夜にはペンを持て」。「嫌われる勇気」を書かれた古賀史健さんが書かれている。
私が日記を書くことを通して知った不思議な安心感を、言葉にしてくれる本だと思った。買う前はそのタイトルから、感情に向き合う言語化のためのハウツー本、いわゆる自己啓発系の本だとも思っていた。

ところが、届いてみてびっくり。美しく繊細でカラフルな、海の中の表紙。中心には、鉛筆で何かを書きつける、タコの姿。そう、この本は、タコジローという内気な中学3年生男子と、公園で身を隠すように仮住まいしているいかにも怪しげなヤドカリのおじさんとの物語なのだ。

画像はお借りしました

思春期特有の友人関係やさみしさ、親に対するイライラ。タコであることで魚の友人たちからからかわれ、ついに学校をさぼって公園に向かったタコジローは、たまたま出会ったヤドカリのおじさんから日記を書くことをすすめられる。

書くってね、自分と対話することなんだよ。ただ頭の中で考えるのは、算数の難しい計算を頭の中だけで考えているようなもの。文字を書くのは筆算。消しゴムで消すこともできる。

10色入りの色鉛筆と、100色入りの色鉛筆。ここから見える風景を絵に描くなら、100色の色鉛筆の方がいいよね。
ぼくたちが何かを書こうとするとき、『使えることば』をたくさん持っている方がいい。だから、ボキャブラリーは多い方がいい

日記を書くことに対して気が進まないタコジローに対するおじさんの答えが、最近日記を始めたばかりの私の心に沁みてくる。

「出来事ではなく、考えたことを書く」そのやり方や、「ネガティブな感情を、日記に素直にどうぶつけるか」など、書くことを通して自分を俯瞰して見る感覚を優しく教えてくれる。子どもにもわかりやすいやさしい言葉と海の中の物語。でも、大人の心にもそっと入ってくる。

今まで脳内をダダ漏らしにしていただけの私の日記も、この本を読んで大きく変わった。「日記は、書くものではなく育てるもの、秘密の読み物」。自分という主人公のストーリーを、未来の自分という読者のために書く。この感覚を知ってから、「未来の自分なら今の自分をどう応援してくれるだろうか」「モヤモヤした現状がこの先のストーリーでどう展開し、解決していくのか」そんな新しい感情が生まれた。今はもっと、日記を書くことが楽しい。日記を書くという行為を通じて、自分の未来を、今確実に作っている。今日という過去を振り返っているのに心は未来を向いている不思議な感覚。これを知ることが出来たのは、タコジローとヤドカリのおじさんのおかげである。

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