青空魔獣と飛行機雲
生命の始めが天空にある。
新たに大地へ産み落とされた青空魔獣の心は、既に破壊の只中にあった。
獣のマスクを生来より身につける彼は、まず私へ向け怨嗟の叫びを上げた。
「俺は何だ。貴様は何だ」
建造物の残骸を滅多矢鱈に殴りつけ、倒壊音を背に眼前の私を非難した。
私のヤワな身体を覆う鎧には、彼の同族の外殻を幾重にも使った。
敵意をぶつけるのも当然だ。
「俺はなぜ産まれた」
自然の摂理から大きく外れた豪壮な白銀の外殻は蠢き、右腕を大型の銃へと変形させた。
「呪われろ」
ガ コ ン
崩れるビルや、道路の破砕音よりも。巨大な歯車が回転するような激しい駆動音を響かせ、ビーム砲が金色の破壊エネルギーを世界に叩きつけた。
彼の激情が発現したかの如き閃光である。
まともに浴びれば、私の顔も黒髪も粉微塵に吹き飛び血の一雫も残らない。
(修羅)
私はただ鎧の名を――死んだ青空魔獣の名を脳内で唱える。
掌を前方に翳した。
瞬間。生成された不可視の防御壁は、極大の光を真っ向から受けた。
島に彼と私以外の生命反応はゼロだ。
故に産まれたての太陽に文明の残骸もろとも呑まれつつも、私は平静だ。
思うことがあるとすれば、引き続き修羅の名前のみだ。
亡き夫の名前のみだ。
光が失せた。
遺されたものは無尽蔵の砂漠と、またも死に損なった私と、力を使い果たし蹲る若者だ。
「お前は誰だ」
彼は命を拾ったものの、自身の光が逆流し消耗した。
だが、なおも問う。
「俺は誰だ」
「飛行機雲」
「……何?」
「空を見な」
彼は呆然とした様子で従う。
青い大空には、一筋の雲が真っ直ぐ飛翔していた。
「あれはあんたが産まれた証拠。それだけさ」
青空魔獣は空を見つめる。
マスクは砕け、私たちの種族に似た顔も露わだ。
「あと、『私が誰だ』って?」
その瞳には透明な液が溜まる。
「私の名はエリア。教師だよ」
涙だ。
「あんたを守りにきた」
【続く】
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