卒業論文の書き方(放送大学の場合)
ぼくは、放送大学で3回卒業研究(卒業論文の事、以下卒研)を書いてて提出しています。その過去の経験を細やかながらご披露したいと思います。
卒業論文には日頃の意識が大切
常日頃問題意識を持って、放送授業や面接授業を履修することをお勧めします。しかしながら、これらの授業はあくまでも受け身の学びです。卒業研究は、自らテーマを設定して、参考文献を読み、目次を立て論理的な文章を組み立てて行かないとなりません。
テーマの設定には過去の履修者のテーマ一覧や全文掲載(こちらは在学生が閲覧できる学内WebサイトWAKABAに掲載)の論文を参照するのも役に立ちます。
卒業論文の必要条件
この点を詳しく説明しているのが、「放送大学卒業研究履修の手引」の中の野崎歓教授が執筆されている項目です。長くなりますが、引用させて頂きます。
「自分の関心のある対象について、 あれこれ調べ、くわしい情報を得る。 それは日々の暮らしのうちでだれしも、多かれ少なかれ、 行っていることでしょう。卒業研究の基盤にも、そうした個人的な興味にもとづく知識への欲求があるべきです。 しかしながら、それを卒業研究として価値あるものに発展させるためには、三つの事柄が重要になってくるはずです。
①学術的な知識を深めること:インターネットで得られるような知識に留まることなく、 重要な文献を広く参照し、その分野の研究がどのように進展してきたかを知る。
②論理的な構成を整えること:単に感想を綴ったり、調べたことを羅列的に記したりするのではなく、 研究論文としての明快な論理、論旨を練り上げる。
③文章表現を磨くこと:論文の実質をなす「言葉」自体を、人に読んでもらうに値するレベルにまで推敲する。
以上の3点を心がけるならば、大学生活の総まとめとして、充実した研究成果を仕上げることが可能になるはずです。指導においてもこれらの点を中心に、研究の進展のためのお手伝いをするつもりです。ただし最も大切なのは学生の自発的な意志であることは、忘れないでいただきたいと思います」。
卒業論文を始めるにあたって
卒業研究ガイダンス
まず最初にやらなければならないのは、「放送大学卒業研究履修の手引〜20◯◯年度履修者用〜」(手引)の入手です。全国の学習センターで6月1日から配布が開始されます。また、放送大学学生課卒業判定係が全国規模で開催する「卒業研究ガイダンス」(ガイダンス)に参加もした方が良いです(これに申し込むと手引も送付されて来るので、わざわざ学習センターにもらいに行かなくも良いかもしれません)
ガイダンスは、卒業判定係の係員が丁寧に事務的手続きを説明してくれた後、担当教授が論文とはどういうものか、論文に必要な事項、論文執筆にあたっての注意事項を説明してくれます。ガイダンスは、ほぼ全ての学習センターで開催しますが、オンラインのみでの開催も少なくありません。なので、全国どこに住んでいてもお好みの先生が担当するオンラインガイダンスがあるかもしれません。
卒業研究質問箱
これから個別的な卒業研究の進め方に入ります。
卒業研究質問箱(質問箱)
6月1日から7月31日までの期間限定開設
自分の研究テーマ、研究計画、研究方法などの学問的な内容または、指導教員へ指導方法等の相談に限られてはいますが、この内容であれば、複数の教員に同時に質問したり、1人の先生に何度か質問しても構いません。また、テーマがはっきりせず、大体このような内容の研究をしたいという場合、質問したい教員名は白紙で出しても構いません。その場合コース長が適任と思われる先生を選び、その先生から回答が来ます。
ぼくの場合、2020年度、2023年度、2025年度(これから)に質問箱を活用しました。2017年度にも卒研を履修しましたが、質問箱の存在を知りませんでした。
どの回も自分が漠然と持っている考えをぶつけてみたので、それぞれ意中の先生に複数回質問しました。2020年度の時は、テーマ自体定かではなかったので、1回ずつテーマを変えて質問しました。3回目でバンド・デシネに興味を抱いているので、その研究をしたいと書き送ったところ、「ぼくは、バンド・デシネをほとんど読まないので、適切な指導を行うことは出来ません。ただ文学作品をバンド・デシネ化したものなら、指導は可能です」との返信で方針が決まりました。そして参考文献を尋ねたら、「『異邦人』関連の本は沢山あります。国会図書館で検索してみて下さい。因みに高校生レベルなら拙著があります」とのことでした。先生の本に救われました。
2023年度は、「その分野には通じていないので詳しいことは言えませんが、他の学問分野の手法を用いるのは意義があるとは思います」、「方法論に問題がありますね」、最後には「その研究に学問的価値があるとは思えない。徒労に終わるのではないでしょうか」とまで言われてしまいました。後に自力で内容を立て直して、履修申請しました。
2025年度の場合「その研究は、研究手段であって、目的ではありません」、「前回も含め違和感しか感じられません。具体的な問題意識なくして、参考文献から引いて来たような研究なら引き受けないでしょう」とまで言われてしまいました。3回目で自分の目的意識、原典の読み方、分析の仕方、それに対する研究手段をまとめたら、「素晴らしい研究目的です。もちろん自分が指導を引き受けます」と仰ってくださいました。
また、新しい試みとして、11月25日から12月2日までも質問箱が設置され、申請後の研究計画等のより具体的な相談、事前学習の中で生まれた学問的な質問についてにも答えて下さるようになりました。これは事前学習を慫慂するとともに、履修前の不安を取り除いてくれる素晴らしい取り組みだと思います。
卒業研究申請書提出
研究テーマ、研究テーマ概要、希望する指導教員、履修の動機、研究テーマに関連ある既習科目名、研究テーマに関連ある既読の文献、
現段階での研究計画(どのように進めていくか)を記入しなくてはなりません
この中で研究テーマ概要、履修の動機、現段階での研究計画が、重要です。
特に研究計画は、最重要事項です。
卒研の指導は、4月から10月までの7ヶ月間しかありません。短すぎると諸先生方は、仰っています。この指導期間を有効にするのは、事前準備ですと仰る先生が多いです。原典は当然、最低限、書籍形態の参考文献、論文等の先行研究には目を通しておくべきです。その上、使えそうなフレーズは、引用出来るようにメモしておくのも重要です。
自分の卒論の執筆過程
2020年度卒研「『バンド・デシネ 異邦人』の考察で用いた方法
まず、野崎歓『カミュ『よそもの』きみの友だち』理想の教室シリーズ、みすず書房を読みました。これは高校生を相手にした集中授業をまとめたものですが、しっかりとした問題提起がなされ、適度な数の参考文献(コメント付き)が掲げられており、とても参考になりました。
どのようなテーマでも、新書程度の入門書から入るべきではないでしょうか。全体のパースペクティブが見えます。
ただぼくの場合、『異邦人』がテーマではありませんでした。テーマは『バンド・デシネ 異邦人』とそれにまつわるストーリーでした。
まずは、そもそもバンド・デシネとは何?から始まります。
そして原典のある作品を映画や演劇、漫画等にすることをアダプテーションといいますが、そのアダプテーションとは何かを語らねばなりません。
バンド・デシネを分かりやすく説明している文献は、まとまった形ではありませんでした。先行研究も限られ、作品解説がメインでした。仕方がないので、ある程度まとまったネット記事を再構成して、説明不十分なところを補充して、説明されている細部に参考文献を引用するなど、かなりの加工を施して持論を展開しました。
アダプテーションの概念については、2017年以降いくつもアダプテーション研究に関する書籍が刊行されており、それらを参考に論を構成するのは、難しい作業ではありませんでした。
そして、小説『異邦人』とバンド・デシネ『『バンド・デシネ 異邦人』』の比較ですが、筆者は、まず自分なりに小説のあらすじをまとめて、バンド・デシネが象徴的に描いている風景の分析、それと原典との対比などを考察して行きました。
こう書くと順調にスムーズに行ったように見えるかもしれませんが、作業を開始したのは4月からでしたので、既に出遅れ気味。仕方がないので指導開始から色々バンド・デシネを読んでバンド・デシネの世界観を掴みましたが、その作業は6月いっぱいまでかかりました。カミュ『異邦人』は繰り返し読んでいましたけれど。指導教員からバンド・デシネとは何かをゼミの同期に発表して下さいと言われたのが7月。それを契機に実際に文章を書き始めたのが8月6日でした。書き始めると意外に進みが早くなるという面もあります。しかしながら、『バンド・デシネ 異邦人』の分析は思った以上に困難でした。下手をすると、単なる媒体の特徴の違いという事で、表面的な戯れに過ぎない意味のないものに堕する可能性が高かったからです。
10月頭には、既にその年の卒研報告書の提出は無理と考えていました。
それでも何とか提出出来て、口頭試問もうまく行き、良い成績も頂けました。また、論文は、学内webのWAKABAに掲載され、公開されました。使用図版を公開するため翻訳者と出版社の許可を求めました。著作権の問題です。色々複雑なのですが、営利目的ではなく、学生の卒業論文程度なので、自由に使っても良いとのことでした。